十章     大海を越えて

 

 

 

 

 波の音が聞こえてきた。魔物の爆発で浜辺に流れ着き、いつしか目が覚めたサスケは、体を起こそうとする。

「う…う………」

 だが全身を走る激痛で倒れ伏せてしまう。口の中に砂が入る。

 全身が血塗れになっている。着ていた大学の制服は、ほぼ原型を留めていないボロ布のようになっている。

 彼方から砂を踏む足音が聞こえてくる。

 その正体を確かめる前に、サスケは瞼を伏せ、気を失った。

 

 

 

 地図上最南端の孤島に着いたカーシスたちは、クリウスが待つ家に向かった後、彼が用意していてくれた家で休んでいた。

「…サスケ君が……、そうか…。話しは後にしよう。今日は休んでくれ」

 サスケが不在の理由を知ったクリウスは、そこで話しを切った。

 窓際から夕暮れどきの空を見つめているカーシスは、後ろを向く。

 自分以外、誰もいない部屋。本来ならば、壁や椅子に背中を預けていただろうサスケの姿はない。

 隣の部屋からエクレアとミライアのすすり泣く声が聞こえてくると、胸が苦しくなる。

(……ちくしょう…。俺が、俺がもっとしっかりしてれば……)

 なにもできなかった自分に嫌気がさしてくる。カーシスは沈んでいく太陽を凝視していた。

 

 

 

 暗闇の中、意識がハッキリとしてきた。

 サスケは目を覚ますと、身体が軽いのを感じた。

「ここ……、どこ?」

 自分に布団がかけられている。どこかの家にいるのか、頭を横に動かすと、見慣れないドアが目に映った。

 白を主体に、帯状のラインの中に桜花が描かれている。落ち着く感じの色彩に見惚れていたが、そのドアは横に流れて見えなくなった。

「あ、起きた?」

 ストレートに流している蒼髪、それと同色の瞳、リースがやってきて声をかけた。

「リースさん…?ああ、もう大丈夫ですよ」

 戦いのときの記憶があやふやになる。どうして自分は横たわったままなのか。

 次第に記憶が一本に繋がったとき、ハッとなる。

「オルダさんは?」

「彼なら下に降りてるわよ。いま呼んでくるわ。着替えてて」

 引き戸を閉じ、リースの階段を降りていく音が聞こえると、サスケは起き上がった。そこで自分の姿を見てみると、灰色の浴衣を着ているのに気付いた。

 傍には剣が置いてあった。長い剣と短い剣。だが長いほうの剣は、刃が鍔の上から二つに折れていた。

 なぜだか体がふらつく。案の定立ち上がったら、そのまま倒れて尻餅をつく。

「いたたた……」

 もう一度立ち上がって部屋を見渡すと、いままで見てきたどの家とも似つかない雰囲気であった。

 天井を見ると、木目がハッキリと見えた。そのまま繋がっている木の柱に沿って視界を動かすと、黄緑色の床が目に映った。

「これは……」

 手で触ってみると、さらさらとした手触りが印象な、どこかで聞いたことのある物であった。

(そうだ…ここは…)

 以前、大学で世界史の受講を受けたときに聞いた物であった。その国はこういった文化を持つと。

 考えている間に、引き戸が勢いよく開いた。同時に声がした。

「サスケ!起きたか?」

 振り向くとオルダが戸口に立っていた。

「ああ、オルダさん。おはようございます」

「おはようじゃねえよ。丸一日も起きなかったくせに………まぁ、早く着替えろよ」

 まだ着替えていないサスケの格好を見て、オルダは肩を落とす。

「あっと、そうでしたね」

 急いで傍にあった茶色の浴衣に着替えて下へと降りていった。

「あ、きたきた」

 待っていた、とばかりにリースはサスケの胸を指で突く。

「遅かったじゃない。なにしてたのよ」

 答えずにサスケは訊き返す。

「リースさん。ここって、もしかしてヘアルレイオス、ですか?」

 聞いてリースは感心したように言う。

「へえ、よくわかったわねえ。そうよ、ここはその中のムロウ領っていうところ」

 やっぱり、とサスケは思った。

 サスケに、どうしてここにいるのかなどの経緯を聞かれた後、リースとオルダはサスケを外に連れ出した。

「どこに行くんですか?」

 訊かれるとリースはサスケのほうを向き、彼の浴衣を掴んだ。

「どこって、サスケの服、買いに行かなきゃだめでしょう。私たちはサスケの出してくれた障壁でなんとか無事だったけど…。それに剣!一本折れちゃったじゃない。それも買うのよ」

