十三章     生きる歴史

 

 

 

 

 リフィが次に送った先は、雪は降ってなく随分と楽に進んだ。

 途中にある規模の小さい町で小休止した後、更に先にあるディウリアス高原へと向かい歩を進める。

「風が強いわね」

 突風で長髪が煽られるのを手で抑えながらエクレアは言った。

 高原に入ってからはやたらと風が吹いて仕方が無かった。町で現地の人に聞いた話だと、高原の規模は小さいながらも標高の差が激しい谷があるらしい。歩く度に目につく大きすぎる岩――それこそ、それのせいで谷が出来ているかのような――が、行く手を阻むかのように進行を遅らせていた。

「そうだねえ。吹き飛ばされちゃうよ」

 いつのまにか人格が戻っていたサスケは、軽い調子で言っているが、何度も飛ばされそうになった。それでも袴の裾と着物の袖をばたばたと煽らせながら進んでいる。

「これで魔物が出るからなー……やなところだぜ」

 カーシスが文句を吐きながら前へ進む。

 歩いている隊列は、先頭からカーシス、サスケ、ミライア、エクレアの順で進んでいる。

 カーシスなら体重もあるから飛ばされにくいだろうし、その後ろを歩くサスケが飛ばされたとしても、最後尾にいるエクレアが抑えてくれる。

「もうー! リフィは私たちにどこに行けって言いたかったのよ!!」

 声を張り上げてエクレアは言う。そうでもしないと、風に声を持っていかれるからだ。

「もうちょっと先じゃないでしょうか……」

 前にいるミライアがエクレアを宥めてやる。

「ん?」

 ふとカーシスは足を止めた。

「ちょっと、カーシスなにしてるの?」

 サスケが訊くと、カーシスは手を後ろに廻し、サスケの腕を引く。

「うわ、ちょっと!」

 体制を崩しながら、カーシスと横並びにさせられた。

 そこは風が吹いていない。煽られていた髪が収まる。

「あれ……?」

「変だろ?」

 サスケが不思議に思っているのに、カーシスは訊いてみた。

「変だね……」

 やがて後ろの女性陣も風の外に出た。エクレアはサスケの隣に並んで、後ろに手を伸ばす。

 案の定、突風に煽られる。

「なんか……変な場所ね」

 岩が連なっている地形のせいだろうか、エクレアはその現象に興味は示すものの、仕組みがいまいち理解できないので結局考えるのを止めた。

「ん?」

 カーシスが目を細める。

「どうしたの?」

 サスケが訊くと、カーシスは先のほうを指差す。

「あそこ……誰かいないか?」

 サスケもカーシスの指差したほうを見た。確かに人影らしきものが見える。

「本当ね…、行ってみましょうよ」

 エクレアが促すと、四人は草原を進んでいった。

 丘のほうまで行くにつれて、やがてハッキリと人物が見えてきた。

 背を向けていて顔は見えないが、男性だろう体躯に、長めの髪の一部を後ろで結っている。手には長い柄の槍を握っている。

「こんなところに一人でいるなんて………」

 ミライアがそこまで言うとサスケは、

「随分と物好きな人ですね」

 と付け足しした。

「まあいいだろ? ちょっとなにかあるか訊いてみるか。すみませんー?」

 そして、カーシスが歩み寄ろうと一歩踏み出したときだった。

「――!?」

サスケと、カーシスは自分たちと同じ気を感じた。

 男もなにかを感じ取ったのか、こちらを振り向く。

「……この気は…………」

 男がサスケとカーシスを順に見る。

「そうか……おまえたちが……」

 カーシスがなんだよ、と言い返そうとしたとき、頭の中から代われと声が響いた。

 サスケにも聞こえたらしく、素直に二人は目を閉じた。そして、次に開けたときは、裏の人格が出てきていた。

「すごい…というかなんと言うか」

 現れた瞬間、サスケが短く言う。

「そうか? まあ、誉め言葉として貰っておくか」

 男がそれに答える。

「まさかまだ古代種が生きていたとはな……」

 カーシスは驚いたように言う。

「この前感じた気は、おまえたちだったのか」

「俺たちは感じてないがな」

