十一章 復帰
「…貴様等……なぜこのような場所に」
ザクスが三人を睨みつける。
「こっちが訊きてえよ」
油断なくカーシスは剣を構える。
ザクスは真紅の瞳で三人を見ていると、一人頭数が足りないことに気づく。
「あいつはどうした?」
サスケのことだと気づき、エクレアが体を震わせる。
「サスケといったろう?あいつがいなければ、貴様等など相手ではない」
「んだとこの野郎!!」
初っ端から眼中にされていないことに、カーシスは憤慨する。剣を持つその手に、更に力が入る。
「なんだ、戦う気か?」
シルラクは余裕の表情を見せながら、ゆっくりと腰の剣を抜く。
「カ、カーシスさん…」
ミライアが後ろから引き止める。本能的に、いまの自分たちでは敵わないと悟ったのか、逃げるようにカーシスを促す。
「なに言ってるんだよ。どうせあいつらは俺たちを逃がしてくれねえさ。なら戦うまでだ!」
カーシスとシルラクは同じに剣を振るう。衝撃で両者の距離が開くが、大きく踏み込んで再び斬撃を繰り出す。
そして諦めたのか、ミライアも表情を引き締め、晶術の詠唱をする。
「はあ!」
シルラクはカーシスに斬りつける。痛みで顔を顰めるが、構わず反撃する。
「雷砕衝!」
剣から放電した雷がシルラクを捉える。しかし―
「フリーズランサー!」
ザクスが立ち尽くしているエクレアに氷の槍を浴びせようと晶術を唱えた。
「っ!おおお!!」
返す手で剣を地面へと衝突させ、剛天双震撃で氷の槍を食い止める。その間にシルラクはカーシスから距離を置く。
「エクレア!なにやってんだ、戦え!」
半ば喪失しているエクレアに呼びかける。
「スラストファング!」
ミライアの晶術がザクスを襲う。だが難なく避けられてしまうと、ザクスはシルラクを盾に後ろへと後退し、
「天空の風よ、降り来たりて龍となれ……」
その口から上級晶術の詠唱を唱える。
「サイクロン!」
そして周囲に竜巻が発生し、三人を上空へと巻き上げ容赦なく切り刻む。
「うああああ!!」
そのまま壁へと激突し、カーシスは悲痛を漏らす。
竜巻が収まると、三人は最後の衝撃で空中に投げ出される。
「やはりな…、相手にもならん」
近くに落ち、襤褸切れのように倒れているエクレアを、ザクスは晶術で浮かばせ固定させる。
「う……」
視界が霞む中、ザクスの不適な笑みが見える。
「まずは一人だ……」
シルラクが剣先をエクレアの喉元に突きたてる。
「死ね!!」
シルラクの剣が、エクレアの喉元を貫かんと勢いよく突き出される。
「く……エクレア!」
痛みで動けないカーシスは声の限りに叫ぶ。
(サスケ………)
エクレアはこの場にいないサスケを心の中で呼ぶ。
しかし剣が喉に突き刺さる直前に、突如熱風が吹いた。同じに、ザクスとシルラクは炎に包まれる。
「うお!」
突然のことに、シルラクは剣を落してしまう。エクレアはその光景を間近で見て、更に視線を動かす。
「あ………」
いち早く炎の出所を見る。―そして、胸の奥が揺れ動いた。
ザクスの晶術が解け、エクレアは床に落ちる。ギリギリのところで死を回避された。
「なんだこの炎は!?」
ザクスが噴き出した炎の先を見る。
「き、貴様!」
おぞましい化け物でも見たかのようなザクスの驚きを見て、カーシスたちも同じほうを見る。
「サ……」
カーシスの言葉が詰まる。
見た先には、刀をダークエルフに向けて突き出しているサスケの姿があった。服装がだいぶ違っているが、その濃い青い色の瞳と髪は同じだ。
その瞳で、サスケはダークエルフの二人を睨みつけていた。
「サスケ……」
床に伏せているエクレアは、必死で顔を上げようとした。
―死んだはずなのに。
―あのとき、確かにサスケは………。
だがサスケを捉えぬまま、そこで記憶の糸が途切れてしまう。
「ようやくきたか……」
しかし、シルラクは別段気にもせずにサスケの紅蓮焼裂破の炎で火傷した手で、取り落とした剣を拾う。
「エクレア……」
だが構わずにサスケはエクレアを重そうに担ぐと、ミライアに任せる。