 なんだ、と面倒くさそうにサスケはげんなりとする。

「べつに、服なんて着れればなんでもいいですよ。剣だってもとは一本で戦ってたから……」

「いいから行くの!さ、早く」

 主張を無視されそのまま腕を引っ張られていく。

 町の中は見慣れない格好をした人たちで賑わっていた。着物だな、と大学で見た挿絵と照らし合わせた。皆活き活きとしている。

 やがてどこかの店へと入った。服は、というと一着しか置いていなかった。それも着物と袴しか置いていない。

「んー…、ここには普通の服、置いてねえなあ」

 オルダは外に出ようとしたが、サスケは着物を凝視している。その瞳には、なぜか輝きが見えるようだ。

「素敵ですね………」

 サスケは壁に掛けてある着物と袴を見て、低く歓声を上げた。服などなんでもいい、と思っていたサスケにとって初めて、服を着てみたい気持ちになった。

「こ、これ!これっていくらするんですか?」

 突然、店の奥から老人がやってきた。

「ほう、坊主、この服、ほしいのか?」

 店の主だろう言いかたをする老人に、目を輝かせてサスケは頷いた。

「はい、それはもう」

「そうかい、それじゃあいまから仕立ててやるよ。後で取りにきな」

 優しい口調で老人はサスケの採寸を測ると、布生地の色を訊いてきた。

 

 

 