 男は目の前にいる自分と同じ二人を見る。

「……まあ、一応改めて自己紹介だ。俺はシヴァだ」

 シヴァと名乗るその男にサスケも名前を言う。

「俺は……、いまはサスケと言う名だ。こっちがカーシスだ」

 カーシスに指差した手を下ろしたのをシヴァが見ると、不意に訊いてきた。

「おまえたちは、なんでここにいるんだ?」

 ああ、とサスケは頷いた。

「確かに、用がなくてこんなところには来ないからな」

 突風が吹きつける。シヴァは表情を硬くして聞いていた。

「俺たちはある男を追っている。ダンティンスというのだが……」

 シヴァがそれを聞いて後退る。緑の瞳が驚きで見開かれている。

「まさか……、おまえが」

 サスケはシヴァのその表情を見て、すぐにこの男がリフィの言っていた『いいもの』だとわかった。……物ではないが。

「おまえたちもダンティンスを追っているのか……」

 落ち着いてシヴァは訊き返す。

「まあ、そんなとこだな」

 軽く言葉を交わした後だった。シヴァはサスケの後ろにいるエクレアとミライアに気づき、二人に訊ねる。

「そういえば、そっちの娘たちはなんだ?」

 エクエアが名前を言おうとした。だがそれをサスケが遮る。

「エクレアと、ミライアだ。…まあ、一応、仲間だ」

 少しばかりサスケは言葉に詰まって言った。

「まあいい。俺はダンティンスを追ってここまできた。だがあるところで奴の消息が途絶えたんだ。なにかわかることがあるか?」

「いや、こちらもない。ついこの間戦って以来……遭ってはいない」

 シヴァは深くため息を吐いた。その表情は、酷く老廃しているように見えた。

「ダンティンスの目的を知っているか?」

 シヴァが訊ねる。だがカーシスは首を横に振る。

「いや……わかんねえな」

「あいつの目的は俺もわからない。だがこれだけは言える。ダンティンスは闇の力を持つ者だ。打ち倒すには……大晶霊の力の源がある、バテンカイトスだ」

 サスケは驚く。シヴァの言っていること、それは世界の根源を司る晶霊たちすべての源がある場所である。そこは物質が存在せずの空間。故に晶霊たちはこの世界とバテンカイトスを自由に行き来できている。

 だが――

「それは無理なのではないのか? バテンカイトスへの道すらもわからない。それに物質を持つ我々は消滅してしまうではないか。精神である俺とカーシスはわからなくもないが、こいつら…………」

 サスケがシヴァの言うことを否定する。だが途中で言葉が途切れた。

「どうしたのサスケ?」

 詰まった言葉を聞き、エクレアがサスケを覗き込む。彼の額からは汗が流れている。一瞬で蒼白になった顔からは、恐怖と、なにかの念を感じ取れた。

「ちょ、ちょっと、どうしたの? 大丈……」

 エクレアがサスケの肩を掴もうと手を伸ばしたとき、

「触るな!!」

 それを振り払い、サスケが叫んだ。

「え…………」

 エクレアは動揺の色を隠せないでいた。いくら裏の人格のサスケだからといって、容姿は変わってはいない。睨みつけてくるサスケにエクレアは泣きたくなるような感情が湧いてきた。

「お、おいサスケ」

 カーシスが諌めようとするが、サスケは無視して話しを続けようとする。

「他に方法はないのか? ……いくらなんでも、そのやり方は……無理だ」

 なにかを堪えるようにサスケは目を閉じて言葉を綴る。

「いや……俺は他の方法は知らない。……そう易々と見つけられるものでもないからな……。それに大晶霊を探すにしても、手がかり一つないからな」

 シヴァのその言葉を最後に、五人は黙り込んでしまう。

 沈黙の中、それを破ったのはミライアだった。

「あの……方法を探すのが、難しいなら……これからは私たちと一緒に探せばいいじゃないですか」

 サスケたち古代種の間の話しを、殆ど理解できないミライアだったが、これだけは言えた。自分がいつかグレモールの街で、サスケが声をかけてくれて、共に行動し父やその仲間の工夫を助け出したことは、一人では到底出来なかっただろう。

