十二章     雪原の先

 

 

 

 

 帆船が港に着いたときは、朝方のことであった。

 審査を済ませ、潮風に吹かれながら港の中を少しの時間、食料の補給のために歩き回る。

「まずは里へ向かいますので」

 ある程度買い込み、終わったところで使者が道の先頭を歩く。次にエクレア、ミライア、サスケ、荷物持ちのカーシスが殿となって、混み合っている市場から抜け出した。

「少しばかり歩きますね。ここから北西の方角です」

 港を出て街道へ歩を進める。穏やかな気候の中、このままのんびりと歩いていたい、そう思うのだが、それでも魔物は出ないということはなく、遭うたびに幾らかは剣を抜く。

「剛天撃!」

 カーシスの一振りで起こした地割れに、最後の魔物を巻き込んだ。

(なかなか上手くなったじゃないか)

 剣を鞘に収めながらも、意識の奥底から声をかけられる。

「ホントか?」

 カーシスは呟くようにして、けれどもその言葉には嬉しさを含ませている。

 彼の意識の中にある、もう一人の自分のことはサスケから帆船の中で聞いた。慣れるとさして抵抗もなく入れ替わることも出来るようになり、戦いの最中に後ろから襲いかかる敵を、いち早く伝えてくれたりと、色々と楽になった。

 中でも一番驚いたのは、カーシスとサスケの意識の中にいる二人は、お互いに会話することが出来ていた。

 それも都合よく、自分たち個人、サスケはサスケと、カーシスはカーシスと、とでしか聞こえないように会話することも出来るのである。どんな仕組みだ。

「さあ、ここですよ」

 使者が立ち止まる。丁度、エクレアがミライアと話していたところで余所見をして、カーシスの背中にぶつかる。結局はなぜかカーシスが殴られて場を終了させて使者の指した先を見る。

「ユグルスの森みたいですね」

 見上げるほどの巨大な木々が連なる。目の前の森に目を奪われながらサスケは言う。

「ええ、我々エルフはこういった森の中に住居を建てますから」

 使者はそのまま森の入口へと入る。四人もその後に続く。

外観を見たときの印象は、各々の考えはさまざまだっただろう。森の中は、以前のユグルスの森とは違い歩きやすかった。

 ある程度の獣道がならされてあり、小動物が前を横切ることもあった。魔物も比較的凶暴でもなく、剣を振るだけで逃げ出してしまうものが多い。感覚としては、随分と気楽に移動できる。

「…ずいぶんと長いわね」

 しかし、どうあれ森自体は相当な規模を誇っていた。もう三時間は歩いただろうか、エクレアはまだかと使者に訊く。

「もう少しですよ。ここはだいぶ広い森ですからね。私たちでもたまに迷ったりしますよ」

 現地に住んでいるエルフでも迷う、そう聞いてカーシスは身を竦める。

「マジかよ…。なんでそんなところに住んでるんだよ」

 ゾッとしないだろう。言わないでくれと心の中で思う。

やがて突き当たったところに着いた。目の前には、他の木々の数倍は巨大な、一つだけ頭が飛び出している木がそびえている。四人は周辺を見渡して、行き止まりのように思えているが、使者はおかしい、と首を傾げる。