「さがっていて。あとは僕が……」
声をかけられたミライアはビクッと震える。
「は…、はい……」
エクレアをそのまま引き摺って壁際へと退く。
「おまえ…ほんとに……」
立ち上がり寄ってきたカーシスの表情は、驚きを隠せないでいる。当然だった。確かに彼は、爆発に巻き込まれたはずだ。途中で逃げ出すような性格でもなかったら、不死者になってまで戻ってこれるほど世界は都合よく出来ていない。とすると……、
「本物だよ」
サスケは笑ってカーシスの頬をつねる。
そこで視界が遮られたが、サスケのその仕草になぜか満足してしまった。カーシスもニヤリと笑う。
(サスケ、いまはこいつらをどうにかするぞ)
意識でいるサスケに呼びかけられ、振り向きザクスとシルラクに対峙する。
「ようやくまともにまったか…」
シルラクは剣を構える。
(俺はもう大丈夫だ、代わってくれ)
サスケはもう一人の自分の安否を気遣ったが、同意して目を閉じる。
次に開けたときは、瞳に光が宿ってはいない状態になった。
「サスケ!俺も……」
カーシスは横に並ぼうとしたが、突然心臓の鼓動が激しくなる。
(この感じは……懐かしいな…)
心の中から、自分とは別の声が聞こえた。
「だ、誰だ……」
苦しく、胸を抑えながらカーシスは自分に訊く。
サスケにも聞こえたのか、カーシスを見る。
「まさか……」
(代われ…)
カーシスの意識は奥底に引き摺り込まれた。震えていた体が止まる。
―そして、世界が変わった。
「…ふう」
声を漏らし体を上げると、カーシスはサスケを見た。その瞳はいまのサスケと同じように暗く、光はない。
「やはりおまえだったのか……」
サスケは笑みを溢す。
「ああ、久しぶりだったな…」
カーシスもそれに答える。“別人である二人”は知り合いなのか、軽い口調で話を進める。
「どうだ?気分はいいか?」
「大丈夫だ…」
サスケはカーシスに回復晶術を唱えてやる。切り傷が薄れていき、塞がっていく。
「…お互い、再会を喜び合う歳、でもないしな」
サスケは腰から剣を抜き、刀と持ち替える。
「そうだな。まずは、あいつらを追っ払うか」
カーシスも剣を構えて挑む。
「やはりおまえたちは……」
ザクスが二人を見て漠然とする。
「ザクス、あいつらは敵だ。気を抜くな!!」
シルラクに渇を入れられ、ザクスはハッとなる。
「…そうだったな。いいだろう、いくぞ!」
シルラクがカーシスに向かった。サスケはザクスと対峙する。
「おまえたちは、俺たちのことを知っているのか……」
カーシスは探るようにシルラクを見る。訊こうとするが、振り下ろされた剣でそれを遮られる。
「空破崩冥閃!」
カーシスは掬い上げるようにシルラクを斬る。斬り上げと同時に自らも床を蹴り、空中で更に幾度もの斬撃を浴びせる。
「ぐ……」
なんとか防ぎ、地に着地したがよろめくシルラクに、旋風衝を浴びせる。
「シルラク…。エクスプロード!」
仲間を庇うべく、ザクスはカーシスに爆炎を放つ。
上級晶術は防ぎきれずに、カーシスは大きく吹き飛ばされるが、入れ替わってサスケがザクスに斬りかかる。
「飛連斬!」
斬りの一撃でザクスは後ろへと押しやられる。
「く、貴様!」
飛び込んできたシルラクの剣を受け、サスケは顔を顰める。
「まだだ!」
続けざまに連続で斬ってくる。防ごうとするが、いくつかの斬撃を浴びてしまう。
「くそ、幻影刃!」
なんとか踏み止まってサスケは反撃する。姿勢を低く倒し剣を走らせる。そこに生まれた幻影の軌道がシルラクを切り裂く。
そこからサスケは刀と剣を構えて晶術の詠唱に入る。
「古より伝わりし浄化の炎よ……」
カーシスは突進してシルラクをザクスの近くに押しやる。
「消えろ、エンシェントノヴァ!」
熱波と炎の渦がザクスとシルラクの周りを包み、爆発を起こす。
「ぐおおおお!」
直撃を受けて二人は体を蹲める。
「うおおお!」
カーシスはひるんでいる二人に、翔閃雷斬破を浴びせる。
「まだだ!」