「要するに仲間になるか……ってことか」

 カーシスはミライアに顔を向けながら、目線はシヴァを見ている。

「仲間…………」

 シヴァはカーシスの言葉に、胸の中にある奥底を引き摺り出されるような感覚を覚えた。その変化にはサスケも気づかない。

「…………俺はかつて、力が無いばかりに仲間を失った。おまえたちが危機に陥れば、俺はまた同じことを繰り返してしまうかもしれない……」

 目を閉じてシヴァは言った。その言葉は酷く重い感じがした。

 だがそれを気にせず、カーシスはシヴァの胸を拳で叩いた。

「なに言ってんだよ。俺はおまえになにがあったか知らねえが、これだけは言える。同じことしなきゃいいだけじゃねえか。……それに、俺たちはそこまで弱くはねえよ」

 真剣な表情でカーシスはシヴァに答えを出させようとする。

 やがて決心したかのように目を瞬くと、カーシスの胸を叩き返した。

「…ああ! これからよろしく頼む、皆!」

 シヴァは自分を歓迎してくれる四人に頭を下げた。

 サスケはそれを認めると、もう戻るかと苦しげに言って、人格を入れ替えた。

 カーシスも元に戻る。

「ふう、まあよろしくな、シヴァ!」

 先程のカーシスより多少元気の良いカーシスが、シヴァに握手を求めて、手を差し出した。

 シヴァはその手をしっかりと握ると、初めて四人に笑顔を見せた。

 

 

 