「この先が里なんですが……、こんな大きな木はなかったはず……?」

 その巨大な幹を手で擦りながら使者は言う。

「ウソだろ! 迷ったのか?」

 使者の言葉に驚愕しながら、カーシスが力なく膝を曲げて地面に座る。

「んー、まあ仕方ないですよ。別の道を探しましょう」

 カーシスが直接的に言うのに対して、サスケが使者に励ますように声を掛ける。フォローしているサスケを見ながらカーシスはしまった、と頭を垂れている。

「ええ、すみません」

 サスケの隣にいたミライアは、その中でもだいぶ息を切らしていた。辺りを見渡してサスケの後ろにある、丁度良い感じに座れそうな形の岩に腰を下ろそうとする。

 だが、足下に伸びていた木の根に足を躓かせた。

「きゃあ!」

 転びそうになりながらも、反射的にサスケの着物の袖を掴む。

「え……わっ!」

 だが軽いサスケは、ミライアにそのまま引っ張られて、二人で岩陰に転んでしまう。

「う〜ん……」

 うつ伏せに倒れたミライアに下敷きにされたサスケは、彼女の下で呻く。

「っ…すみませんサスケさん……」

 と、恥ずかしくなって慌てて起き上がる……が、なぜか立てない。

体を曲げて足を見てみると、躓いた木の根が足に絡みついている。

「ええ? なにこれ……」

 ミライアは木の根を解こうと体を捩る。ギリギリのところで届かなくて目一杯腕を伸ばす。

「どう…したんですか…?」

 早く退かないのか、と思いながら下敷きにされたままのサスケは必死で上体を上げて、木の根に悪戦苦闘しているミライアを見る。

「大丈夫ですか?」

 それに見かねた使者が、代わりにサスケを起こそうと向かう。

 ―そのとき、使者の後ろにある巨木が音をたてて揺れた。

「な……?」

 音に気を取られて振り向く。見るとその巨木から這っている根のすべてが動いている。

 その内の一つが、真っ直ぐ自分に……否、その先に倒れているサスケとミライアのほうへと伸びる。

「きゃ!」

 いきなり木の根が張り詰め、足を引っ張られミライアは短く叫んだ。そしてあろうことか、そのまま引き摺られていく。

「く……」

 サスケはミライアがようやく自分の上から離れると、抜刀と共に飛び掛るように彼女の足に絡みついている根を切り離す。

「ふう……、助かりましたサスケさん」

 抱き上げられたミライアは礼を言う。サスケはそのまま岩を飛び越えると、目の前にある動く木と対峙した。

「オーロックス? それにしてもおっきいな……」

 サスケが呟きながら刀を構えている横で、どうでもいい、とカーシスは剣を抜く。

「どっちにしても、とっとと倒そうぜ」

 延々と歩いて歩いて、ストレスの溜まっているカーシスは少し苛立っているのか。そんなやりとりをしている間にも、木が徐々に迫ってくる。

「そうだ、思い出した! 皆さん、気をつけてください! あれはソーンフォレストです!」

 目の前の木のことだろう、使者はその名前を言う。

「そー……なんだ?」

 突然言うので、名前が聞き取れなくカーシスは呑気にも訊き返す。

(危ない!)

 突如意識の中から声がした。それに気づいて反射的にその場から離れると、木から紫色をしたの樹液が飛んできた。

 樹液が付着した地面は、そのまま溶けてしまう。

「うえー危ねえ……」

 カーシスはその場から更に後退る。あれを浴びていたら……と思うと、またゾッとしてしまう。

(よく前を見ておけ! バカ!)

 注意を受け、カーシスの表情が引き締まる。

「……それじゃあいくぞ!」

 体制を低くして駆け、カーシスは巨木に斬り込んだ。だが突如根が地面から突き出し、それを阻止される。

「うおっ!! いきなりなんだよこれ!?」

 急停止し、カーシスは根を斬り落とす。その横をサスケが走り抜け、刀を振り上げる。

「フレイムドライブ!」

 ミライアが晶術を使い、サスケを援護する。

 小剣を抜き、幻影刃で残像を残しながら巨木を斬る。だがほんのわずかしか傷つかない。

「あーあ……やっぱり僕じゃだめか……」

 苦い表情をしながらサスケはエクレアを見る。それに頷き、力のないサスケの代わりにエクレアが大剣で巨木を斬る。

「それじゃあそこら辺の根っこでも斬っててよ」

 うん、と頷き、その場から退き木の根をスラストファングで切りつける。

「バーンストライク!」

 ミライアは続けて火炎系の晶術を発動した。火炎弾が根を焼き払い、幹を燃やす。

「エクレア」

 サスケが後ろから呼びかけてくる。

 振り向くと、サスケは頷いている。意味を理解し、エクレアも頷き返す。

「古より伝わりし浄化の炎よ……」

 精神を集中させ、エンシェントノヴァの詠唱を始める。視界が広くなる錯覚を覚え、自分の中から力が溢れるような感覚を覚える。

そして、それを聞きながらエクレアは大剣を離し、飛燕連天脚の構えをとる。

「消えろ!」

 サスケが詠唱を唱え終わると、術を唱えず、炎の晶力をエクレアへと伝える。

「空牙昇竜脚!」

 その晶力を受けて、エクレアは炎を纏って巨木を蹴り上げる。滑らかな動きで、空中で幾度となく炎ごと蹴りつけると、巨木はあっという間に火達磨になる。

「はあ!」

 最後に、空中で一際大きい爆炎と共に蹴りつけると、一気に炎は燃え上がり、巨木は跡形もなく消滅した。

「……ふう」

 着地してエクレアは一息吐く。なにとなくサスケに調子を合わせてみたのだが、上手くいってよかった、と満足げに自分の力と、サスケの術を思い返していた。

「やっと終わったなー」

 その横で、大した出番のなかったカーシスが巨木の灰を飛び越えて、奥に出来た道を顎でしゃくる。

「ああ、そうです。ようやく里に行けますね」

 あらかじめミライアの後ろに隠れていた使者は、安全なのを確認すると前へ進み出る。

「それでは行きましょう」

 先頭を歩く使者に、カーシスはついて行った。

 物思いに耽っていたエクレアも、それに気付いて行こうとしたが、サスケを呼ぼうと振り返る。

「よいしょ……大丈夫でしたか?」

 丁度サスケは地面に座っていたミライアに手を差し出していた。

「ええ、すみません。疲れてしまって…」

「そうですよね、だいぶ歩きましたからねえ…僕も疲れてますよ。もう少しですから、頑張ってください」

 会話している二人を、エクレアはなぜだか複雑な心境で見ていた。

 どこか霧が覆う気持ちが酷く不快にさせる。

 ――どうしてだろう、こんな、変な気分になることなんて……なかったのに。

「サスケー! 行こうよ」

 しかし、そんな考えを振り切って呼びかけると、サスケはすぐに振り向いた。

「うん。いま行くよ」

 燃え残った木を跨ぎながらサスケとミライアは近づいてきた。

 

