十七章     紫電の雷球

 

 

 

 

 朝方に船は港に着き、五人は荷物を整理し、船を降りた。

 そのまま森に入り、しばらくするとエルフの里が見え、里に着くと、まず先に族長であるクリウスの家に行き、懐かしく彼に会った。

「久しぶりだな」

 カーシスが気軽く声をかけると、居間で背を向けていたクリウスが驚いて振り向いた。

「おお、君たち……どうした? わざわざ来るなんて」

 クリウスは居間に入るように促した。各々その場に座ると、サスケはお茶を煎れに台所へ向かう。

「………そうか、それで遺跡に行くのか」

 大体の事情を聞いたクリウスは、すんなりとそれの事実を受け入れ、古代種であるシヴァと大晶霊のことで話しを進める。

「………暇だな」

 その横で会話に入れないでいるカーシスが、隣に座っているエクレアに耳打ちした。

「仕方ないでしょ、文句言わないの」

 エクレアが言うのに、カーシスは不機嫌に部屋の中を見渡していた。後ろではサスケが美味しそうにお茶を呑んでいる。呑気なものだ。

「あ」

 そんなサスケはなにを思い出したのか、急に立ち上がって、クリウスに訊いた。

「リースさんとオルダさんはいるんですか?」

「ん? ああ、外にいると思うが……会ってくるのかい?」

 サスケは頷くと、外に向かった。便乗して退屈だったカーシスも外に行き、サスケの後についてエクレアとミライアも出ていった。

 しばらく里の中を歩いていると、丁度よくオルダとリースを揃って見つけた。

「お二人とも」

 サスケが離れた場所から声をかけると、二人は驚いて振り向いて声の主を見た。

「おお、サスケ!」

「久しぶりじゃない!」

 傍に駆け寄ると、懐かしそうにサスケを眺める二人がはっきりと見える。

「この前はありがとうございました」

 突然言い出してサスケは頭を下げた。

「え? なにが?」

 その意味がわからなくてリースは訊いた。

「えっと、いつかこの着物と袴、買ってくれたじゃないですか。そのお礼」

 サスケは言いながら着物の袖を掴んで二人に見せる。

「そういや、そうだったな」

 思い出したかのようにオルダは顎を擦る。

「どういたしまして」

 リースがにっこりと笑って言うと、サスケもつられて笑みを溢した。

(ふうん……)

 その様子を見ていたエクレアは、どうして再会したサスケの格好が、あのようなものになっていたのかがわかった。

 同時に、そのときのサスケの嬉しそうな表情が浮かんでくる。

 その後は他愛ない雑談で時間が潰れていた。気がつくと人影はまばらになり、辺りは日が沈んで薄暗くなっていた。

「あ、シヴァさんのこと忘れてた」

 呑気とはこのことだと言わんばかりに、サスケは思い出したかのように言った。

 と、丁度よくシヴァが後方からこちらに向かってきていた。

「なんだ、先に遺跡に行ってなかったのか」

 半ば呆れたようにシヴァは溜め息交じり言った。

「……あ、あぁははは…………、すみません」

 苦笑しながら乾いた笑い声を発して、サスケは頬を掻いた。その表情はなんとも恥ずかしそうにしている。

 

 

 

 リースとオルダと別れた後、五人は遺跡に向かった。

 以前通った道は変わりなく、途中生い茂る草を掻き分けながら進んでいった。

「ああ……着いた着いた」

 雑木林を抜け、遺跡を目の前に据えたときにカーシスは木に寄りかかった。が、怠けるなと言わんばかりにエクレアに背中を叩れ、面倒臭そうに足を動かした。

「呑気だな……」

 そんなカーシスを少しばかり羨ましそうに見ているシヴァがいた。それもその筈だ。大晶霊と契約するのはシヴァで、カーシスはそれまでヴォルトと戦うだけなのだ。もしも失敗したらと思うと、自然と肩に力が入ってしまう。