 ディウリアス高原を離れ、リフィに飛ばされた場所へ戻ったが、いくら待ってもエルフは出てこなかった。

 仕方なく始めに飛ばされた、ラディスタの雪原の真っ只中に向かおうと、ラディスタ城下を経由しようとしていた。

「おう、そういやあシヴァって何歳なんだ?」

 人がまばらにいる城下を歩きながらカーシスは訊いた。

「俺か? ……そうだな、多分二十四くらいだろうな」

「多分って?」

 今度はサスケの前を歩いているエクレアが訊いた。

「いや、だいぶ昔のことだからな……もう忘れてしまったが、大体はそれくらいだ」

「それにしても若いですね」

 シヴァの整った顔立ちを見てミライアが言う。

「そうだな、それに槍使ってるから筋肉もついてるしな。おまえも少しは体鍛えろよサスケ」

 カーシスはシヴァの上腕を持ちながらサスケのほうを振り向く。

 サスケは答えず、ただ俯き加減に歩いている。

「ん? おい、どうしたサスケ」

 前にいたエクレアもサスケを見る。

「なに? 疲れたの?」

「ん………」

 次の瞬間だった。

 エクレアがサスケの表情を覗き込もうとした瞬間、サスケは前のめりに倒れた。

「へ?」

 あまりにも唐突だったので、カーシスはそれを見てぽかんとした表情になる。というか口が開いたまま動かない。

「え? ちょ、ちょっと、サスケ?」

 そんなカーシスを脇に、エクレアはしゃがんでサスケの肩を揺する。だがいくら揺すっても反応はない。

「ちょっと、サスケ、サスケ、サスケ!!」

 道の真ん中でエクレアは大慌てでしきりにサスケを呼ぶ。周囲の人の目が気になるが、それを見ていたシヴァはサスケの傍にきて、軽々とその小さな体を持ち上げた。

「どうしたのかはわからんが、とりあえず宿屋に行くか」

 サスケを抱えたシヴァを先頭に、急いで城下の中に構えてある宿屋に向かった。

 宿の部屋を取って、サスケをベッドに寝かせ、医者を呼んでサスケを見てもらう。

「ふんふん……」

 医者がサスケの様子を見ながら何度も頷く。

「心配ない、ただ倒れただけじゃ」

 つまりは過労、そう聞いてエクレアは心の底から安堵して胸を撫で下ろした。

「…よかった」

 小さく呟くと、サスケの傍に寄った。

「まあ、疲れでも溜まったんじゃろう。ゆっくり休ませなさい」

 医者は帰り支度をして、シヴァから治療代を受け取ると、部屋から出ていった。

「…まあ疲れって言うより、そんな格好してるから風邪引いたんだな」

 着物の大きい隙間から覗くサスケの肌を見てカーシスは言う。

「でもサスケさん、寒いのは苦手って言ってましたよね」

 リフィに雪原のど真ん中に飛ばされたときのことを思い出してミライアも言う。というよりも、サスケに限らず全員が防寒具すら着ていないのだが。

「まあ、なににしても、大したことはなくてよかったよ」

 シヴァは言いながらエクレアを見た。

「そうですね。大きい病気でもなかったですし」

 安堵の息を吐いてミライアは頷く。

「さて……と、カーシス」

 改まったようにシヴァはカーシスに訊く。

「その革袋の中はなんだ?」

 ああ、とカーシスは袋を持ち上げて中身を見せる。

「薬草や食材、まあそんなもんだな。ちょっと少なくなったか……」

 少なめになった革袋の中を見てカーシスは中身を確かめる。

「それならいまのうちに買い出しに行っておこう。ミライアも……手伝うとして、エクレアはサスケを看ておけ」

 シヴァは一人で淡々と話しを進めて、カーシスを外へ押し出し、ミライアの後襟を掴んでその後へ続く。

「それじゃあエクレア、頼んだぞ」

 ドアノブを掴みながらエクレアに言った。

「え、ええ……」

 エクレアが頷くのをシヴァは確認すると、静かにドアを閉じた

「っと、なんだよシヴァ」

 自分たちを半ば強引に外に連れ出したシヴァを見て、カーシスは踏み止まる。

「なんだよって言われてもな。エクレアはサスケの姉なんだろう? 心配しているに決まっている。俺たちは先に買い物を済ませたほうがいいだろ」

 あまりにごもっともな意見にカーシスは少々不機嫌になる。と、それとは別に、彼に対する認識が変わっていった。

(……ふーん)

 漠然としているが、その感覚が決して、悪いものではないことはわかる。カーシスは頷き、シヴァの後へと続いた。

 ということで、部屋でサスケを看ていろと取り残されたエクレアは、少しばかり顔を赤くして寝ている姿を傍で見ていると、なぜか恥かしくなってしまう。

(疲れが溜まった……か)

 エクレアはいままでサスケと共に旅をしていたときを思い出していた。

 その中でサスケが一人、魔物の大群に向かっていったとき、それを止められなかったことを思い出した。

 死んだかと思っていたサスケが、遺跡で突如戻ってきたとき、なぜか胸の奥が揺れ動いた。

 そしてつい今朝、森の中でサスケとミライアが話しているのを見ていると、無性に腹が立ったことを思った。

 考えながらサスケの顔を見た。等間隔に静かな寝息をたてている。

「……サスケ」

 エクレアは、なぜかサスケの顔が近くなってくるように見えた。

 だんだんと近くなる。やがてエクレアは、自分が無意識にサスケに顔を近づけているとわかった。

 だが構わずにそのまま目を閉じた。

 もう少しで互いに触れそうになる。

――ガタッ!

 と、突然背後から物音がした。

「!」

 慌てて顔を上げ振り向くと、ドアが開いた。

「おう、エクレア」

 そこからカーシスが顔を出してきた。

「あう……え……と、なに?」

「忘れてたけどさ、サスケが起きたら、なんか飯食わせとけよ。あいつ、いつも食わねえからな、頼むぜ?」

 それだけ言って、カーシスはドアを閉めていった。

「…それだけ?」

 エクレアは気が抜ける思いだった。というか、タイミングが良すぎるんだけど、と、つい心の中でカーシスに突っ込んでしまう。

 ちらっとサスケを伺ってみた。静かに寝ている。途端に見るのも恥かしくなってしまって目を逸らす。エクレア自身のほうの顔が真っ赤になる程だった。

(……もう! どうしたのよ……? 私……)

 恐る恐るもう一度サスケを見る。なんとか平静に見れるまでになると、深く息を吸い、自分の頬を何度か叩く。ヒリヒリするから大丈夫、と自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせる。

(…私も疲れたのかしら……)

 あのときの感覚はなんだったのだろう、と思いながらエクレアはカーシスが置いていった革袋の中を漁る。

「あ、あったあった」

 エクレアが取り出したのは、図書館に行ったときにこっそりと持っていった古びた本であった。

 もやもやとした気を紛らわそうと、エクレアは本を開く。

「えーっと……」

 現代の言語で書かれていない文を訳そうと本に見入る。サスケには劣るが、エクレアも父であるランティスの書斎で独学で学んだことがあるようなその文字を、食い入るように眺める。