 

 

 里は、以前きたことのあるユグルスの森の中にある里と似ていた。こちらのほうが人口は多いだろう、それを証明するようにエルフの民で道は賑わっていた。

「……なんだか島の里と同じようなもんだな」

 あまり変わり映えしない景色にカーシスは飽きているのか、げんなりとした表情を作って歩いている。

「それより疲れたわ」

 と、言うことは別だが、こちらも同じような表情で、足取りを重くしながらエクレアは言う。

「そうですね、思った以上に時間がかかりましたからね……」

 平然と前を歩いている使者が、駄々を捏ねる二人を見てどうしたものかと考える。

「それでは、今日は宿のほうでお休みになってください。私から族長に伝えておきます」

 それを聞いてさり気なく、サスケの後ろにいたミライアは休めることに喜んでいる。はあ、とサスケはそんな三人に溜め息を吐く。……我慢してよ、と。

 そこへエルフが一人やってきた。

「ようやく戻ってきたのか! 遅かったじゃないか」

 青年のエルフは来た道を指差す。

「早く族長のとこに行ったほうがいいぞ。だいぶ前から待っていたからな」

 言いたいことだけ言うと、青年はそそくさと去っていってしまう。

「はあ……そうか……」

 使者はすまないとばかりに頭を垂れた。

「族長がお待ちのようなので……すみませんが、やはり先に行ってきてくれませんか?」

 せっかくの宿が遠のいてしまうのに、ミライアは渋らせる。

「はあ……」

 隣でその溜め息を聞いてしまったサスケは、『いえいえ、僕たちなら大丈夫ですよ』と言おうと思ったが、それを飲み込んでしまう。

「なんだよそれ」

 カーシスも悪態をつく。

「はあ……もういいでしょうカーシス?」

 自分は諦めたが、まだ食らいついているカーシスに、エクレアは呆れながらも宥めてやる。

「そうだよ。遅くなった僕たちが悪いんだから」

 だが、それでも一番疲れているのは体力のないサスケだろう。嫌な顔せず言う彼を見て、カーシスも諦めてようやく頷いた。

「はいはい、わかったよ。行けばいいんだろ、行けば」

 半ば投げやりな態度を取るカーシスに、エクレアは少し頭に来て拳をめり込ませる。

「こっちも疲れているんだから、我慢しなさい!」

 うおお、と痛みで体を疼くませるカーシスをよそに、エクレアはミライアに訊く。

「どうミライア、まだ大丈夫?」

「え、ええ……。大丈夫ですよ」

 さすがにアレ(カーシス)を見ていると、疲れているとは言えない状況なので、ミライアは平気を装う……明らかに疲労の色は窺えてしまうのだが。

「よし、それじゃあ行きましょうか」

 サスケが使者について行く。エクレアとミライアも行くが、エクレアの拳での痛みで、カーシスは思うように動けない。

「おーい、待ってくれよ……」

 腹を押さえながらカーシスは先行く四人を追いかける。

 何件かの家を通り過ぎ、里の端辺りにぽつんと建っている族長の家の前に着くと、使者はドアを二、三度叩く。

「族長、ただいま戻りました」

 返事を聞かぬまま、使者はドアを開ける。

「どうぞ、私はここまでですよ」

 促されてサスケたちは家の中へ入る。

 とりあえず居間のほうへと向かった。中は長テーブルが置いてあり、食器棚が脇にあるという質素な空間で、その中の一番奥に設けられている椅子には女性が座っていた。

「よく来てくれました」

 淡い緑の長髪を揺らし、よく通る声で、女性はサスケたちに言う。

「どうぞお掛けになって」

 青の瞳が静かに笑みを作ると、優しく席を手で差し出す。言われるまま各々椅子に座る。―椅子が足りなくてサスケだけは立ったままだが。

「私はこの里の族長、エフィアといいます」

 ここの里の族長は女か、と柄にもなくカーシスはなにとなく照れている。

「あ、そうでした…」

 エフィアはなにを思ったのか、突然、部屋の後ろにあるドアに向かって声を掛ける。

「皆さんが来ましたよー」

 間延びした感じの声が響き、やや間があってドアが開いた。出てきたのはまた、女性だった。

「はいはい、そんなに大声で言わなくても聞こえてるわよ」

「あらそう? リフィが言っていたのは、この人達のことでしょう?」

 リフィと呼ばれた若い女性は、いままで見たエルフの誰よりも自分たちに近い格好をしていた。白地に、青、赤、黒の色で刺繍されている服装は、肩から胸元へ大きく開けていた。背丈はエクレアと同じくらいか、170pくらいといったところだろう。茶、紫色のブーツを履いていて、腰に巻いているベルトには、晶霊石だろう淡い明るみを帯びている装飾された石がはめ込まれてある。

