十四章     炭坑と熱砂

 

 

 

 

「おお、よくきたな。まあゆっくりしていってくれ」

 城で王に面をあわせると、大仰に手を広げて王は話し出した。

「ええ、そうしたいところなんですけど、いまはちょっと……」

 サスケが断るのに、王は少しがっかりした様子になる。

「なんじゃ、つまらんのう……。まあ仕方がないのう、どこかに行くのか?」

「ええ、まあ……」

 サスケが悠長に長々と話しているのに、シヴァはだんだんと苛立ってきていた。

「王、そのことは私がお話します」

 サスケより前へ出て、シヴァは王と向き合う。

 以前サスケたちが訪れたときには見ていない顔に、王は首を傾げる。

「ふむ、お主は?」

「シヴァという名です。王、私たちはこれからグレモールの炭坑に向かうので…」

 シヴァはそこで言葉を切り、エクレアを見る。

「エクレアが大会に出るまでに済ませたいもので…今日はここの辺で…」

 そう言うとシヴァは踵を返し、一人で外に向かった。

 慌ててサスケたちも外に出ると、シヴァは空を見上げていた。

「ったく、どうしたんだよ。王様の前だぜ?」

 どうしたものかと、カーシスはシヴァに訊く。

「…おまえらがのんびりとしているからだ」

 空を見上げたまま、シヴァは背を向け答える。

「別にいいじゃない。城の前に飛ばされたんだから、王様にあっても……」

「それが悠長だと言ってるんだ!!」

 エクレアの言葉を遮るように、シヴァは怒鳴った。びくりとエクレアの肩が上がった。

「おまえたちはわかっていない。ダンティンスが……あの男がもし闇の力を手に入れたら…………」

 震えながらシヴァは話し続けた。言葉の一つ一つに、念が込められている。

 と突然、彼は上を向いた。

「俺は、昔から変わることのない、この空が好きだ……」

「空……」

 ミライアも見上げてみる。上空には、青空のいたるところに白い雲が散らばっていて、少しずつその位置を変えている。

「この戦い……負ければもう、ダンティンスと戦える者はいなくなるだろう……。俺がやらね……終わりにしなければ」

 自然とシヴァの握っている手に力が入る。見兼ねてカーシスは、シヴァの背中を叩いた。

「ったくよお、おまえときたら……。『俺が』じゃねえだろ、『俺たち』だろ? なんのために仲間になったんだよ」

 笑ってカーシスは言う。サスケも傍にきて、意識でいる裏の自分を出した。

『一人で背負うな。…古代種はおまえだけではない、俺たちもいる』

 裏サスケは、そう言って底に沈んでいった。それからシヴァは、二人に向き合い、笑みを漏らした。

「…そうだな」

「おう、まかせとけ! ぜってえあいつは倒そうぜ!」

 お互いに笑いあう三人を、離れたところから見ていたミライアは、エクレアに呟く。

「羨ましいですね」

「そう?」

 エクレアは訊くと、ミライアは瞼を伏せた。

「お互いに遠慮なしに話せるのって、とてもいいじゃありませんか」

「ふーん……」

 なんとなくエクレアは頷く。

(遠慮なしに……ね)

 そうは言っても、実際にサスケが他人と遠慮なしに話すことはないだろう、とエクレアは思った。

 自分と話しているときも、どこかサスケは一歩引いていて、なかなかそれ以上踏み込んでこない感じがする。

 色々サスケのことを考えながら、エクレアは先行く三人を追って向かった。

 

 

 