「…長くなりそうね」

 徐々にエクレアは文の訳で読み深けていった。

 二日経ちサスケは良くなると、別の部屋を取っていたエクレアとミライアの部屋へと行こうとした。無論、看病してもらった礼を言うためだが。

 そして、ドアの前に立ち、ノックしようと手をかざした瞬間、

「ええーー!」

 と尾を引くエクレアの声が聞こえてきた。

 どうしたものかとサスケはノックなしで部屋に入る。入って一番に見えたものは、エクレアが本を片手に立ち上がっている様。

が、それも一瞬。エクレアがこちらに気付くと、途端に笑顔で物凄い勢いで近づいてきた。

「サスケおはよう! もう大丈夫なの?」

 抱きつかれてサスケは困ったような顔をする。

「え? うん、大丈夫だよ」

 答えると、エクレアは違ったとばかりに首を振る。

「そうじゃなかった……。ちょっと、これ見てみてよ!」

 エクレアの手には、本が握ってあった。図書館にあった本だ。

「……この本、どうしたの?」

 それをわからないサスケはエクレアに訊く。

「図書館から持ってきたの」

 それを聞くと、サスケは怪訝そうにエクレアを見る。

「黙って、そのまま?」

 う、とエクレアは苦い顔をすると、誤魔化すようにサスケの後ろに廻り、

「そ、そんなことよりこれ、見てみてよ」

 と抱き付きながらサスケに本のページを開いて見せる。

 まったく、と溜め息を吐き、サスケは本を見た。

「えーと、なになに……」

「読んでみてよ。凄いわよ」

 サスケは本に書かれてある文字に目を通した。

「……それが?」

 あっさりと訳し、中身を読み終えたサスケはエクレアに訊く。

「んもう。この前シヴァが言ってたでしょ? 大晶霊のこと」

 この前? とサスケは初めてシヴァにあったときを思い出す。

「えっと……」

 思えばあのときから自分と、もう片方の自分は具合が悪かったからな、と考える。

「あっ!」

 そして思い出し、エクレアに指差す。

「わかったよ」

 よかった、とエクレアは笑顔で言う。

「シヴァさんたち呼んでこないとね」

 サスケも嬉しそうに言ってシヴァたちを呼んだ。

 全員を部屋に呼び、エクレアはサスケに本を渡すと、改まってシヴァに訊く。

「ねえ、大晶霊はそのバテンカイトスっていうところに、自由に行き来できるんでしょう?」

「ああ、そうだが」

 思い切ってエクレアは言う。

「だったら、大晶霊に会いに行きましょうよ」

 エクレアが言うのを、シヴァは無理だと一蹴する。

「そんなことが出来るわけがないだろう。大晶霊は、この世界の晶力のバランスを間接的に調節してはいるが、人間に会うことはないに等しいことなんだぞ」

 確かに、とミライアは隣でそう思う。

「ところが」

 そこでエクレアはサスケを前に押しやる。

「ここにある本に大晶霊の居場所が書いてあるのよ」

 聞いたシヴァが驚いてサスケの手にある本を奪うようにして中を見る。

「まさか……」

 シヴァは本のページを何度も読み返した。横からカーシスは覗こうとするが、案の定書いてある文字が読めなかった。

「それ、なんて読むんだ?」

 シヴァは本から目を離さずに答える。

「待ってろ、いま読んでやる。……『地を駆けるその巨躯は地下に潜みし者、それに相反する風の守護者は天空を駆ける。恵みをもたらす者、澄みしその瞳で人々に活力を与え、曇天を切り裂くはその雷の結晶。猛き業火を源とする者を嫌うは、氷を纏いし静寂を愛する者』……次のページに続いているな」

 シヴァはページを捲り、続きを読み上げる。

「『深淵に潜み闇を従えし騎士、大天使の翼を受け継ぎし光、お互いを忌み嫌う。すべての元を悟りし賢者の裏に、静かに時が訪れるのを待つ者の背が映る。すべては然るべき場所で楔となり柱を支え、根源を紡ぐ者たち、彼らの回帰する居場所はこの世界には存在しない、すべてを越えた先にある』」