「ふんふん……」

 リフィはサスケたちを順々に眺める。その目はモノの価値を測るかのように順々に上から下へと、各々に向けられていった。

「んー、たぶんこいつらよ。あってるあってる。それじゃ、そこから名前を言う!」

 と、端に座っていたカーシスを指差す。突然のことに、思わず高い声が上がってしまい、カーシスは訊き返してしまう。

「はあ? お、俺?」

「なによ、名前言うくらいなら恥かしくもないでしょうが」

 腕を組んでリフィがカーシスを睨みつける。

「…わかったよ。俺はカーシス、カーシスだ」

 どこかエクレアが自分を殴るときなどに感じる威圧感がリフィからも出ていた。肩を強張らせながらカーシスは諦めて名前を言う。

「私はエクレア」

 隣に座っていたエクレアが次に言った。

「ミライアです」

「…サスケといいます」

 ミライアとサスケも順に名前を言う。

「よろしい。私の名前はリフィよ。こう見えても、ルークリウスにある里の爆発を言い当てた素晴らしい女よ」

 どう見えると言いたいのかは謎だが、里の爆発を言い当てたということに、四人は素直驚愕した、というより、内心本当か? と思ってしまった。自分で素晴らしいとか言っている辺りで嘘臭いから当然か。

「じゃあ、あなたがあの“稀に見るエルフ”?」

 不安ながらもエクレアはクリウスの言っていたことをそのままリフィへと向ける。

 そして、それを聞いた彼女は途端に険しい表情になる。

「なあに? クリウスって私を珍しい者呼ばわりしてるわけ!? 失礼しちゃうわね」

 遠くにいるクリウスのことを怒りながら、けれどもすぐになにかを思い出したような表情へと変わり、リフィは話しを進める。

「ま、それよりあんたたちが、ここに来たことだけど…」

 本題を訊かれ、サスケはいままでダンティンスやダークエルフにあったことを順々に話す。

 それを一言も聞き逃さずに、一通り話が終わったあとに、リフィは口を開いた。そして……、

「ぶっちゃけて言うと、私も魔物を操ってるヤツが誰だかわかんないのよ」

 本当にぶっちゃけて言ったリフィにカーシスはつい怒鳴ってしまう。

「なんだよそれ! いい加減にも程があるぞ」

「はいはい、人の話しは最後まで聞く!」

 そんなカーシスをあっさりと流してリフィは言った。

「あのね、あんたたちの言ってるダンティンスとかいうヤツはね、たぶん魔物を操ってるのと関係して、ザクスとシルラクと手を組んでるわ。ダークエルフが関係してるってことでエルフもこのことに動くんだけど……」

 そこで言葉を切って、リフィはエフィアを見る。表情を曇らせて、申し訳なさそうにエフィアは言う。

「私たちは、昔にラディスタとの間で、ちょっといざこざがあって……、王の許可がなければ表立った行動が出来ないのよ」

 それじゃあ、とミライアが提案する。

「それでは許可を貰う、というのは?」

 ミライアが訊くと、エフィアは頷き棚の引き出しから、巻紙を取り出した。

「ええ、この国は絶対的な王制国家なので、これに王のサインと、印を押して許可をもらえれば、私たち里の者は皆ラディスタの大陸を自由に行き来できるようになるんです。まずはこれを王に渡してきてくれますか?」

 簡単、とばかりにエクレアは巻紙を受け取る。

 それをそのままカーシスに手渡す。

「はいこれ、荷物持ちさんよろしくね」

「……わかったよ」

 渋々とカーシスは受け取って、革袋の中にそれを入れる。

「それじゃ、あんたたちはこっちに来て」

 一通り話しが終わったのを確認して、リフィは外に向かって手招きしてきた。

 各々に席を立ち、言われるがままについて行ったサスケたちの周りに、エルフが数十人、取り囲んでくる。

「なっ……!?」

 カーシスは慌てて身構え、剣の柄を握る。―嵌められたのか?

「ダイジョブダイジョブ、あんたたちをこれで城に送り届けるのよ。普通に歩いて行ったら吹雪が待ってるからね」

 リフィはそれを悪戯っぽく眺めながら言うと、遠巻きから離れていった。

「そうそう、帰りもこいつらが来るから大丈夫よ」

 なにが大丈夫なのか、サスケが聞こうとしたとき、突如視界が暗転した。強制的に腹の中に溜め込んだものが出てきそうな、吐き気と共に意識を失った。

 

 

 

 目が覚めたときは、肌寒い寒気が伝わった。

 エクレアは目を覚ますと、どこか打ちつけたのか頭を手で擦っている。と、突然手にひんやりとした感触が襲ってきた。視線を落すと、自分が寝転がっているのが雪の上だと判断するのに、そう時間は掛からなかった。