 グレモールに着いたのは、次の日だった。

 以前落ちていた国路の落石はすべて取り除かれており、随分と早くに街に行けた。

「あー、早かったなあ」

 以前とは比べ物にならない移動の早さに、カーシス意気揚々としている。

「山からよりも随分早いのね」

 あの頃の苦労はなんだったのか、とエクレアは考えながら歩いている。

「ところで、その炭坑とやらはどこにあるんだ?」

 横からシヴァが訊いてきた。

「あ、そうでしたね。えっと……」

 サスケは指を差しながら答える。

「あそこですよ。ほら」

 以前来たときと同じく、炭坑に続いているぽっかりと開いた入口には、工夫たちが吊るした松明の明かりが照らされていた。

 中を進むと、落盤の跡が所々に残っていたが、歩くのに支障はなかった。

「あ」

 パーシアルシェイドと戦ったときにいた広い場所に出たとき、エクレアが声を漏らした。

「どうしました?」

 ミライアは訊きながらエクレアの向いている先を見る。何人かの工夫が作業をしていた。

「ここって廃坑になったんじゃなかったんだな」

 カーシスは剣を担ぎながら言う。

「ま、なにか聞いてみるか」

 シヴァは言うと、一人で工夫たちの中に向かっていった。

「すまんが、訊きたいことがある。この奥はどうなっている?」

 一人の中年の工夫が、シヴァに振り向くと、顎で先をしゃくってみせる。

「この先かい? まだ続いているみたいだが……正直どうなってるか、わかんねえな」

 そうか、とシヴァはすまないなと言って戻ってきた。

「どうする? 先に進むか?」

 シヴァは四人に訊く。

「行ってみるか」

「そうだねえ。早くしないと、大会が始まっちゃうからねえ」

 サスケはからかうようにエクレアを見た。むっとしてエクレアはサスケの首に腕を廻す。

「もう、サスケまで……いじわるするんだから」

「まあまあ、とにかく行ってみましょうよ」

 ミライアがそのやり取りを見て仲裁する。

 そのまま先に進むと、松明の明かりはなくなっていった。代わりにサスケとミライアが晶術で火を灯すと、整備されていない炭坑の道が広がっていた。

「…随分と陰気臭くなってるな」

 その様を見て、カーシスは顔を渋らせる。

「まあ進めるんだから、ね?」

 

 

 

 更に深くに進んでいった。途中で何回か魔物と戦闘になり、戦いを余儀なくされたときもあった。

 二時間は歩いているだろうか。枝分かれした道を進みながら、やがて辺りが少しずつ明るくなっているのに気づいた。

「ふうん」

 サスケが壁を調べてみる、見てもわからないが、カーシスも同じ場所を見ている。

「本当に大晶霊がいるかもね。地晶石の純度が高くなってる」

 剣で壁を突くと、ぼろぼろと崩れた。サスケはその中にある地晶石を取り出して皆に見せてやる。

 地晶石は、暗がりの中に置くと、徐々に発光していき、その明るさは中に含まれる晶力の量で決まるのだと、サスケは話した。

「それじゃあ、この晶石の純度が一番高いところに、大晶霊がいるってことね」

「そういうことだね」

 そのまま奥へと進んでいく。既に松明の明かりを必要としなくなるまでに炭坑の中が明るくなる頃に、広い空間に出た。

「ここは……」

 シヴァは辺りを見まわす。不意に更に奥に続く道から、突然なにかの気配を感じた。

 油断なく剣を構える。だが出てきたのは魔物ではなかった。

「よよ〜ん?」

 鼻の長い小さなそれは、一言そう言うと、トコトコと近づいてきた。

「なに……あれ」

 エクレアがそれを指差して言う。

 ナイトキャップを被っているそれは、サスケの足下に寄ってくると、袴の裾に鼻を擦りつけてきた。

 その動きを見て、何故だかサスケはそれを突然抱き上げて、頬を摺り寄せた。

「か…可愛いー!! なんですかこの子!?」

 サスケはなんとも言えない笑みの表情になる。それを横で羨ましそうにエクレアは見ている。

(いいなあ……あんな風にすりすりされて)