 しばらく時間がかかるとのことで、店を後にしたサスケたちは、武器屋へと向かった。

「おう、いらっしゃい」

 カウンターに腰掛けていた大柄の男性は、読んでいた本を閉じて立ち上がった。

「なんの用だ?刀でもほしいのか?」

「刀があるんですか?」

 サスケが急いて言った。

「そりゃあ、ここじゃ刀しか扱ってねえよ。ルークリウスみたいに剣は置いとらんよ」

 変なことを聞くなあ、と男は物珍しそうにサスケを見る。

「剣はないのね。なら仕方な……」

「リースさん!僕、刀ほしいです!」

 サスケは外に出ようとしたリースの袖を慌てて掴んで言った。

 なんだよ、と言うようにオルダは頭を掻く。

「サスケ、刀なんて買ってどうすんだよ?剣と全然違うんだぞ」

 むっとした表情でサスケは言い返す。

「それくらい知ってますよ。片刃だから両刃の剣より扱いにくいってことでしょう?だけどそのぶん、鋭く作られてるんですよ」

 簡単すぎる説明だが、それを聞いて男は感心したように頷く。

「そうだ、坊主の言う通りだ。刀はな兄ちゃん、片刃だが斬撃と突きがかなり威力がある。ちゃんとしたヤツが使えば、そこらの剣なんて一発で折っちまうほど強ええんだぞ」

 負けじとサスケも後押しする。

「ね?だから買ってもいいでしょう?」

 押されてついに二人は観念してしまう。

「…わかったよ。んじゃ、それ買うか」

「そうね、それじゃサスケ、振ってみなさいよ。使いやすい物にしなきゃ」

 そうだな、と男はサスケの全身をまじまじと見て、体にあわせて一振り刀を持ってきた。

「これならどうだ?」

 持たされてサスケは適当に振ってみる。

 ビュ、と風を切る音が聞こえてくる。

「おお、なかなか上手いじゃねえか」

 どうも、とサスケは苦笑いをする。

「でも、ちょっと短いですね。もう少し長めのほうがいいかな」

「長いのか?べつにいいが…、坊主の背なら地面についちまうぞ」

 からかわれて言い返そうとするが、無視して男は別の刀を持ってきた。

「これでどうだ?」

 渡されてサスケは刀の重みを手で感じる。それから力を入れて振るった。剣圧で傍に置いてあった木彫りの人形真っ二つになる。

「ほお、どうだ?手に馴染むか?」

「はい、とってもいいですよ」

 手の感触を確かめながらサスケは答えた。

「よし、なら持ってけ。タダにしてやるよ」

「え、いいんですか?」

 突然の店主の言葉に、サスケは耳を疑い訊き返す。

「おうよ。初めてきた客には、サービスしねえとな。そのかわり、またこいよ」

 渡された鞘に刀を納め、サスケは頭を下げる。

「ありがとうございます。必ず、またきますね」

 武器屋から出て、程なくサスケの着物を取りに行くと、丁度良く出来上がっていた頃であった。

 着替えを済ませ、代金を払い外を歩く。着物の色は黒地で、袴は白地というシンプルなものだ。多少大きく、平らな胸元を覗かせるが、満足げにサスケは刀を腰に刺す。

「それじゃあ、これからどうしましょうか?」

 サスケは後ろを歩くエルフ二人に訊いた。

「そうね、まずは港に行きましょ。ヘアルレイオスは小さな大陸だから、船での貿易で物資をまかなっているのよ。すぐに族長たちに追いつかなきゃ」

 同意してサスケは気分良く上機嫌で先頭を歩いて、港へと向かう。

 その姿を見て、リースは声を小さくしてオルダに言った。

「嬉しそうね」

「そうだな。里の外で一緒に戦ったときは、子供なのに凄い奴だと思ったよ。いまであんなに強いのに、これからもっと伸びるんだぜ」

 哀れむようにリースは、楽しそうに周りを眺めているサスケを見る。

「きっと、普段はこんな雰囲気なのね。私たちの後についてきたときから、ずっと寂しそうな顔だったもの。あれが、あの子の本当の姿なのかしら……」

 港へ着いて辺りを見まわすと、なぜか船は一隻もなかった。どうしたものかと、サスケは近くを通りかかった水夫に訊ねた。

「どうしたもこうしたも、領主さまが全部船の出航を止めてるんだよ。皆で言ってるぜ、いい迷惑だ」

 ふてくされながら水夫はその場を去っていった。

「…どうしよう?」

 船が一隻もない港を指差しながらサスケが言う。

「うーん…、それなら、ムロウ城に行って、領主に頼んだほうがいいわね」

 今度は城へと足を向け、また歩き始める。

 

 

 

 ムロウ城の中は、ルークリウス城のように目立った装飾はされていなかったが、落ち着いた雰囲気の色彩で描かれた絵が壁を彩っている。

 領主の間へと入ると、そこにいた領主は女性であった。

「あらあら、可愛い子ね」

 落ち着いて話す女性がサスケを見て言った。

「えっと、領主さんですか?」

 “可愛い子”というのに反応するのは嫌だったので、サスケは女性に訊ねた。

「そうですよ、私は領主のリルカ・ムロウです。あなたは?」

「あ、サスケといいます」

 サスケを見るなり、くすりとリルカは微笑む。

「やっぱり可愛いわね、女の子みたいね。お化粧、してみる?」

 失礼な、と苛立ったが声には出さずに、

「遠慮しておきます」

 と、短く断った。

「まあ、残念ね。ところで、用事があってきたのでしょう?どういった用件かしら?」

 やっと本題に移ったとき、リースが一歩前へ出た。

「私たちは船に乗りたいのですが、領主様が出航を停止させていると聞いて、今日はきたのです」

 そう、とリルカは肩を落とした。

「私も本当は船を出させたいのですけど……」

 歯切れ悪く言ってそのまま続けた。

「この大陸の浅瀬に囲まれてある鍾乳洞に、とっても大きなイカが出るんです。この前、領のすぐ近くまできていたものですから、危ないと思って船を出させていないんです。町の方々に怖がらせるのは良くないと思って、話していないんです」

 なるほど、とばかりにオルダは背中に担いでいる槍を握った。

「そんなことか。なら俺たちが倒してきますよ」

 そうだね、とサスケも賛成する。

「いいですね。やりましょう」

 だがリルカは首を横に振る。

「危ないですよ。そんなことをしなくても、イカがあの場所からいなくなるのを待てばいいのですから」

「でも私たちは、そこまでのんびりしている時間はないのよ」

「ま、俺たちならなんとかなるって」

 そこでオルダがつけ足す。

「そのイカを俺たちが倒したら、船で好きな場所に送ってくれよ」

 サスケもダメ押しとばかりに頭を下げる。

「お願いします領主さん」

「うーん、そこまで言うのなら…、わかりました。それじゃあお願いしますね」

「それじゃあ行くか」

 リルカに鍾乳洞の場所を聞き、サスケたちはそこへと向かった。

 

 

 