 そこまで読むと、シヴァは本を閉じ一息吐く。

「つまり、最後のすべてを越えた先にあるっていうのが、バテンカイトスなのか?」

 カーシスはシヴァに訊く。

「恐らくはそうだろう。根源晶霊の記述もされてある。…だが」

 シヴァが顔を歪めるのに、エクレアは答える。

「残りの文書でしょ?」

「ああ、前のページに書いてあったことは、たぶん大晶霊のことだろう。だが残りの文書のことは聞いたことがない。大晶霊なのだろうか、なにかの自然現象を例えているのか……わからないな」

 サスケたちが考えている中、一人だけよくわかっていないカーシスは、面倒臭そうに手を振る。

「あーわかんねえ! とにかくどれかの大晶霊にでも会えばいいんだろ? だったら早く探そうぜ!」

 カーシスが喚くのに、エクレアは容赦なく拳で黙らせる。

「もう、それがわからないんだからこうして考えてるんでしょう?」

 呻いてカーシスはごめんなさいと呟く。

「一つ、わかるかも……」

 それまで黙っていたサスケが言う。

「私も」

 ミライアも続けて言う。

「どこなんだ?」

 シヴァは二人に訊いた。

「うーんと、いつかミライアさんと一緒に、地晶石が採れる炭坑に行ったんですよ」

 サスケがそこまで言うと、ミライアが続きを話す。

「そのときは落盤で途中までしか行けませんでした。だけどまだまだ地下に続いている部分があるんです。だから地の大晶霊と関係しているんじゃないかと…」

 シヴァは聞くと、しばらく考え込む。やがて面を上げて口を開く。

「…まあ、そこにいるかはわからないがな。いままで大晶霊の姿を見た者はいないと言われているしな。とりあえず行ってみるか」

 行き先が決まり部屋を出ようとドアに手を掛けようとした。

 だがそれよりも先に、勢い良くドアが開いた。

「失礼します! こちらにエクレアさんは在住ですか?」

 入ってきたのは、やや高齢の兵士だった。

 名前を呼ばれ、エクレアは手を上げる。

「はい、私です」

 老兵は安心して一息吐くと、エクレアに敬礼した。

「よかった…、すでに町から出ていってしまわれたかと、諦めかけていたんです。リィム様がお待ちになっておられます。どうかご足労願います」

 エクレアはそのままラディスタ城まで引き摺られていく。謁見の間ですでにリフィが待っていた。

「すみません。わざわざ来てもらって……、エクレアさんに大事なお話が……」

「なんですか?」

「闘技大会の日時まで月を切りましたので、お早くファーエルに戻られたほうがよろしいかと思いまして……」

 シヴァを除いて全員がぽかんとした表情になる。

 周りを見てシヴァはカーシスに訊く。

「お、おい。なんだ、どうした?」

 呟くように訊くと、カーシスがそっと返事をする。

「エクレアが大会に出るんだよ……」

 なんともタイミングが悪すぎる。聞いたシヴァは、がっくりとうなだれた。

「え!? もうそんな時期なんですか?」

 さすがにタイミングが悪いだろう。エクレアは困ったように訊き返す。

「ええ…、もう少し経った後にですけど……」

 リィムは苦笑いすると、優しく答えた。

 と、突然玉座の後ろにある扉が開いた。

「リィム様、この後の会議の予定ですが………」

 出てきたのは白髪混じりの髪の毛の、清楚な服装の老人だった。

 老人はリィムの前に立っている五人を硬い表情で順に見た。サスケにまで目が行くと、途端に表情が穏やかになった。

「おおー! おまえさんは!」

 慌てて老人はサスケに駆け寄った。サスケは誰だろう? と思いながらも差し出された手をつられて握り、握手を交わした。

「おーおー。まあ久しぶりじゃな」

 以前に会ったことがあるのか、サスケは裏の自分に訊いてみた。

(いつだか酒場に行っただろう。そのときの老人だろ)