 遺跡の中は以前と変わらず、ところ構わず機器が放電していた。

 一度通ったことのある通路を進み、同じような場所で魔物と出くわした。小さい円形状の機械が二機、手に刃を装備している警備兵みたいな機械が三機。

「クラッシュガスト!!」

「ヴォルテックヒート!」

 もはや動きが決められている機械など相手ではない。しかも一度は戦ったことのある相手だ。有無を言わさず晶術で片付ける。

「おいおい………」

 出番のなかったカーシス。剣を抜いたときには既にエクレアとミライアが昇華晶術で敵を倒したのを見ると半ば落ち込んでいた。隣で見ていたサスケは、そんなカーシスを哀れに思った。

 更に奥へ進む。同じような敵が出てくる。同じように倒す。当然カーシスの出番はない。カーシスだけでなく、サスケは病み上がりなので戦闘参加を断られて、シヴァは槍を持っているだけで突っ立っているだけだった。

 それにしても二人は頑張っている。

 ミライアは手を休めず晶術で敵を倒していくのが普段からだとして、エクレアは敵を殴ろうとするときは少しばかり鬼気迫るような感覚を覚えた。

 近づいてきた機械を粉砕でもするかのごとく殴り、蹴り壊していく。しかも一撃で。なにか苛立っていることでもあったのか、機械の中を突き進んでいくこともあった。隣でカーシスがおっかなびっくりでエクレアを見ている。確かに普段からあんな風に敵を破壊できるのなら、カーシスが殴られたら骨が簡単に粉砕してしまうだろう。

「怖いなら見なきゃいいでしょ」

 そんなカーシスにサスケから一言。

「う……別に怖くねーよ!!俺のほうがまだ強いだろ」

 やはり図星だったらしい。苦い表情で苦し紛れに虚勢を張っている。が、

「ふーん…………」

 お約束のようにエクレアが聞いていた。しかもこちらを見ながらだ。カーシスはしまったと思いながら硬直している。まあ自業自得だ。素直に言わないほうが悪い。素直に怖いと言っても同じだとは思うが。

「そう……」

 意外だった。何故か、というのもあれなのだが、普段ならカーシスを殴っていたことだろう。しかし、少しばかり鋭い眼を向けただけで、なにもせずにまた機械を殴り始めていた。