 サスケに抱きつかれているそれは、きょろきょろと辺りを見まわした。

「よよ〜ん……」

 そして驚いたように体を伸ばした。

「なんでにんげんがここにいるの〜?」

 カーシスはそれの行動を面白そうに見ている。

「え? 俺たちは大晶霊を探しにきたんだよ」

「ん? それって、ぼくたちのこと〜?」

 それは、カーシスが大晶霊と言って、自分のことのように言った。抑揚のおかしいそれの声は、どこか雰囲気を和ませるような感じだ。

「へ?」

 カーシスは目を丸くした。

「ぼく大晶霊だよ〜」

 それが言うと、奥から次々と同じ容姿をしたそれが群れを成して出てきた。

 もはやたまらない、といったようにサスケはその光景に目を輝かせる。

「あんなにたくさんいる! ねえねえエクレア、こっちにきてよ!」

 サスケはその中に入っていき、エクレアに手招きする。

「もう、しょうがないわね」

 嬉しそうにエクレアもサスケの傍に寄る。

「おい」

 シヴァはその中の一匹に訊いてみる。

「おまえたちが大晶霊なのか? それなら、ここで一番偉い奴を呼んでくれ」

 訊かれたそれは、しばらく反応しないでボーっとしていた。それからのんびりと話し始める。

「そっちだよ〜ん」

 自分たちが出てきた方を鼻で差した。シヴァはそうか、と言ってサスケの腕を引っ張る。

「向こうらしい、行くぞ」

 えー、とサスケは珍しく文句を言いながら引き摺られていく。

「可愛かったですね」

 ミライアも笑顔で話している。

 奥へ進むと、同じ容姿のそれが一匹だけいた。だが、それはかなりの大きさだった。

 小さかったものと比べると、像と蟻のような対比だった。

「で、でけえ……」

 カーシスは唖然となる。

「よよ〜ん、ぼくになんの用〜?」

 巨大なそれは、間延びした口調で話す。

「ぼくをノームだって知ってるの〜?」

 やはり大晶霊か、とシヴァはノームに向かって声を張る。

「大晶霊のノームよ! いまこの世界は危機に瀕している。どうか力を貸してほしい!」

「それくらい知ってるよ〜ん。別にいいよ〜ん」

 あっさりとノームは返事を返す。

「随分と適当な奴だな」

 カーシスはこっそりエクレアに耳打ちする。

「よかった。それでは……」

 シヴァの表情が緩む。だがノームはのそりと前へ近づいて、

「だけど、ぼくは自分より弱いヤツにはついていかないよ〜ん」

 と言って身構えた。

「なるほどな。そんなに甘くはないってか」

 カーシスは剣を抜く。

「さすがに大晶霊と戦うとはな……。だがここで引くわけにはいかない!」

 シヴァも槍を構える。

「それじゃあいくよ〜ん」

 ノームはその巨体に似合わずにジャンプした。

「可愛いのになあ……」

 半ば抵抗のあるサスケは、晶術を唱える。

「シャドウエッジ!」

 幻影の刃がノームの体を突き抜ける。

「よ〜ん」

 そのままノームは地面に落ちる。そこにエクレアの拳が入る。

「槍連閃!」

 更に入れ替わりにシヴァの槍が巨躯を突く。

「いたいよ〜ん」

 だがノームはまったく怯まずに迫ってきた。

「え〜い」

 そのまま勢いをつけて、長い鼻の連続突きを見舞う。――鼻沙雨。長い鼻を活かしたノームの技だ。シヴァとエクレアはたまらずに吹き飛ばされる。

「怖えー……」

 その様を見て、カーシスは身震いする。

「氷結は終焉……」

 ミライアが後ろで上級晶術の詠唱に入っている。

「ダメだよ〜ん」

 ノームはそれを見て、もともと大きい体を、更に大きくする。

「こうおうてんしょうよく〜」

 そのままミライアに突っ込んでいく。

「まずいな…旋風衝!」

 横にいたカーシスは、それを止めようと真空を纏った突きを繰り出した。だがそれはいとも簡単に弾かれる。

「危ない……!!」

 詠唱で動けないミライアを、サスケは走って担ぎ上げ、そのまま横に飛び皇王天翔浴を避ける。

「痛……」

 壁に激突し、サスケは痛みで顔を顰める。

「大丈夫ですか!」

 ミライアはそのままサスケに回復晶術を唱える。

「ええ…なんとか」

「すみません……」

 ミライアを降ろし、サスケは双剣を抜きノームに向かう。

 エクレアも大剣を構えて、ノームに向かい挟み撃ちにする。

「魔神連牙斬!」

「幻影刃!」

 ほぼ同じに二人の技が決まる。既にノームはふらついている。

「もう一度……」

 ミライアは再度、晶術の詠唱をする。

「氷結は終焉…せめて、刹那にて砕けよ!」

 ミライアの周辺の晶力が高まる。

「インブレイスエンド!」

 急激に辺りの空気が凍りついた。ノームの上空から氷の棺が落ち、その巨躯を飲み込んだ。冷気が辺りを包み、炭坑の壁を凍らせていく。