 ああ、とサスケは納得して小さく頷く。

「お久しぶりですね」

 よくわからないエクレアはサスケに訊く。

「え、誰?」

 そうだった、とサスケはエクレアに言う。

「ファーエルのホテルに泊まったときに会った人だよ」

「なんじゃそんな硬い言い方しなくても、名前で呼んでくれても構わんよ」

 ははは、とサスケは苦笑いをする。

「でも、まだ名前聞いていませんよ」

「おお、そうじゃったな。わしはラディスタで大臣をしてるジルムじゃよ。それでおまえさんの名前はなんじゃ?」

「僕はサスケといいます」

 ほお、とジルムは何度も頷く。

「サスケと言うのか。随分と古風な名前じゃな」

「あはは、そうですか?」

 自分の名前は古風だったのか。新たなる新事実に気付いたサスケはそれに明るく対応する。やがてジルムは、ここが玉座の前だと気づくと、表情を引き締めて咳払いをする。

「おっと、それではリィムさま、私めは先に待っておりますので……」

 ジルムはそれからサスケに、

「また酒でも一杯やらんか? 城で待ってるぞ」

 そう言って謁見の間から出ていった。

 エクレアはそれを聞いてむっとした表情になる。

「なに? ……お酒、呑んだの?」

 覗き込むエクレアにサスケは焦って言い訳した。

「で…でも呑みたいって言ったの、僕じゃないんだよ」

 ということは、とエクレアは更に険しい表情になる。

「あっちのほうのサスケね!んもう、悪影響ねえ。酔っちゃうじゃない」

 それからエクレアはいくつか愚痴を漏らした。いや、愚痴と言うよりも罵倒と言うべきか。とにかく言葉を並べに並べて裏のサスケに言いたい放題言って、ようやく落ち着いた。

「えっとリィムさん、エクレアの大会のことなんですけど……、いつ頃までに戻ればいいんですか?」

 律儀に全部聞いてから、サスケは話を本題に戻した。止めたほうが今後の旅を続けて行く中で支障をきたさないものを。

そして、その場を楽しそうに見ていたリィムは、にっこりと笑いながら言う。

「そうですね……一ヶ月くらいに大会が始まりますから……そのときまでに」

「わかりました」

 サスケはまだなにか言いたそうなエクレアを無視し、リィムに一礼すると踵を返す。

「それじゃあ戻ろう」

 エクレアを引っ張ってそのまま城から出る。慌てて他の三人もついて行く。

「それじゃあ、まず里に戻りましょうよ」

 城から出て、市街地の先に見える雪原を指差すと、ミライアは急いて言った。やはり恥ずかしかったのだろう。というか、シヴァは別として、今回はカーシスすらも赤面していたのが見えていた。

 五人は市街地を出て、雪原の真ん中へ向かった。場所に着くと、エルフがどこからともなく現われ、途端にサスケたちを囲むと里まで飛ばした。

 

 

 

 だいぶ慣れて気絶しなくなったので、すぐにリフィのところに向かった。

「遅―い!!」

 入った途端、リフィが待ち構えて叫んだ。

「どこをふらつき歩いてたのよ! 何日待ったと思ってるのよ!!」

 いきなりの対面でシヴァに良い印象を与えなかったリフィは、シヴァに気づくと思い切って話し始めた。

「お、いたわね古代種!」

「な、なぜそのことを……?」

 不意を突かれてシヴァは驚く。

「だって私がこいつらにあんたのとこに行けって言ったんだもの」

 シヴァは更に驚いてサスケに訊く。

「お、おい本当なのか?」

「本当ですよ」

 サスケが答えると、なんとも不思議だというような表情でシヴァはリフィを見る。

「うーん……信じられん。俺はエルフにはあまり会ったことがないからな……」

 そこでリフィは話しを元に戻す。

「はいはい、まずはあんたたちが大晶霊を探しに行くってことだけど……」

 そうだった、とシヴァは慌ててリフィに向き直る。

「そうだ。だがその前にエクレアがなにかの大会に出るだかで遅くなるがな」

 いいじゃないのよ、とエクレアはシヴァを一発殴る。

「……まあそれはいいとして…ファーエルに送ってくれ。なるべくは急ぎたいんだ」

 少し咽かえりながらシヴァは話しを進める。

「わかったわ。それじゃあファーエルまでね」

 リフィが言うと、廻りからエルフが取り囲んできた。念じられると、そのまま視界が暗転した。

 次に気づいたときには、既に懐かしいファーエル城の城門前に立っていた。

 

十三章     生きる歴史 完