「………はああぁぁぁぁ〜」

 死を覚悟していたカーシスから安堵の溜め息。よかったねとサスケが一言言うと、憑き物が落ちたかのような爽やかな笑みで、

「そうだな」

と答えた。

 それからしばらくして、ようやく以前ダークエルフの二人と戦った場所へと戻ってきた。

 奥にある扉を開くと、がらんとした一部屋があり、右側から通路がまた延びていた。

「あれ…………?」

 そこでカーシスは首を傾げた。

「どうしたの?」

「いや、前にこの部屋に入ったときは晶石がそれなりに転がってたんだけどなあ……。おかしいな」

 以前の目的は、クリウスに頼まれ遺跡から晶石を持ってくることであった。カーシスは一人それを取りにこの部屋へ入ったのだが、いまは晶石の影も形もなかった。

「シルラクとザクスが回収でもしたのかしら?」

 とすれば、ここで戦ったダークエルフの二人しかいない。エクレアはそこら辺に転がっている機械を眺めながら答える。

「かもな。確証はないが……」

 それからは一本道であった。機械も出ず、多少警戒を解いて先を進むと、通路の端に着いた。

 そこにある大それた扉を開けると、途端に雷が襲ってきた。

「きゃあ!!」

 驚いたミライアはその場に伏せた。サスケが先頭に立って晶壁を出していなかったら、全員黒焦げになっていただろう。

「うげえ………」

 とっさに剣を盾にしていたカーシスは部屋の中を見た。

 そこには、紫の塊が浮いていた。

 塊は半透明の紫の色で、内部では雷であろう核みたいなものが渦巻いていた。その塊の周囲では常に放電していて、取ってつけたような目が二つ、無造作に付いてあった。

「ヴォルトか……」

 シヴァはヴォルトにゆっくりと近づいていく。いつ攻撃されるかわかったものではない相手に身構えている。

「大晶霊ヴォルトよ、我は契約を望みにきた者だ!力を貸してくれ」

 お決まりになってきたその台詞をヴォルトは聞くと、何処かから抑揚のない声を発した。

「ワタ…シ、ハ……ヴォル…ト、……ケ…イヤク………」

 そこでヴォルトの異常に気づいたのはサスケとシヴァだった。見ると紫の球体から光る黒い霧のようなものが噴出している。苦しそうにヴォルトは呻いている。

「な……!?」

 サスケはその霧を見たことがある。ついこの前、ヴィレクトという古代種と剣を交わらせたとき、突如それと同じような光景を目にした。

「グ……ア…ア……!!」

 そして突如ヴォルトはこちらに向かって突進してきた。漆黒の霧と、己を纏う雷を発しながら、迷わず一番近い場所にいるシヴァを襲う。

「がっ……!!」

 その直撃を受けたシヴァは目を剥いて吹き飛んだ。サスケは思わず後方へ飛ばされたシヴァの状態を窺おうとした。

 だが、そう上手くはいかなかった。

 次にヴォルトは側面にいたサスケに向けて、闇を纏った雷をぶつけた。回避する間もなくそれを食らうと、サスケもシヴァと重なるように飛ばされた。

「おい、お前ら!!」

 あまりにも突然の出来事に、カーシスはそれを確認できなかったのか、気づいたときには既に地に伏せている二人をしきりに呼ぶ。

 そしてヴォルトは、今度は三人に襲い掛かった。ミライアはとっさに晶術を唱えたが、現れた風圧を物ともしなく雷球は突き進んでくる。

 しかし、そこへ光が割り込んできた。

 その光からは水流が噴き出た。ヴォルトはそれを浴びると、自分自身の雷に帯電したのか、左右に振れながら降下していく。

『いけません!!』

 と、突然凛々しい美声が辺りに響き渡った。

光の中から現れたのはウンディーネ。槍を構えてヴォルトと距離を置くと、後ろの三人に振り返る。

「大丈夫でしたか?」

 それだけ言うと、今度は奥で倒れているサスケとシヴァを見た。だがウンディーネは動かないでいる。

「いまのヴォルトは病んでいます。どうやら、闇の極光術に侵されているようです」

 噴き出ている黒の霧を見つめながら、エクレアは息を呑む。あれが以前、自分たちを消滅させる寸前まで追いやった力の表れなのだ。

「それでは……お二人は?」

 汗を滴らせながらミライアは二人を見る。シヴァとサスケは、そのヴォルトの攻撃を受けたのだ。なにか身体に異常が起きているのかもしれない。

「いえ、いまのヴォルトは闇に支配されかけている最中です。あの二人に直接的な力を放ててはいません」

 そこでウンディーネは槍を持ち直す。それは以前彼女と戦ったときに見せられた構え。今度はそれをヴォルトに向けている。

「ですが、いまの二人に戦闘は任せられません。私たちでヴォルトを止めましょう」

 聞いた三人は驚いた。それは当たり前のことで、大晶霊が直々に自分たちの前でその力を見せてくれるのだ。

「……んじゃあ、俺たちも頑張ってみるか」

 ウンディーネと並んでカーシスは剣を構える。その後ろにエクレア、ミライアが守備に就く。

「いきましょう!」

 ウンディーネはヴォルトに向かって駆けた。青い軌道を残しながら、自らの得物を突きつける。

 が、ヴォルトはそれを回避し、雷を放つ。

「スプラッシュ!」

 そこにミライアの晶術が割り込み、直撃を防ぐ。すかさずカーシスが斬り込んで、ヴォルトの側面を裂く。

「エクレアさん!」

 続けざまにミライアはエクレアに合図を送る。同じに晶術を唱え、その晶力が交わるのを肌で感じる。

「「ブレイズコフィン!!」」

 同時に唱えた術は、ヴォルトを水圧で押しつぶし、さらに水の膜で包み込んだ。それから上空から火炎弾が降り注ぎ、ヴォルトに命中すると上昇気流で大きくその球体を浮き上がらせる。スプラッシュとバーンストライクの複合晶術。その術によって自由を奪われたヴォルトにウンディーネの槍が迫る。