 なにとなく、倒れたまま反転してみる。傍に目の前で寝ているサスケの姿が映る。

「あっ」

 驚いてエクレアは声を漏らし、硬直した。だがサスケは聞こえたのか、体をもぞもぞと動かしてうっすらと瞼を上げる。

「う……うーん……」

 サスケは完全に目が覚めると、呑気に目の前にいるエクレアに笑顔を向けた。

「おはようエクレア」

「え……ええ、おはよう……。じゃないわよ……」

 呆れながらエクレアは立ち上がり、サスケを起こす。カーシスもミライアも丁度、目を覚ましたのか起き上がった。

「ったく、どこだよここは……」

 カーシスは辺りを見まわしている。彼方まで雪原が続いているその景色は、白銀を思わせる光を放っていた。

「…さっ、寒っ! なんだよここは!?」

 突如吹いた寒気がカーシスの肌を嘗めるように過ぎていく。腕を擦って身を屈ませ、暖を逃がすまいとしている。

「まさか雪が降ってるなんて……寒いです」

 メイド服を着ているミライアはかなり寒いだろう、エクレアに寄って寒さを凌ごうとする。

「ほんとにもう……、エルフも変なところに飛ばすのねえ」

 ミライアに抱きつきながらお互いに暖めあっているエクレアを、カーシスは俺も混ぜろ、と言わんばかりに恨めしそうに見ている。……言ってしまったら変態扱いされるのは免れないから言えないが。

「そうだねえ、寒いねえ」

 エクレアも寒そうにしているが、寒いといっているサスケは、誰よりも寒そうにしていない。

「言ってるわりには寒い格好してるじゃねえか……」

 がたがたと体を震わせながらカーシスはサスケを見る。着物の袖と胸元から肌が見えるのに、サスケはなんともないように雪を手で触っている。

「そんなことないよ。この寒さだもん、寒くないわけないでしょ? 僕、寒いの苦手なんだよね」

 それでも軽い調子でサスケは言う。どう見ても震えずにいつもと変わらない仕草をしている。意識の中にいるサスケも、呆れながら溜め息を吐く。

「さ、行こう。早くラディスタの城に行かなきゃね」

 と、サスケが先頭を歩こうとした矢先に、高らかな叫びと共に、空中から鳥獣のマンティコアが襲いかかってきた。

「うわ、魔物かよ……」

 嫌な顔をするカーシスを尻目にサスケは剣と刀を抜くと、後ろで寒がっている三人を庇うように魔物と対峙する。

「げ、まだきやがった……」

 げんなりとしてカーシスがやってくる別の魔物を見る。雪の上を歩きにくそうに四足歩行の狼のゲイズハウンドが走ってくる。

 歩きにくいのはサスケも同じだった。雪に足を取られてしまい、マンティコアの爪を受けてしまう。

「う……」

 たまらずに後ろに退く。エクレアがフレイムドライブをマンティコアに放つ。

 その熱気のおかげでサスケの周りの雪が溶け、足場がよくなる。

「ええい、双連撃!」

 四連続で斬りかかり、マンティコアの翼と足を斬り、最後に跳びざまに更に斬る。

 カーシスの横からゲイズハウンドが迫ってくる。面倒とばかりにカーシスは剣を振り、魔物を切り裂く。

 敵はそれだけで、残った魔物は次々と逃げ出していった。

「ふう、終わったね」

 サスケが袴の裾にかかった雪を払っている。

「それよりよ、ラディスタまでかなり距離あるじゃねえか」

 カーシスは雪原の先にぼんやりと見えるラディスタの城を見る。

「あそこまで晶術で雪溶かして行かねえか?」

 くだらないことを言うカーシスに、突然エクレアは雪玉をぶつけた。冷たさと痛みでカーシスは跳ね上がる。

「いってえ! なにすんだよ!!」

「なに言っているのよ。そんなに晶術使ったら、サスケも私たちも倒れちゃうでしょう」

 あまり晶術が使えないカーシスに、エクレアは教えてやる。

「この前サスケが倒れそうになったの、見てなかったの?」

 そして、表情を曇らせる。ザクスとシルラクがルークリウス城を襲い、晶術で部屋ごと自分たちを吹き飛ばそうとしたことをカーシスは思い出した。あのときはサスケが全晶力を使ってくれたおかげで助かったのだ。代償として完全に気絶してしまったが。

「…ああ、そうだったな。すまねえ、考えなくて」

 謝って、カーシスはそれなら、と剣を振り、風圧で雪を吹き飛ばす。

「ならこうしたほうが早いだろ? さっさと行こうぜ」

 カーシスが辺りの雪を除けながらラディスタまでの道を作る。

 その姿を見ている三人の考えが、頭の中で一致していた。――どんな体力バカのすることだ、と。

 それでも、徐々に市街地が見えてきた。作業を早めながらカーシスは剣を振るう。額から汗が滴っている。もはや寒さなど感じてはいないだろう。ある意味動いていたほうがいいのかもしれない。ここまで動くのもどうかとは思うが。それにしても、ここまでよく雪を除雪できたものだ。カーシスの体力の限界が計り知れないものになってきているのか。