カーシスは放電している剣を更に振りまわす。周囲に雷を帯びた真空の渦が巻き起こる。
「魔皇旋風陣!」
渦の中心でカーシスは跳び、剣を振り上げた。
真空が雷と共にザクスとシルラクに雨のように降りかかり容赦なく襲う。
「ぐわあああ!」
ザクスが悲痛を上げる。
渦がおさまると、二人は地面に落ちた。立ち上がってくるが、後ろに退ていく。
「く、このままでは……、ひとまず退くか」
闇黒の空間が二人の後ろに現われ、飲み込んでいく。既に二人の姿はなかった。
「……ふう」
サスケは一息吐くと、目を閉じる、次に開けたときには、元の瞳に戻っていた。
「まさか……カーシスにもいたんだ」
カーシスにだけ聞こえるようにサスケは言う。
「ああそうだ。ようやく俺も出てこれた。久々に気分がいいよ」
頭を掻きながらカーシスはさっぱりと答える。サスケは嬉しそうに笑うと、その笑みを更に緩ませる。
「よかったですね」
カーシスは笑みを返すと、サスケと同じように目を閉じる。開けたときには明るい瞳に戻っていた。
「なあサスケ!いまのなんなんだよ!」
戻ったカーシスは突然、慌ててサスケの肩を掴む。明らかに常識外の感覚を体験した時点で、カーシスは気が動転していた。実際、意識の中に居たときはひっきりなしに叫んでいて、それでも誰にも声が届かなくてある種の絶望感さえ覚えていた。
「え?ああ、まあここじゃなんだし、帰ってからね。族長さんに、おつかい頼まれてるんでしょう?」
そんな相手の気持ちに気付かずに、とりあえず落ち着かせようと、サスケはカーシスをなだめる。
「あの…、二人とも?」
座っているミライアは、わけが分からないように首を傾げる。
「え…あ、ミライアさん…え…と、ね…」
対応が滅茶苦茶になりながらも、サスケはなんとか言い訳を考えようとくぐもっている最中に、ミライアの膝に体を預けているエクレアがもぞもぞと動く。
「ん…、んん……」
呻き声を漏らし、エクレアは起き上がろうとする。
それを見ていたサスケは剣を鞘に納め、傍に寄り座り込む。
そして、お互いの目が合ってしまう。
起き上がったエクレアは、目の前にいるサスケに首を傾げる。
「………………」
サスケの腕を掴んでみる。手に感覚が残る。
頬を擦ってみる。柔らかく触り心地の良い肌の感触が伝わる。
「……どうしたの?」
エクレアの行動にサスケは困った顔をする。
「う……」
「………う?」
ようやくサスケを認識したエクレアの瞳から、涙が流れ出す。
「ああああサスケぇ!死んでないの!?生きてるの!?!?」
抱き着いて大声を上げてエクレアは泣いた。とにかく泣いた。涙を流しながら、サスケの頬と自分の頬を擦りあわせて安堵の息を漏らした。というよりも、既に押し倒していて全体重をかけてサスケを圧迫している。
やれやれ、とカーシスは一人で隣の部屋へ行く。
「もう、泣かないでよエクレア」
サスケはエクレアの落ち着かせるように彼女の頭を撫でる。
「だ、だって…だってぇ……。い、生きて…たんだ…も……ん…」
ポカンとした表情でサスケは嗚咽を漏らしながら泣きじゃくっているエクレアを見る。そして耳元で静かに囁いた。
「言ったでしょう?必ず、追いつくから……てね」
エクレアが泣き止むのをそのまま待ち、しばらくして顔を上げると、目が赤くなっていた。少し怒っているように頬を膨らませている。
「うっ…し、心配させて……もう」
それでもまだ涙声になっている。というかまだ泣いたままだった。わかったよ、とサスケはエクレアの髪を撫でてやる。
「あいよ、終わったか?」
奥へ行ったはずのカーシスが戻ってきた。
手に持っている蒼紫色の、岩を割ったときに出来たような石が光っている。
「たぶんクリウスさんが言ってたのはこれだろ。さっさと戻って休もうぜ」
カーシスは戻り道の扉に向かう。
「あ、そうだ」
同じく向かおうとしたミライアだが、エクレアの隣にいるサスケに顔を近づけ、誘うような瞳で彼を見る。
なんだ、とカーシスは振り向く。
「お帰りなさい、サスケさん」