「洗礼の矛!!」

 晶力を込めた槍から、水の本流が噴き出した。ヴォルトはその中に飲み込まれると、体を地面に転がらせ、動かなくなった。

「これで……大丈夫でしょう」

 ウンディーネがそう言うと、ヴォルトの体から溢れていた黒い霧が薄れていった。どうやら、これでヴォルトを苦しめるものはなくなったようだ。

「さて……」

 と、それを認めたカーシスは、不意に後ろで横たわっている二人のほうに向かった。

「おーい、起きろおまえら」

 気絶している二人の頬をぺしぺしと叩きながらカーシスは声を掛ける。

「……ん…」

 と、それに反応したのはシヴァだった。彼は目を覚ますと、頬の痛みを気にするもなく。真っ先にカーシスに、

「ヴォルトは?」

 と訊いた。

「大丈夫です。私たちで闇を取り払いましたから」

 それにウンディーネが答えると、シヴァは一瞬彼女がいることに驚きを見せたが、安堵してヴォルトの傍へと向かう。

「大晶霊ヴォルトよ」

 声を掛けると、ヴォルトはゆっくりと体を浮かせた。赤い目がシヴァを捕らえる。

「今一度、我らに力を貸して貰えないだろうか?」

 するとヴォルトは、頷くような仕草を見せ、

「ワカ……リ、マシタ…ケイヤク………スル…デス」

 そう言うと光に包まれ、消えていった。

「……ふう」

 と、それを見届けるとシヴァは肩を落とした。

「すまない。俺が気絶している間にヴォルトを制してもらってしまったな」

 詫びを入れるシヴァにミライアがいえいえ、と手を振る。

「気にすることもないですよ。それに、ウンディーネさんも一緒に戦ってくれましたから」

「そうだな……大晶霊にも手間を掛けさせてしまったな……」

 と、シヴァはウンディーネを見た。なにやらエクレアとカーシスと混ざってなにかをやっている。

「……なにをしてるんだ?」

 あまり見ない光景に、シヴァは詰め寄って、それに顔を向けないままカーシスが答える。

「こいつが起きないんだよ」

 呆れたようにカーシスはサスケの頬を引っ張っていた。エクレアはサスケの小さな体を揺すっていて、ウンディーネも何故か、無事なサスケの頬を突いている。

「起きませんねえ……」

 いつもの彼女と違い、どこか人間臭く言うその姿に大晶霊という威厳が消えていた。

「仕方ないから背負っていきましょう」

 エクレアはそう言うとサスケを軽々と持ち上げ、背中に担いでしまう。

「それじゃあ戻りましょうか」

 とりあえずサスケはエクレアに任せ、五人と一体の大晶霊は遺跡を後にした。

 

 

 