 市街地の近くまでくると、雪がある程度除雪されており、急いで町に向かった。

 市街地は寒さとは裏腹に、人々の活気が満ちていた。――とはいっても実際は道行く人が寒さに慣れているからであって、サスケたちが寒くなくなるわけではない。

 先に用を済ませるべく、城門へと向かった。

 兵士が二人、お約束のように門の前に立ちっぱなしでいた。寒そうにもしていない表情に素直に感心してしまう。

「む? おまえたち、城になんの用だ?」

 兵士がサスケたちに気づき、声をかける。

「え? ああ、えっと……」

 いきなり呼ばれ、しどろもどろにサスケは答える。

「あの、謁見……、出来ますか?」

「なんだ、おまえたちも謁見希望者か」

 またか、という風に兵士はため息を吐く。

「最近は謁見利用者が多いんでね、順番待ちだ」

 王様も大変だな、とサスケは思う。

「いまからだと……」

 兵士は手元にある巻紙を広げ、予約者の表らしき物を見る。

「一週間後になるな」

 それを聞いて、途端にカーシスが憤慨する。

「一週間!? 俺たちゃあそんなに待てね――」

 が、言い切る前に、エクレアはカーシスの腹に拳をめり込ませる。

「いちいちうるさいわよ」

 と、軽く突いてやるとその場でカーシスは倒れ込む。その光景を見て、兵士たちはゾッとしない表情を浮かべた。

「仕方ないわね……サスケ、予約しときましょう」

 エクレアが話しを進める。

「それなら、名前を言ってくれ。書き留めておくからな」

 兵士が手甲を付けている手で器用にペンを出し、用紙に書く準備をする。

「えーっと…、サスケです」

 始めにサスケが言う。

「ミライアです」

「あとそこで倒れているのがカーシスで、私がエクレア」

 全員の名前を聞いて、兵士がそれを書く。が、途中までいくと、不意にペンが止まった。

「エクレア?」

 なにを思ったのか、兵士はもう一人に耳打ちをすると、城へ入っていった。

「どうしたんだろうね」

 サスケが首を傾げる。

 やがて兵士が急ぎ足で戻ってきた。

「おお、やっぱりな」

 エクレアを見て兵士は声を上げる。

「ファーエルの闘技大会優勝者のエクレアだな?」

 いま思えば、かなり懐かしいだろう、大会の話しが出てきた。

「え? そうよ」

 ぽかんとしてエクレアは答える。

「どうりで、そこの男を一発でのしちまうと思ったよ。名前が同じだからもしかしたら……と思ってな」

 笑いながら兵士は、いまだ蹲っているカーシスを指差す。食らったほうは堪ったものでないというのに。

「通ってくれよ、許可が出たぞ」

 軽い調子で言う兵士に会釈し、中へと進む。随分と上手くことが運んでエクレアは上機嫌になる。一週間待ちの謁見を、いますぐ出来るというのに嬉しく、意気揚々と城に入っていく。

「やっぱり大会に出てよかったわね」

「そうだね。エクレアのおかげでお城に入れるんだもんね。ありがと」

 嬉しそうにサスケが言うのに、エクレアは焦ってしまう。

「えっ! そ、そんなことないわよ、カーシスだって出たんだしねえ」

 と、隣にいるカーシスを横目で見る。

「どうせ俺はじゃんけんで負けたけどな……」

 陰陰とした雰囲気がカーシスから滲み出ている。仮にも準優勝者の自分が話しに出てこなかったのが更に不快にさせる。

「ま……まあいいじゃありませんか。こうしてお城に入れたんですし……」

 さすがに哀れに思ったのか、苦笑しながらミライアが宥めてやる。

「あっと、ここね」

 エクレアが謁見の間の、扉の前で止まる。

 扉を開けると、中にいたのは臣下と、恐らくは王女だろう年の女性が玉座に座っていた。白と青で彩られたドレスを着ており、髪の毛は腰の辺りまで伸びており、柔らかそうにカール状になっていて、その面にはまだ幼さが残っている。

「ようこそ、ラディスタ城へ」

 女性の声が響く。少し離れた位置でサスケたちは一礼する。

「私はこの城の女王、リィム・F・ラディスタと言いますわ」

 王女ではなく、女王だった女性リィムに、サスケは言う。

「ええと……女王様……」

 そこでリィムが手でストップをかける。

「その……女王様は、あまり呼ばれるのは好きではないの。だからリィムで……呼んでくださる? 町の方々は皆、そう呼んでくれるの」

「そうでしたか。……それではリィムさん、今日はお願いがあってきたんですが……」

 サスケはカーシスに巻紙を出してもらう。それをリィムに渡す。

「エルフの民たちの行動が縛られているのです。彼らは、エルフの間でのいざこざを解消、と言うよりも流してくれるようにするためには、その用紙に正式な印と、王の文書が必要らしいのです」