笑顔で言うミライアからも、涙が零れる。
「……はい、ただいまです」
サスケも笑顔を返した。
「うむ、たしかにこれだ。ありがとう、助かったが……」
エルフの里に戻った四人はクリウスの家に行き、彼に晶霊石を渡した。
「が……、なんですか?」
サスケが訊く。
「まさか、ダークエルフがいたとはな……迂闊だった。危険な目にあわせてしまって…」
笑いながらカーシスは頭を掻く。
「別にそんなこといいですよ。魔物がいた時点で既に危険なところですよ、あそこは」
クリウスは頭を垂れる。
「いやすまなかった。サスケ君も、そのまま向かわせてしまって…」
「ははは、僕はいいですよ」
「サスケ君がいきなり来たときは、正直驚いたよ…。オルダとリースにも、すまないことをさせてしまった」
後ろにいたリースは、笑みを浮かべてクリウスの肩を軽く叩く。
「なに言ってるのよクリウス。私たちが勝手にしたことなんだから……」
「すまない、なんて思うなよ」
オルダが更に後ろでつけ足した。
「まあ、それはもういいとして……」
既にエクレアもいつもの調子に戻っていた。
「ああ、そうでしたね」
クリウスは話しを戻そうとするが、一瞬視界に入ったサスケの疲れ果てている表情を見た。
「いや…今日は皆さん、疲れましたでしょう。話は明日にしましょう」
表情で訴えていたつもりはなかったのだが、クリウス視線が自分に向かったときにそう言われて、サスケは気恥ずかしくなってしまう。だが、反面で素直に嬉しく思ってしまったところもある。
四人は借りている家へ戻り、簡単に食事済ませることにした。
「話しってなんだろうな」
カーシスは、サスケがありあわせの食材で作ってくれたクリームシチューを食べながらそれとなく訊いた。
「なんでもいいけど、早くルークリウスに戻って、王様に報告しなきゃいけないわね」
緑茶を飲みながらエクレアは言った。隣でサスケは美味しそうにそれを飲んでいた。相変わらず食事の量は少なめだが。
それ以降、しばらく会話のない食事が続いた。疲れが一気に出てきて、眠気が襲ってくる。
それでもサスケはなんでもないような顔をしていて、食器を片付けようと席を立つ。
「あ、私も手伝うね」
エクレアもつられて席を立った。
サスケが洗った食器を、エクレアが拭くといった流れ作業が続いた。
黙々と作業が続く中で、エクレアは隣で皿を洗っているサスケの横顔をちらちらと眺める。
(よかった……ホントに、戻ってきて……)
天井を見て目を瞑る。安堵感が一気に溢れ出し、満足げになる。
「どうしたの?エクレア」
いきなりサスケが声をかけてきて驚いた。
見ると、洗った皿を片手に持って自分を見ていた。
「え、ああ……」
「あ、もしかして疲れてる?」
サスケは顔を近づけてエクレアの表情を覗いた。
急にサスケの顔が近くになって、エクレアは頬を染めて首を振る。
「ううん、大丈夫よ」
落ち着かなくなり、皿を慌てて受け取ると、手を滑らせてしまう。幸いにも、落ちた皿はすんでのところでサスケが受け止めた。
「っと…ああ、危なかったあ……。気をつけてよ、お皿だって借りてるんだから」
注意されてエクレアはハッとなった。どうしたものかと首をもう一回振る。
「ん、ゴメンね」
気を取り直して洗い物を済ませる。
終わった後にしばらくすると四人はベッドに潜った。
サスケはカーシスが寝たのを確認した。かなり疲れていたのだろう、聞きたいことがあったというのに、聞く前に寝てしまっている。
それからサスケはそっと部屋から出て、外に行った。
夜風が吹く中、サスケは里を歩いている。木々が生い茂っているここは、風が吹くと、葉の擦りあう音が微かに聞こえてくる。
やがて少し大きめの木を見つけると、幹に寄りかかった。
(疲れたな……)
ボーっとしながら、サスケは夜風に吹かれる。袴の裾が大きくて風に捲れる。袖がばたばたと波打つ。
そのままでいると、突然胸が締めつけられるように痛み出した。
「う……」
痛みで顔を顰め、蹲ってしまう。
(どうした、苦しいのか?)