「うーん、歩きにくいですねえ…」

 鍾乳洞の中は、足場の悪い岩場が多く、それでいて外からの海水で岩が濡れるため、とても歩きにくいところだ。

「そのおっきいイカっていうのは、どこかしらねえ」

 岩から岩へと跳んで渡りながらリースは辺りを見まわす。

 やがて岩場がなくなり、平らな地面に降りると、奥から白いものが這って出てきた。

「なんだこれ?」

 オルダはそれを槍で突いてみる。柔らかい感触と共に激しくそれはうねる。

 奥へと続く先から、やがてその全身が現われてきた。

「…たしかに、でっけえイカだな」

 見上げてオルダは言った。

 一般に見る旅行船などの半分くらいの大きさの白いイカが出てきた。

「デビルクラーケンですね」

 サスケはイカの名前を言った。本でそれを見たことがあるのだろう。

「ま、とっとと倒しましょ」

 リースは晶術の詠唱に入った。

「お刺身、何人前作れるかな?」

 刀を抜きサスケはイカ目がけて風裂閃を放つ。

 ひるんだイカにオルダに槍が刺さると、リースはイラプションを唱えた。

 降ってくる火炎弾をまともに受けたイカは、全身をくねらせた後に足でサスケたちを襲った。

「うわ!」

 以外と素早い足の動きに、サスケは戸惑ってしまうが、十本もの足を避けて本体に近づき、斬撃を加える。

「きゃあ!」

 後ろでリースの声がした。振り返ると彼女は片足をすくい取られてしまい空中で逆さに吊るされている。

「いやん、もう!」

 捲れるローブを抑えるのに手がまわっていて晶術の詠唱をしようとはしていない。

「ええい、空破裂風撃!」

 腰溜めに構えた刀で、リースを吊るしているイカの足を根元から吹き飛ばす。

 そのまま放り出されたリースを、跳躍し抱きかかえ着地する。

「はあ〜、助かったわ。ありがと」

 援護にまわっているオルダは、槍に炎を纏わせて払う焼槍炎でイカの足を焼き落とす。

「これで終わりだ!」

 サスケは刀に火の晶力を込めて、振り抜いた。

 ザックリとイカの本体に焼け跡が残る。

「消えろ!紅蓮焼裂破!」

 半回転して刀を突き刺すと、そこから巨大な炎が噴き出してイカを飲み込んだ。

 炎が消えると、そこには丸焼きになったイカが転がっていた。

「焼きイカになっちゃいましたね」

「けど食べれないな」

 動かないかどうか槍で突きながらオルダは言った。

「ま、とにかくそろそろ戻りましょう」

 リースが足場の悪い岩場を、先頭に立って進んでいった。

 

 

 

 城に戻り、リルカにイカを丸焼きにした、と報告すると、彼女は嬉しそうにサスケの前へ近づいた。

「こんなに可愛いのに…、お強いのですね」

 もはやサスケは聞こうとはしなかった。

「倒しましたからね。約束通り船、お願いします」

 ええ、とリルカは何度も頷く。

「もちろんですわ。さっそく乗ってください。いま出航の準備をさせますね」

 ありがとう、と一礼して踵を返すが、リルカが突然言葉を漏らす。

「そういえば……サスケさんはこの国の人…じゃないんですよね?」

 唐突に問いかけられ、不思議に思いサスケは振り向くが、何事も無く答える。

「はい、僕はレヴラント大陸に住んでますし……」

 そう、とリルカは考え込む。やがて面を上げて、笑顔でありがとうと言われ、三人は城を出た。

 港に着くと、出航の準備は殆ど終わっており、水夫に連れられ船に乗った。

「いやー、ようやく船が出せるようになったなあ」

 遠くで水夫たちの話し声が聞こえる。

「まったくだよ。領主さまの気まぐれにも困ったもんだぜ」

 聞いていたサスケは、少しばかり腹が立った。水夫たちが事情を知らないのは仕方がないが、リルカが領民のためを思って船を止めたことも事実だ。―可愛いと言われるのは困るが。

 船が出航すると、オルダが船長に島の位置を教えると、そこからは自由行動になった。

「今日はあまり喋らないんですね」

 周りに誰もいないことを確認して、サスケが呟く。

(…ああ、この前の戦いで、かなり晶力を使ったからな、おまえが無理やり里を出たときも、止めれなかった)

 ふうん、とサスケは頷く。

「でも、空で戦ってるときは、喋ってたじゃないですか」

(あのときはかなり無理をしたさ。…だが、俺もおまえの考えと同じだった)

「へえ」

 意見が合うというのが嬉く、サスケは笑みを溢す。

(だがなサスケ……)

 呼びかけられる。

(おまえのする行動は正しかったかもしれないが、少しは考えるんだ。いいな?)