「うう〜……」

 ようやくノームは倒れた。ごろごろと転がって砂埃を巻き上げている。

「まだ戦うのか?」

 シヴァはノームに訊く。

「もういいよ〜ん。きみたちの強さは充分にわかったよ〜ん」

 ノームは起き上がり、光に包まれる。

「それじゃあ契約するよ〜ん」

 そのまま光が弾けた。見ると既にノームの姿はない。

「……すごいな」

 シヴァは満足そうにそう言う。大晶霊と契約できるとは、夢のまた夢だったのだろう。

「あ、そうそう〜」

 突然光が現われ、再度ノームが出てきた。

「きみたちは古代呪を使えないんだね〜。だけどだいじょうぶ、ぼくと契約できたから、地晶術を使えるようになったよ〜ん。がんばって覚えてね〜」

 そう言ってまた消えてしまった。

「へえ…、僕たちも古代呪を使えるようになるんだ……」

 嬉しそうにサスケは言う。

(まあ訓練は必要だがな)

 裏のサスケは笑いながら言ってやる。

「それじゃあ戻るか」

 カーシスが皆を促す。

 戻ると、さっきの小さいノームが、またわらわらと寄ってきた。

「もうかえるの〜?」

 それを見て、サスケは頭を撫でてやりながら答える。

「ゴメンねー。また遊びにくるからね」

 もう一度抱き上げて、それから来た道を戻って行った。

「……………」

 戻り道の最中に、エクレアはサスケを黙って見ていた。

「ん?」

 サスケはそれに気づく。

「どうしたのエクレア?」

 訊くと、いきなりエクレアは抱き着いてきた。

「う、うわ…!」

 バランスを保てないで、サスケはエクレアと一緒に倒れてしまう。その様子を、他の仲間も見ていた。

「おいおい、なにやってんだよエクレア」

 おかしそうにカーシスは訊いた。

 倒れたまま、エクレアはサスケの頬に、自分の頬を摺り寄せる。

「ちょっとエクレア……」

 どうしていいかわからず、サスケは嫌そうな顔をする。

「うーん………」

 それからエクレアはサスケから手を離すと、

「やっぱり違う……」

 と呟いた。

「なんだあれは?」

 エクレアのやり取りを、不思議そうに見るシヴァは、カーシスに訊く。

「あいつら仲良いんだよ」

 短く答えて、カーシスは二人の中に入っていった。

「…………」

 わからんと一言言って、シヴァは先に戻って行った。

 

 

 

 炭坑から出て、グレモールの宿屋で一休みしながら、次に行く場所を地図で検討していた。

「うーん……。どこに他の大晶霊はいるんだろうか」

 うんうんとシヴァは唸って地図に目をやる。

「……なあ」

 そこでカーシスは地図に指で場所を示す。

「ここは? ルイムアならいそうじゃねえか?」

 示した場所は、ファーエルの大陸から南西、砂漠地帯にあるルイムアの街だった。

「ここ…ですか」

 ミライアはなぜ?と訊く。

「俺、大晶霊なら、イフリートってのなら知ってんだよ。前に、ランティスさんの部屋の本かなんかで、見たことあるんだよ」

「父さんのそんな本あったんだ……」

 サスケも見たことがないのだろう。てっきりもう自分の家の本は、全部読みきったと思っていた。それよりカーシスが本を読んだことがあるということに驚いていたが。

「ふーん。そうなんだ……。じゃあ行ってみようか?」

 エクレアが、本を読んでいるときのカーシスの姿を想像しながら言う。

「そうだな」

 全員賛成して、席を立った。

 

 

 

 ルイムアの街に着くまではとても時間がかかった。

 砂漠を横断するのに、水と食料を充分に持ち、大きめの外套を羽織ったまま歩くのは、とても難だった。

 自分の分の食料は、自分で持つようにわけて歩いていると、真っ先に根を上げたのは、やはり女性陣だった。

 特にミライアは、暑い中外套の羽織って歩くということで、珍しく嫌がった。

 言い分では、どうして熱い砂漠の中を、外套を羽織って歩かなければいけないのか、ということだった。

 サスケはどうしてかを教えてやる。

「砂漠で直接日光に当たると、すぐに倒れてしまうんですよ。それに、夜になると急に冷え込んでしまいますから、寒さ凌ぎにも外套は必要なんですよ」

 そう説かれ、ミライアはしぶしぶと頷いて外套を羽織り直した。

 エクレアも疲れを耐えて、歩き始める。

 夜になると、手近にあったオアシスで二人は簡単に夜食を食べて、すぐに寝てしまった。

 シヴァもカーシスも疲れたらしく、サスケが火の番をすることになった。

 そして一人になり、なにとなく揺らめく火を見つめながら、サスケは裏の自分に訊いた。

「ねえ……」

(なんだ?)