意識の奥から声をかけられる。
「ええ……、大丈夫ですよ」
口では言うものの、汗を掻きながら痛みが治まるのをじっと待った。
何度か深呼吸し、痛みが来ないことを確認してから家へと戻る。
部屋に入ると、カーシスがいびきをたてて寝ている。捲れた布団をかけ直し、サスケは壁に背中を預けて、寝に入った。
目が覚めるとエクレアの顔が近くに映った。
「…………なにしてるの?」
壁に寄りかかったまま、やや間があってサスケが訊いた。
「起こそうか迷ってたの」
「起こしてくれればよかったのに……」
短絡的な会話の後にいきなりエクレアは笑顔になる。
「だって、可愛かったんだもん」
そのまま続けてエクレアは言った。
「私がサスケより早く起きるのって、滅多にないでしょ?」
ああそう、とサスケは苦笑いする。
窓越しに外を見ると、日が高く昇っていた。もうすぐで昼間だろう、寝過ごしてしまった。
「それで……なに?」
訝しげにサスケが訊く。
よく分かったわね、とエクレアは感心しながら言う。実際はサスケなら気付いてくれると確信していたが。
「あのね、クリウスさんのとこに行くまで、暇でしょ?」
まあ、とサスケは答える。
「だからさ、一緒に外に出ようよ」
「………別にいいよ」
つまらなさそうにエクレアはサスケの袖を引く。
「いいでしょう?行きましょうよ」
むーっと眠たそうにサスケは目を擦ると、観念して部屋を出た。
外に出ると、夜のときとは違い、エルフたちがあちこちを歩いていた。
しばらくは里を散歩していた。のんびりと木々を眺めながら過ごしていた。―エクレアはこれが楽しいのかどうかは知らないが。
そこでエクレアはふと足を止めると、別の方向へ足を向けた。つられて立ち止まったサスケは、歩いていったエクレアの後について行った。
「ん?あんたたち、人間かい?」
エクレアが止まったところには、女性のエルフが屋根付きの店を出していた。エクレアに向かって軽く挨拶をしてきた。
「あの……」
「ああ、私?私なら帆船からの物資の供給はしてないよ。私はね、ここで商売やってるのよ」
女性のエルフは、訊かれてもいないこと次々と言った。一応、この里は非難地区のようなものだからかな、とサスケは納得する。この女性が、誰かに似ている気がするが。
「どんな物売ってるの?」
エクレアは、棚に並べてあった商品を眺める。主に生活雑貨などが置いてあった。
「あ!」
そこでサスケは思い出したかのように言う。
「リースさん?」
無意識に女性に指を差して訊く。
「え、リース?違うわよ、リースは姉よ。私は妹のリアよ」
違って恥ずかしかったが、妹だったのか。どうりで似ているはずだとサスケは思った。
「別にいいわよ。あ、そうそう、うちの家族はね、晶霊石とかで飾りとか作ってるのよ。リースも結構作るんだ。ここら辺のがそうよ」
リアが差した棚には、指輪、腕輪などに晶霊石が埋め込まれていたり、散りばめられている物があった。
見ていたエクレアは、なにを思いついたのか、商品を見てはサスケを見てを繰り返している。
(もしかしてほしいっていうのかな?でもお金持ってきてない……)
各種のエクレアがねだってくるパターン予測しながら先の不安を考えていると、エクレアが商品を一つ手に取る。
「あの、これっていくらです?」
エクレアが取ったのは、蒼く透き通った色の、いくつもの小さい晶霊石で出来ているネックレスだった。真ん中に、ほんの少し大きめの晶霊石がついてあるだけの素朴な印象の物だ。
「ああ、これね。これ結構高いんだ。ここまで小さい晶霊石だけど、晶力がかなり詰まってるのよ。遺跡で珍しいものだったから、持って帰ってみると、凄く晶力があるって、族長に言われてね、ネックレスにしてみたの」