「?はあ…」

 意味がよくわからなく曖昧な返事を返す。

 しばらくその場でのんびりとしていたが、なにやら甲板のほうが騒がしい。

 どうしたものかとサスケは外に出ると、水夫たちが刀を持ってその場にいた。

「???な、なにしてるんですか?」

 目の前にいた水夫に声をかける。

「下へ降りていろ。海賊が出たんだ」

「海賊?」

 サスケは遠くを見た。確かに別の船があった。

「ああ、何回かは航海の途中でいあわせたが、今回は客もいるからな…」

 海賊なんて出るんだ、と思いながらサスケは下へ降り、オルダとリースを探した。

 二人は部屋で休んでいた。

「海賊ですって!」

 状況を聞き、リースは驚き椅子から立ち上がった。

「水夫たちが負けたら、この船沈んじゃうじゃない」

 そうだな、とオルダは壁に立ててあった槍を持つ。

「それじゃあ、俺たちでなんとかするか」

 部屋から出て、階段を駆け上がる。

 甲板では、水夫たちが強張った表情で立っていた。

「海賊って、あれか?」

 目の前に見える船を指差してオルダが聞く。

「ああ、そうだ」

 短く水夫は答える。

「よし」

 オルダに連れられ、三人は船の裏へと移動した。

「それじゃあ、いまからサスケに晶術をかけるからね」

 ああ、とサスケは手を叩く。

「この前の空に浮く術ですね」

 リースは頷き、詠唱を始める。

「そうよ。奇襲するから、なるべく速く移動してね」

 サスケに晶力が注ぎこまれる。自らの晶力を放出すると、浮き上がった。

「行くわよ!」

 オルダとリースも浮いた。

 速度を速めて、海賊船へと向かう。徐々に船が近くなる。

「船長!なにか飛んできます!」

 と、海賊船から、船員の声が聞こえてきた。

「あらあ、バレちゃったみたいね」

 次にリースは初撃の晶術の詠唱を始める。

(サスケ、俺はまだ出られそうにない。頼んだぞ)

 任せてください、とサスケは刀と剣を抜いた。

「エアスラスト!」

 発動した晶術が、木造船の甲板を、船員と共に吹き飛ばす。

「なんだ!?」

 船員の一人が顔を上げると、サスケが降ってきた。

「はあ!」

 すかさず双剣でその船員を気絶させる。

「なんだこのガキは?」

 剣を持った船員たちは、サスケを一斉に睨みつける。が、

「幻影刃」

 残像を残しながらサスケは問答無用で船員たちを斬り倒していく。

「ヤベえぞ、一斉にかかれ!」

 束になって船員が剣を振り上げる。

「裂空槍!」

 サスケの目の前にオルダの槍が竜巻を帯びながら降ってきた。

 慌てて船員たちはその場から離れる。

「おーおー、たくさんいやがってよお」

 取り囲んでいる船員を見渡しながらオルダは突き刺さった槍を引き抜く。

「いくぜ!」

 槍を水平に構え、そこから突き出す。直線状にいた船員が吹き飛ばされる。

「ひるむな!取り囲め!」

 だが敵の数は一向に減らない。

「めんどくさいなあ…」

 サスケが呟く。

「エアスラスト!」

 空中にいたリースが晶術を発動する。

(よし!)

 サスケはそれを見て、剣を鞘に納めると、刀を下段に構えた。

「ええい、断空剣!」

 エアスラストの晶力を刀に取り込み、それを振り回すと小規模の竜巻がまとめて船員たちを薙ぎ払う。

「よっしゃ、そろそろいいかな?」

 オルダは周りを確認し、船員がいない部分にイラプションを唱えた。火炎弾が木造船を焼き尽くす。

「うわあ、逃げろ!」

 次々と船員たちは船から飛び降りていく。

「よし、もう大丈夫ね」

 リースが空から戻って、と二人に呼びかける。

 遠くで待機していた船に戻り、焼け沈んでいく海賊船を避けながら、船は島へと向かった。

 

 

 

 一日休息をとったカーシスは、クリウスの家へと向かおうと、エクレアたちの部屋へと入った。

「……なんだよ」

 とカーシスは頭を掻く。

 昼近くなるが、エクレアとミライアはまだ寝ていた。―寝ているといっても、エクレアは床に座ってベッドに顔を突っ伏している。ミライアは肱掛椅子に座って寝ている。

 起こそうかと迷いながら、カーシスはエクレアの顔を覗き込む。

 薄っすらとだが、まだ目元が赤くなっていた。

 一日中、部屋の中に篭り泣いていたのだ。

 起こさないようにカーシスは立ち上がり、静かに部屋から出た。

 外へ出ると、数人のエルフたちが歩いていた。傍を子供が駆けて、森の奥へ行った。

(サスケ……)