 起きていたらしく、裏のサスケは訊き返した。

「なんで、僕の中にいるんですか?」

 だが答えてもらえず、しばらく黙然とした空気が漂った。夜の冷える風が、外套の上から吹きつける。

「……ん」

 その風にエクレアの寝が解かれ、静がに唸った。

「うーん……」

 サスケはそれに気づいて、振り返ってみる。

「起きちゃったの?」

 訊くと、エクレアは寒そうに体を震わせ、サスケの隣に寄って火にあたった。

「んー寒い……」

 身震いするエクレアを見て、立ち上がりサスケは彼女に自分の外套を、上から更にかけてやる。

「ちょっと、それじゃあサスケが寒いでしょう」

 エクレアはサスケを見上げる。少しだけサスケは身震いする。

「んー、そうだねえ」

 と、突然、エクレアの外套の中に一緒に入ってしまう。

「ひゃ!」

 短くエクレアは悲鳴を上げると、怪訝そうにサスケに見られた。

「やっぱり嫌だった?」

 そんなことない、と思い切り首を横に振る。

「よかった」

 そうしてピッタリと寄り添ってきた。緊張してエクレアは固まっている。

(ちょ……、ちょっと………)

 なぜ緊張しているのか、自分でもわからない。昔だったら、お互いに抱き着きあったりするくらい、普通にしていたことだった。現に、炭坑の中でも自分からサスケに抱き着いたのだ。

 だが、いまは誰も見ていない。

 視界の端にサスケを据えて見ると、とても近くでのんびりと火をくべているのが見える。

 次第に、赤面になりながらも、エクレアはサスケに肩を預けてみる。服の上からでも、サスケの肌の体温を感じる。

 サスケの様子を覗ってみると、なんともなさそうに火を見ている。

 なにとなくがっかりした反面、少し嬉くなり笑顔になる。

(なんだか、いいかも……)