リースが作ったんだけどね、と後からつけ足した。というよりも、以外に値段が高いというのにサスケは諦めがつき、財布を取り出そうとした。
「ふうん……それじゃあ、これください」
と、その前にエクレアは財布を出す。少々、というかかなりの値が張ってあるものだったが、構わずに財布から硬貨と札を出す。
意外そうにサスケはその流れを見ていた。
エクレアが僕がいるのに自分で買ってる?なんで?いつもならねだって来たり遠まわしに買ってとか言うのに……。いや、こういうときの場合は後になにかあるって相場は決まってるし……。
「はい」
「え?」
サスケが考えていると、エクレアは彼の首の後ろに手を廻して、ネックレスをつけてやった。着物の中に出ている 部分を入れてやる。
「……なにしてるの」
「なにって?……あげる」
着物の胸の中に隠れたネックレスの真ん中にある晶霊石を触りながら、エクレアは続けた。
「お守りよ。だってサスケいつも危ないから…、この前だって……」
エクレアの表情が曇る。サスケは消滅する前のエルフの里で、エクレアたちを先に行かせ、自分は残ったことを昨日のように思い返した。
悪いことをした、と素直に思い、その気持ちを切り替えてエクレアを見る。
「………そう、だったね。ありがとう、大事にするよ」
自分の胸に手をあてているエクレアの手を握る。
途端にエクレアは顔を真っ赤に染めると、慌ててその手を振り解き、後退りする。
ん?と、その姿にサスケは首を傾げる。
「あら、こんなところにいたの?」
突然背後から誰かが呼びかけてきて、エクレアは更に身体を震わせて硬直した。サスケはエクレア越しにリースが足早に向かってきているのを見て、軽く手を振って挨拶を交わす。
「あれ、姉さんどうしたの?」
突然やってきた姉の姿を見てリアが訊ねる。
「いやね、族長がサスケたちを呼んでるのよ。さ、早くきて」
簡潔に言って済まし背を向けようとしたが、リースはサスケの首筋に見える、いつしか自分が加工して作った細工物が見えた。
「あ、それ買ったの?」
「はい、エクレアがお守りにって」
晶石の部分を手の平に乗せ、嬉しそうにサスケは言う。
「ふうん、大事にしてね。それ、作るのに時間かかったんだからね」
リースもどこか嬉しそうな表情になる。
「ふふ、それつけてると、ほんとに女の子みたいね」
どうしても可愛く見えてしまうのか、リースはサスケの頭を撫でてやる。
「……もう、よしてくださいよ」
普段ならここで気分が落ちるはずなのだが、なにとなく嫌な気分にはならなかった。理由も見つからないので、この晶石のおかげ、とサスケは心の中で纏める。
「ま、とにかく族長のところに行ってきてよ。なんだかかなり大変なことになっちゃってるのよ」
大変なこと、と聞くと目の色が変わるようにサスケは急いてクリウスの家に向かった。呆けていたエクレアも慌ててその後についていく。
既にカーシスとミライアは来ていた。遅いぞ、とカーシスに一発小突かれてしまう。
「きてくれたか。とにかく、ラディスタで大変なことが起きたらしい」
「その大変なことって?」
エクレアが訊く。
次にクリウスの隣にいる、青年のエルフ―本当の歳はわからないが―が先を話した。
「はい、私はラディスタから使者としてきた者です。ラディスタではここ最近、魔物が頻繁に群れを成して行動するようになっていました。初めはごく少数でしたが、つい先日には、王国の軍隊で抑えなければならないほどの数へと膨れ上がったのです」