 訳を説明すると、リィムはそうですか、と頷く。

「そうゆうことでしたの……。ですが………」

 リィムは言葉を詰まらせる。

「私が、なぜここに座っているか、知っていますか?」

 いきなりなにを聞くのか、リィムは玉座の肘掛を手でなぞる。

「え……」

 エクレアはわからない、と首を横に振る。それを見て、リィムはぽつぽつと言葉を綴る。

「王は……私の父は、つい先月に……、病に伏せて亡くなってしまったのです」

 そして、彼女の表情からは深い悲しみを覗かせた。

「この羊皮紙が、どのようなものか、私は知っています。ラディスタの紋様が描かれてある文書に、印を押せるのは、正式なラディスタ王、ただ一人だけなのです」

 それじゃあ、とカーシスが急き込む。

「ええ、私では印を押せません。どうすることも出来ないのです。新しい王が決まるまでは、その羊皮紙はただの紙切れのようなものなのです」

 予想外の出来事に。サスケたちはうなだれてしまう。これで、エルフの助力が無くなってしまった。

 出来ないのなら、もう城にいる必要はない。エフィアに報告すべく、踵を返して城から出た。

 来た道を戻る間は、殆ど無言で足が進んだ。

「……どうしようか」

 エクレアが口を開く。

「そうだね。これでエルフが動けないことになったから……、僕たちだけで、ダンティンスと戦うことになるのか…………」

 サスケは考える。どうしたらエルフが外を公に動けることが出来るだろうか。だが方法が見つからない。

 気絶していた場所まで戻った。雪が積もっていて、そこに横倒しになっていた跡はなかった。

「どうやって帰ればいいのかしら……」

 ミライアが辺りを見まわす。エルフが迎えにくるとリフィは言っていたが、そこまで正確にあうものではないと思った。

 だが突然、引き摺り込まれるような感覚が襲ってきた。再び視界が暗転し、また吐き気に見舞われてしまい、意識を失ってしまう。

 

 

 

 サスケは、気がつけばエフィアの家の天井が見えていた。それと、リフィが自分を覗き込んでいる。

「なにしてるんですか……」

 しばらくは呆けていながらも、黙って自分を見ているリフィに訊く。

「いや、女の顔してるー……って思ったの」

 またこの手の話しか、とサスケはため息を吐く。体を起こし立ち上がる。他の三人も起き上がってきた。

「そうそう、どうだった?」

 今度はリフィがサスケに訊く。

「……リフィさんは、王様がいまどうなっているか知っていますか?」

 サスケは訊き返してみる。

「え? そんなのわかんないわよ。エルフは外に出ちゃいけないもん。この前あんたたちを迎えに行かせたヤツも、かなり用心させて島まで連れていったのよ。バレたら牢屋行きだからねえ」

 そうか、とサスケは頭を下げる。

「王様は……、亡くなっていました」

 りフィの手が止まる。

「あの紙には、王様しか印を押せないって、女王様のリィムさんが言っていたので…駄目でした」

「あらそう」

 サスケが言うのにあっさりとリフィは片付ける。

「別にどおってことないわよ。あんたたちが動けば充分でしょ?」

 黙って聞いていたカーシスが怒り出す。

「そんな簡単に言うんじゃねえよ! 俺たちだって何度もあいつらに負けそうになったんだぞ!!」

「なに言ってんのよ。そーんな強力な助っ人が、あんたたちに二人もいるのにねえ」

 リフィが何気なく言うのに、サスケとカーシスは硬直した。エクレアとミライアは訳がわからないという風に首を傾げる。

「な……、なに言ってんだよ……」

 やっぱりこいつは、とカーシスが油断なく構えて言う。

 それでもカーシスに一瞥するだけで、リフィは背を向けて居間の長テーブルに手をかける。

「そろそろバラしてもいいんじゃないの? あんたたち」

 サスケとカーシスに言っているのか、それとも二人の中にいる人物に言っているのか。隣でエクレアは話しが掴めずサスケに訊く。

「ねえサスケ、どういうこと……?」

「えっと、それは……」

 どう言えばいいのか、サスケが迷っている間に、頭の中に直接声が聞こえてきた。

(サスケもういい、カーシスも。どうやら気づかれてしまったようだな……)

 カーシスにも聞こえるその声は、サスケに言った。

(こうなっては仕方ないな。カーシス、代わってくれ)