 それから、またすぐ寝に入ってしまった。

 朝になり、程よく気温が上がり始めてから、エクレアは目を覚ました。夜に羽織った外套が肩からずり落ちる。

「うーん……」

 なにとなく、膝が重たい感じがした。

「ん…………」

 寝ぼけ眼で下を向き、見てみると自分の膝の上にサスケの頭が乗せられてあった。

「ひぁ!」

 驚いてしまい、短く悲鳴を上げる。だがサスケはそれに気づいてなく、静かに寝息をたてている。

「う…………」

 エクレアはどうしようか迷った。このままサスケを起こさないと、自分は立ち上がれない。だがサスケの寝顔を見ていると、起こす気にもならなかった。

「……………」

 そっとサスケの頬を手でなぞってみた。褐色の良い肌から想像できる通り、触り心地が滑らかだった。

 そのまま髪の毛に手を滑らせる。さらさらと質の良い手触りで、指から濃い目の髪の毛一本一本が逃げるように流れていく。

 思えば、こういう風にサスケに触れたことは、最近は殆どなかった。このまま時間が止まって、のんびりと出来ればいいとも一瞬思った。

「ふ、ふわー……」

 と、突然後ろからカーシスの大きな欠伸の声が聞こえた。

 振り向くと、上体を起こし、眠たそうに頭を掻いている。

「ん……」

 そこで、今度はサスケが声を漏らした。カーシスの欠伸で目が覚めたのだろう。

「あ、エクレア……おはよう」

「へ…? あ、ええ……うん……」

 寝ぼけ眼で、上目使いに見てくるサスケに、エクレアはしどろもどろと返事をする。

「うん……。そろそろ起きなきゃね………」

 目を擦って、サスケの頭はエクレアの膝から離れた。

「あ……」

 勿体なさそうに、エクレアは俯き加減になる。

「おうサスケ、おはよう」

 カーシスはサスケに声をかける。

 サスケはにっこりと笑ってそれに答えると、シヴァとミライアを起こしにいった。

「さーてと……」

 カーシスも立ち上がろうとしたときに、不意に殺気を感じた。

 恐る恐る発する方向を見てみると、エクレアが睨みを利かせて―しかも拳を握り締めて―じっとこちらを見ていた。

「な……なんだ……」

 その殺気で、カーシスの眠気は一気に吹き飛んでいってしまった。

「ちょっとこっちに……」

 エクレアは問答無用でカーシスの服の襟を掴むと、引き摺ってオアシスの木の陰に連れていった。

「エ、エクレア……お、落ち着くんだ。俺がなにをしたって………」

 抵抗しようとした次の瞬間、カーシスは至極奇怪な悲鳴を上げた。

 サスケはなにとなくそれに気づき、振り向いてみた。だが丁度エクレアもカーシスも見えない位置にいたので、それを確認することは出来なかった。まだ寝ぼけているためか気のせいだなと思い、すぐにシヴァを起こした。

 朝食を軽く済ませているときには、カーシスの顔はすっかり腫れあがっていた。その隣でエクレアは、機嫌を損ねたような表情でサスケの作った朝食を食べている。

 どうしたのかと理由を訊いても、カーシスは答えない――実際には答えられない――ので、訳もわからずミライアが回復晶術を唱えてやる。

 そしてその日一日歩いて、ようやく昼にルイムアに着いたのだ。

 

 

 

 外見は随分と活気のある街に着いて、さっそく地元の人間に話しを聞いてみようとしたが、さすがに疲れが溜まって、エクレアとミライアは噴水の傍にあるベンチに腰掛けた。一本だけ茂っている木の影になっているので、強い日差しを遮ってくれている。

「それじゃあ、エクレアとミライアさんは休んでて。僕たちが戻るまで待っててよ」

 サスケに促されて、カーシスとシヴァもそれぞれ散っていった。

 三人を見送って、ミライアはため息混じりに言った。

「疲れました……」

 外套を脱いで、肌が日に焼けていないか確認する。特に大丈夫といったようだ。

「街の中もここまで暑いとはねー」

 エクレアは辺りを見渡す。とりわけ目立った施設や建物などは見当たらない。おそらくはこの噴水くらいだろうこの場所は、多くの人が行き交っていた。そして砂漠を横断しているときと同じくらいの日差しに目を眩ませる。だが、住んでいる人々は皆明るく、楽しそうに会話したりしている。

「どこか宿にでも行きたいですね……」

 暑さに根を上げて、ミライアはエクレアにせがむように言った。

「そうねえ、私も行きたいわ……」

 服の襟を仰ぎ、風を誘おうとしたが、暑い熱風しかこなかったのですぐに止めた。

「サスケたち、遅いな……」

 しばらく経っただろうか、そろそろ待ちくたびれた頃にエクレアは言った。

 そこに丁度良くカーシスが戻ってきた。

「なんかそれっぽい話を聞いた男がいたぞ」

 その男のいる場所に連れていくと言ったので、二人は立ち上がった。木の影から出ると、まだ暑い日差しが体力を奪うように照っている。

 サスケとシヴァも呼び、人当たりの良さそうな男から話しを聞いた。

「君たちの言っている、大晶霊のことなのかわからないけど、街から出て、そのまま東に歩いていくと、昔の遺跡があるんだ。そこになにかあるんじゃないかな?」

 男はそれしか知らないと言って話しを終わらせた。サスケがありがとうと言うと、男は手を振ってその場を去っていった。

「…どうする?」

 カーシスはシヴァに、なにかを訴えているような目で訊いた。

 シヴァはそれに気づいて他の三人を見た。エクレアとミライアは暑さでげんなりとしていた。サスケはこれといって汗もかいておらず、なんともなさそうにけろりとしている。

「……今日はもう宿に泊まるか……」

 さすがにこれ以上女性に無理をさせるわけにはいかない。シヴァは大晶霊に会いたい気持ちを抑えて言った。

 

 

 