 その子供を見ながら、同じように去っていったサスケの姿を思い出す。

 クリウスはカーシス一人だけしか来ないので、どうしたものかと悩んだが、改まって話しを始めた。

「カーシス君だけではな…、こういった話は全員が揃っているほうがいいな」

 全員が揃うことは、もうないだろうとカーシスは思ったが、すぐにそれを忘れようと頭を切り替える。

「それでは、話をする前に、一つ頼みたいことがあるのだが…」

「なんですか?」

 クリウスは島の地図を広げてカーシスに見せる。

「ここの、島の裏手に、ウィンレイ遺跡がある。ここにある晶霊石を取ってきてくれないか?」

 クリウスは指で位置を教える。地図を見ながらカーシスは訊いた。

「なにに使うんですか?」

「君たちを送るのに必要なんだ。だいぶルークリウスから離れたからな。その石は高い晶力を持っているんだ。それで瞬間的に移動させようと思う」

「それって、俺たちが帰るために使うんだから、断れないじゃないですか」

 あっけらかんとしてクリウスは頷く。

「それもそうだったな」

 地図を丸めて紐で縛ると隅に放り投げた。

「とにかく、行ってきてくれ。途中までエルフの者が案内するが、遺跡では魔物が出る。気をつけてくれ」

 頷いてカーシスは席を立った。

 

 

 

「もうすぐで着きますよ」

 案内役のエルフが指を差す。

 カーシスがその後ろを歩いている。後ろではエクレアとミライアが重い足を運んでいる。

(やっぱ置いてきたほうがよかったか?)

 後ろを見てカーシスは思う。彼が戻って部屋に入ったときは、既に二人は起きていた。丁度良い、とカーシスはクリウスに頼まれたことを言ったが、二人は乗り気ではなかった。

「着きましたよ」

 林を抜けると、そこには壁が鉄板や岩で造られた遺跡があった。

「ここは、エルフの民がよく採掘をしにやってきていたのでしたが…、魔物が出るようになっては誰も寄りつこうとはしなくなりました」

 そうか、とカーシスは剣を抜いた。

「それじゃあ行くか」

 後ろにいる二人を手で促しながら遺跡に入って行った。

 エルフは頑張ってくださいと言い、来た道を戻って行った。

 遺跡の中は、明かりが灯っていて充分に歩きやすいところだった。雷晶霊の生み出す明かりが、道を示しているようであった。

 曲がり角を曲がると、なにやら放電している物体が浮いていた。

「なんだこれ?」

 雷を纏っている小型の球体は、目玉のような水晶をカーシスに向けると、迫ってきた。

「うわあ!」

 慌てて避ける。壁にぶつかった球体はその場で激しく放電し、また襲いかかった。

「やべ…」

 剣を構えて球体を受け止め、押し返す。後ろからも似たような物がわらわらとやってくる。

「囲まれた…!しゃあねえエクレア、行くぞ!」

 カーシスは突進した。エクレアは大剣を持って球体に斬りかかる。

「スプラッシュ」

 ミライアが晶術を唱える。水圧で何体かは押し潰されていく。

「空衝刃!」

 数体を纏めてカーシスは斬り上げる。

「きゃあ!」

 その後ろでエクレアは球体の放電を受けてしまう。

「くそ、エクレア!」

 着地してカーシスは更にエクレアの前にいる球体に突進突きを食らわせる。

「しっかりしろよ!」

「……ごめん」

 エクレアの沈んだ表情を見るとカーシスは苛立った。それは、エクレアに対してではなく、なにも出来なかった自分に対しての苛立ちだった。

「クラッシュガスト」

 ミライアは昇華晶術で残りの球体を粉々にする。

「…もういねえな」

 辺りを見まわし、安全なのを確認して、先へ進んだ。

 やがて突きあたった扉が見えた。ここか?と思いカーシスはゆっくりと扉を開ける。

「!」

 中を見ると、信じ難い人物が映った。

 目を疑う。何度か、エクレアは瞼を瞬いてみるが、その人物の存在はそこにあった。

 長い耳に真紅の瞳、黒い外套の二人組み。それはルークリウス城で対立したダークエルフの二人であった。

 

十章     大海を越えて 完