 カーシスの意識の中にいる人物も言う。

「どうするカーシス?」

 サスケはカーシスに訊く。

「……仕方ねえか」

 観念して、サスケとカーシスは目を閉じる。エクレアはどうしたの、と訊こうとしたが、次に目を開けたサスケとカーシスに驚く。

「な、なに? その……」

 眼、と言う前に、出てきたサスケが遮る。

「これでいいのか? リフィ」

 いつもとは全然違う低いサスケの声と、話し方にエクレアは更に驚く。言葉も出ない口がぱくぱくと動くだけで身体は完全に硬直したままになっている。

「なんだ? 俺が珍しいのか?」

 サスケが驚いているエクレアに訊く。光が薄れている瞳が、女性の顔立ちのサスケを暗い感じへと思わせる。

「これでも、何度かは会ったことがあるのだがな……」

 軽い調子でサスケは言うが、一瞬だけ頭をふらつかせる。が、すぐにそれを隠すように立ち直る。

 エクレアはそんなことがあったか、と記憶を探る。だが思い当たらない。

「ダンティンスの剣を俺が止めたときに、見なかったのか?」

 サスケがヒントを与え、それを頼りにエクレアはそのときの記憶を必死に探った。

 そしてハッと思い出した。

 ダンティンスの剣をサスケが防いだとき、振り向いて自分を見たときの表情。そのときにサスケの、いまと同じ暗い瞳が見えたことを、思い出した。

「思い出したか?」

 サスケがエクレアの表情を見て訊く。その眼は暗いままで、見ていると飲み込まれそうな、そう感じたとき、エクレアは視線を逸らしてしまう。

「え、ええ……それじゃあ」

 エクレアは、今度はカーシスを見る。

「俺はウィンレイ遺跡でようやく出てこれたからな。おまえは知らないだろう。ミライアは見ていただろうがな」

 カーシスはミライアを見る。途端、沈黙だったミライアがおどおどとしながらも喋り出す。

「は……はい、そうです。あのとき、サスケさんもサーシスさんも、どこか違うような雰囲気でしたけど……」

 それから、更に話を続ける、が、これ以上待つのが億劫になったのか、リフィは手を叩いて全員の目を自分に向けさせる。

「はいはい、お話は後にでもしてちょうだい。まずはなんであんたたちを外に出したかなんだけど……」

 サスケは聞く前に頷く。

「ダンティンスも、俺たちと同じだと言いたいのだろう?」

 正解、とリフィが話しを進める。

「そ。エルフじゃないダンティンスとあんたたちが、エルフの晶術を使えるってことは……」

 そこで切って結論を出す。

「『古代種』ってことよね?」

「古代種?」

 突然出てきた聞きなれない単語に、エクレアがリフィに訊ねる。

「古代種っていうのはね、ホントは別の言い方があるんだけど、ん〜……いまで言えばそう呼ばれてるわ。特徴はね、いまのエルフの晶術、つまり古代呪を使えるのと、あと、とてつもなく長生きするわ」

 古代呪はなにとなくわかるが、長生きするというのはどういうことなのか、余計に話しが分からなくなり、蚊帳の外にいる二人は更に首を傾げる。

「古代種はね、百歳や二百歳じゃ死なないのよ。昔の、ある術を使っててね、自分が望んだ体格、年齢をそのまま維持して、何千歳まで生きてるのよ」

何千歳、と聞いていて訳がわからなくなってしまう話しだった。そこまで長生きなら、とうに生きているのが面倒になるだろう。そう思いながら四人――意識の中にいるサスケとカーシスを含めて――は、リフィの話しの続きを聞いた。

「それでなんだけど……」

 リフィはサスケとカーシスを見る。

「あんたたち自身の昔の力、もう全然出せないでしょ?」

 図星だった。サスケはああ、と首を縦に動かすと、両手を眺めて自虐的に言った。

「この体に入ったからな。一応はサスケのものだ。俺の体じゃあない。晶術なら多少はいけるがな」

 だからサスケがつい今朝ほど、上級晶術が使えたのか、とソーンフォレストとの戦いをエクレアは思い出した。

「そこでなんだけど、いい話しがあるのよ」

 リフィはにんまりと笑みを浮かべてサスケを覗き込む。

「ディウリアス高原に行きなさい。そこにいいものあるから」

 それだけ言うと、リフィは四人を手で押しやって外に出す。

 そしてまた数十人のエルフたちに囲まれる。早いながらも、既にお約束の域に達してしまっているこの流れに、諦めながらも四人は心の準備をする。

「行ってらっしゃーい」

 リフィが手を振る。それを見た後に、結局四人は気を失った。

 

 

 

「おい、起きろエクレア」

 先に目が覚めていたサスケは、倒れているエクレアの肩を揺する。

 エクレアは目を覚ますと、起き上がりサスケの肩を掴む。

「サスケ、大丈夫?」

「おまえと違って、そんなに長くは寝てなかったからな」

 そっけなく言うと、肩にかかる手を払ってサスケは起きているカーシスのほうへ向かう。呻きながらもカーシスはサスケに叩かれて目を覚ます。

(……なによ、あれ)

 エクレアはサスケの態度に腹が立ってしまった。いつものサスケならば、愛くるしい――本人に言えば嫌な顔をされるが――笑顔で一言『大丈夫だよ』とでも言ってくれるが、いまのサスケは半ば睨みつているような表情で無視する。性格がかなり違う。いつものサスケが表の存在ならば、いまのサスケは裏の存在だろうとエクレアは解釈する。第一、リフィの話が本当なら、いま目の前にいるサスケと、愛想のよい笑顔をするサスケとは、まったくの別人である。

「なにをしているエクレア。先に行くぞ」

 裏のサスケに遠くから呼びかけられた。

「やっぱり、いつものサスケのほうが可愛い……」

 一人そう呟きながら、エクレアは先行く三人を追いかけた。雪原に足跡を残し、彼女はその一歩一歩を、重く感じていた。

 

十二章     雪原の先 完