 宿屋で一晩泊まった後、朝日が差す前にチェックアウトを済ませた。

 男が言っていた通りに砂漠を進むと、遠くからでも確認できる巨大な三角形状の建造物が目に入った。

「おおー、ここかあ……」

 暗闇の中、カーシスは遺跡の大きさに圧倒される。

「それじゃあ行きましょう」

 エクレアはそんなカーシスを放っておいて、他の三人を促した。

 その場に一人でかーシスは突っ立っていた。

「ひでえ……」

 とにかくエクレアになにか言いたかったが、下手なことを言うと、間違いなく拳が腹にめり込むと思い諦めた。

 暗く暑さが感じられる遺跡の中は、壁や床からなど、各所から炎が噴き出していて、進むのに時間がかかった。

 途中で火炎を吐き出すフレアリザードや、尾が鋭い刃でなおかつ燃え滾っているフォルシステイルなどの厄介な魔物が現われてきたりもした。

「いくぞ」

 シヴァは槍を構え、フレアリザードに向かっていった。カーシスとエクレアも後に続く。

「スプラッシュ!」

 ミライアが晶術で援護する。水流をまともに受けて、フレアリザードは横転してしまった。

 その隙をシヴァは逃さず、無防備になった腹部に翔雨閃をくらわせる。

「まだだ!」

 更に槍を持ち替えて、その後ろにいたもう一体に翔雨空閃を放つ。カーシスはそれに続いて畳みかけるように斬りかかり、連携をみせる。

「シャドウエッジ!」

 サスケの晶術が、大型のフォルシステイルを突き抜ける。

「三散華!」

「ブラッディクロス!」

 エクレアはそれに合わせて蹴りを放つ。同時にサスケも昇華晶術を唱えた。

 幾度となく魔物と遭遇し、だいぶ奥まで進んだ頃に、広い空間に出た。

 その空間だけは熱気がなく、妙に涼しかった。

「あ、あそこ」

 なにかに気づき、エクレアは指差して言う。見てみると祭壇のような物が建てられてあった。

「なんだうろな」

 シヴァが近づいてみる。サスケもその後に続く。

 祭壇に登ってみても、別になにもなく、広い空間を見渡せるくらいであった。

 だが、降りようとしたとき、不意に周囲の熱気が上がった。

「あれ……?」

 それに気づいたサスケは首を傾げる。後ろを振り返ってみると、巨大な炎の塊が宙に浮かんでいた。

「なにあれ……」

 明らかに危険そうな物体を見て、エクレアは眉を顰める。

 その炎は、次第に形を変えていった。見る見るうちに腕のような部分が出てきたと思ったら、その炎が一部分だけ消え、真っ赤な上半身を露にした。

「おお……」

 その塊の顔が、次第に強張っていく。とっさにシヴァは槍を構えた。いま目の前にいるのが、大晶霊イフリートなのだと、そう感じた。

「おまえら……俺様になんの用だ?」

 イフリートは、重々しい口調で訊いてきた。

 シヴァが答える。

「大晶霊イフリートよ! 我らは契約を申し立てにきた! どうか力を貸してくれ!!」

 イフリートは、ただ黙って聞いていた。辺りに静寂が過ぎると、唸りを上げて、腕から炎が噴き出した。

「そうか……、だが知っているか? 大晶霊の力を借りるには、それ相応の力を持っていなければいかん」

 カーシスが勢いよく剣を構えた。

「そんなことは知ってるぜ!!」

 ほほう、とイフリートは上半身を反らせる。

「いい気迫だ…。ならかかってこい!!」

 直後にイフリートが晶力を高めた。

「バ―ンストライク!!」

 火炎弾が五人を襲う。

「スプラッシュ!」

 ミライアがそれを食い止める。

「槍連閃!」

 シヴァがその隙にイフリートの体を突く。

「まだだ!」

 そのまま槍を水平に構える。そこから一瞬で連続突きを放つ。

「槍破龍鳴閃!」

 高速の突きがイフリートを捕える。最後の一撃が貫くと、シヴァは後ろに下がり、入れ替わりにエクレアが大剣構えて斬りかかる。

「氷墜翔!」

 氷を纏った刃がイフリートに深々と食い込む。

「うおおお!」

 だがイフリートはお構いなしに、両腕を振って突進してきた。

「バーニングアタック!」

 炎に身を包み、猛然と二人に向かってくる。

 そこにカーシスとサスケが迎え撃つように二人を庇う。

「剛天双震撃!」

「エアプレッシャー!」