魔物の移動、と聞いてサスケはすぐにその答えがわかった。恐らく四人とも同じことを考えているだろう。
「ダンティンスか……」
カーシスはまたかよ、と舌打ちする。
「やはりご存知でしたね」
使者が四人に向かって言う。
「やはりって……」
サスケは戸惑ってしまう。
そこへクリウスが説明する。
「この前、エルフでも稀に見る高い晶力の持ち主の話しをしただろう?その者が、君たちがダンティンスを追っていると、見通したらしい」
随分なエルフだな、とサスケは思った。
「頼む、行ってきてはくれないだろうか。君たちがダンティンスを追っているのなら、必ずそいつとぶつかるはずだ。もしこのままにしておけば……」
そこで言葉を切って、クリウスは頭を下げた。使者も同じようにする。
「はあ、いいと思いますよ……」
頬を掻きながらサスケは後ろにいる三人を見た。全員、反対はないと気軽く言った。
「すまない、それでは彼と共に、帆船に乗ってラディスタまで行ってくれ。そこにあるエルフの里の族長から、詳しい話しを聞いてくれ」
使者が戸口に向かった。サスケたちはクリウスに踵を返すと、その後へとついていき家を出た。
しかし、殿にいたカーシスだけはクリウスに呼び止められた。
「なんですか?」
クリウスは、手に持っていた晶霊石をカーシスに手渡した。それは遺跡で取ってきた物であった。
「本来なら、これで君たちを送り届けるはずだった。だけどもうそれは必要ないだろう?」
「まあ……そうですね」
クリウスはそのまま続けた。
「それは君たちが取ってきた物だ。渡しておかなければと思ってね。なにかあったときに使ってみてくれ」
カーシスは蒼紫色に明るみを帯びている晶霊石を眺める。
一礼し、踵を返してサスケたちの後を追った。
帆船に乗って船は出航した。クリウスはそれを遠くから眺めている。
無言で家へと戻る。思いつめたように目を閉じている。
「後悔、したの?」
背後から声がした。振り返るとリースが立っていた。
「ああ、彼らには、本来は関係ないのだからな。そのダンティンスという者がダークエルフと組んでいるのかもしれない」
魔物を操る者への恐怖が、クリウスの考えを最悪な方向へと導いてしまう。
「もし、私の考え通り、ダンティンスのすることが予想通りなら……彼らは、必ず阻止しようと思うだろう」
そこでリースがクリウスの肩を叩く。
「あの子達が巻き込まれる前に、私たちでそれを止めましょう。それが、私たちの……エルフの民が、長い間与えられてることでしょう?」
クリウスは、後悔と自責念でもう一度目を閉じた。彼らは巻き込めない、そう心に決めた。
「そうだな…。彼らが知る前に、必ず阻止しなければ……」
決心が固まり、クリウスは天井を見る。サスケたちの無事を願って─。
夜に、風が幾度となく吹きつけるラディスタの丘に、男が一人立ち尽くしていた。
月を見上げている。月明かりに照らされている表情は、幾月を経て、一人孤独の中にいるように見えるが、その瞳には、光が強く宿っていた。
若い青年の彼は、自分と同じ気を遥か彼方で感じ取った。だが振り向くと、そこには草原以外になにもなかった。
「この感じは……どこから………」
青年はまた月を見上げた。それ以外になにも映っていないのか、願いを込めて想う。
(いつか…、いつかは、この争いが終わるだろうか……)
瞼を伏せた。もう一度風が強く吹きつける。
心の奥底で、かつての記憶をたどっている。そのときの表情は一瞬にして沈んだ。
だが暗い記憶の奥底に、一点だけ光が見える。
彼はそれだけを想い、また月を見上げた─。
十一章 復帰 完