 ほぼ同時に剣技と晶術が繰り出される。圧力と岩鬼がイフリートの動きを止める。

「なんのお! エクスプロ―ド!!」

 イフリートは上級晶術を唱えた。

「氷結は終焉…せめて、刹那にて砕けよ!」

 ミライアも晶術の詠唱をする。

「インブレイスエンド!」

 爆炎を防ぐように氷の塊が降り注ぎ、それを相殺する。熱で溶けた氷が蒸気となって辺りに煙が発ち込める。

「サスケさん!」

 ミライアがサスケに呼びかける。

 小さくサスケは頷くと、刀を抜いてイフリートに向かった。

「散破裂空閃!」

 刀を振り抜いて真空を飛ばす。

「ぐうう……」

 まともに食らったイフリートは体を蹲める。

「はああああ!」

 サスケはそのままの勢いで、刀を縦横に振う。

「斬り裂く……」

 連続の真空の斬撃を浴びせる。

「散れ!」

 一瞬溜めると、刀を大きく振う。

「旋破裂衝撃!」

 蒼い真空を纏った刀でイフリートを斬りつける。

「ぐおおお………」

 まともに食らい、祭壇の上に激しい音をたててイフリートは落ちた。

「やったか……?」

 シヴァは恐る恐る傍に寄ってみる。

「うおおおおお!!」

 だがそれを押しのけるようにして、イフリートは炎を噴き上げて起きあがってきた。

「まだまだだあ!! エンシェントノヴァァァァ!!」

 とてつもなく晶力を高めて、イフリートは晶術を唱えた。

「やっべえ!」

 逃げれないと感じたカーシスは、慌ててサスケのほうを向く。

「どうしようか……」

 悩んでいるサスケに、不意に意識の奥から声が聞こえてきた。

(サスケ! 俺に代われ!)

 裏サスケが人格の入れ替わりを求めた。サスケは頷くと、瞼を閉じた。次に開いたときには、既に瞳に光はなかった。

(カーシス!)

「わかった!」

 裏のカーシスも替わるように言ってきた。入れ替わると、いまのサスケと同じように瞳は光ってなかった。

「おまえたち!」

 シヴァが現われた二人に声をかける。

 互いに頷き合うと、一斉に晶術を唱え始めた。

「母なる大地よ、その大いなる怒りを示せ……」

 サスケは上級晶術を唱える。

「氷結は終焉…せめて、刹那にて砕けよ!」

 ミライアもそれに続いて、もう一度インブレイスエンドを唱える。

 エクレアも加わり、全員が晶術を唱えようとした。

「スラストファング!」

「エアプレッシャー!」

「スプラッシュ!」

 まずは中級晶術を唱えたカーシス、シヴァ、エクレアが晶術を発動する。

「甘いわああ!!」

 だがそれは大晶霊の唱える晶術には掻き消されてしまう。

「まだよ、クラッシュガスト!」

 その中、エクレアは相対属性である昇華晶術を続けて発動した。

「グランドダッシャー」

「インブレイスエンド!」

 そこにサスケとミライアの上級晶術も加わる。

 激しい爆音と、晶術のぶつかりの中、互いの晶術はすべて掻き消された。

 そして一瞬の静寂の後、シヴァが槍を構えてイフリートを貫いた。

「ぐううう……見事だな……」

 炎の勢いを弱めながらイフリートは言った。

「それでは、大晶霊イフリートよ……」

 シヴァが言うのに、イフリートは頷く。

「いいだろう……」

 イフリートは光の中に包まれ、そのまま契約を果たした。

「ふう……」

 それを見て安心したシヴァは、安堵の息を吐く。

「なんだか……大変だったわね……」

 気が抜けたのか、エクレアはその場に座り込んだ。

「それじゃあ戻ろうか」

 サスケが指で戻りの道を指差す。

 エクレアはゆっくりと立ち上がって後に続いた。

 全員が戻っていく中、シヴァだけが振り返り、祭壇を見つめた。

「………………」

 思い詰めたような表情で、じっと祭壇を見続けていた。

「どうしましたシヴァさん?」

 それを見たミライアは、傍に寄って訊いてきた。

「いや……、なんでもない」

 それだけ言うと、シヴァは歩き始めた。ミライアもその後を追った。

(なぜ……このようなことになってしまったんだろうか……。本来ならば…………)

 そこでシヴァは思うことを止めた。表情を引き締め、光が差す出口へと向かった。

 

十四章     炭坑と熱砂 完