「……とりあえず、ウンディーネもいるのはさて置いて、ヴォルトと契約出来てよかった」

 クリウスがなんとも言えない表情で五人と一体を見た。どうしてかウンディーネは、エクレアの背中で寝ているサスケを気にしているのか、しきりに彼の寝顔を覗き込んでいる。

「あとは……セルシウスだけか」

 シヴァがそう言うと、クリウスは頷き、言葉を進める。

「そうだな、セルシウスの居場所が……まあ大体は見当が付いているのだがな」

 意外なクリウスの答えに、ミライアは少しばかり首を傾げてみせる。

「どうしてですか?」

「いや……氷の大晶霊ともなれば……おのずと分かってくるのだがなあ…………。とりあえず、ここに来るまでの間に、雪原を通っただろう」

 そこまで言われて、シヴァは思い出した。

「そうだったな……。回り道をしてしまったか」

 肩を落としたシヴァだが、気を取り直してクリウスに訊く。

「まあ……それで、その雪原にいるというのか?」

「雪原の西に、洞窟があったはずだ。ラディスタの人々が氷晶石を採掘している場所だから……もしかしたらそこにいるかもしれないな」

 次の目的地が決まると、五人はすぐに島から出た。

 帆船に乗ったとき、ようやくサスケは起きた。クリウスとの話した内容を一通り聞くと、不意に渋った表情になる。

「寒いところですよねぇ……きっと」

 あまり表面には出していなかったが、寒さが苦手なサスケにとっては、氷晶霊の洞窟など最も行きたくない場所の上位に食い込むくらいの場所だろう。が、構わずにシヴァは続けた。

「仕方ないだろう。根源晶霊はあと一体だけなんだ。我慢してくれ」

 仕方がないか、とばかりにサスケは自室に戻っていった。

 

 

 

 帆船が港に着くと、五人は雪原へ向かうべく進路を取った。

 街道を歩く最中、他愛のない会話で暇を潰し、食事の時間になればサスケが包丁を持った。

「あぶねぇ!! 包丁向けるなよ!」

「あ、ごめん……。けどカーシス、ちゃんと仕度くらいは手伝ってよ」

 などの物騒な会話も交えて、障害がなく旅は進んだ。

 だが、一日を過ぎた後、五人は以前の場所へと出る。

「……まだ直ってなかったのか…」

 カーシスが呟くと、生々しく抉れている地面に目を向ける。

 以前、ヴィレクトと衝突したときに出来たクレーター。闇の極光術の凄まじさを直に伝えるには充分すぎるほどの、戦いの痕だった。

「……早く行きましょうよ」

 人一倍、この場でいい思いをしなかったエクレアが先を促す。

 ――が、そのとき、不意にクレーターの中で響く音が聞こえた。

「なんだ……?」

 シヴァは槍の柄に右手を添えると、用心して穴の近くへと進んだ。

「うおっ!!」

 そして突如、シヴァの足元から何かが噴き出た。咄嗟に身をよじりそれを避けたシヴァだが、少しでも遅れたらその何かの餌食になっていただろう。

「……シヴァか」

 低く、だがよく通る声が聞こえた。忘れるはずもない、この声の主は――。

「ヴィレクト!?」

 そこから出てきたのは、この一帯を破壊させた本人。そして自分達では適わない敵。

 全員が自身の得物に手を掛けた。唯一、サスケだけは傍観でもするかのように、ヴィレクトを見ていた。

「あなた……どうして、まだこんなところに………」

 牙を剥くかのような表情でエクレアはヴィレクトに攻撃の姿勢を向ける。だが、

「どけ」

 それだけ言うと、ヴィレクトは正面にいたシヴァとエクレアの横を素通りした。そして、その後方にいるサスケの目の前で足を止める。

 サスケの視界に写るのは、以前刃を交えた敵。だが、その相手の瞳を窺うと、とても澄んでいた。

 同じく、ヴィレクトもサスケの瞳を見た。吸い込まれそうな深い青の瞳は、少年としての幼さを残しながらも、少女のようで、かつ大人の雰囲気をかもし出している。いや、彼にとってはどうでもいいことなのだろう。探しているものは、その瞳の奥にある、サスケの“真実”なのだろうか。

「………………おまえは」

 呟くようにヴィレクトはサスケに問い掛ける。

「……あなたは…………」

 それとほぼ一緒に、サスケも口を開いた。警戒することもなく、お互いに剣を鞘に収めている。

 だが、お互いに回答を与えられることはなかった。

「ええい!!」

 そのヴィレクトに対して、エクレアは大剣を振るった。高速で振り下ろされる斬撃。だがヴィレクトは上体を反らして刃を回避する。

 そこにエクレアは追撃で蹴りを加える。だが、これも届かずヴィレクトはその場から跳躍して五人から距離を置く。

 それでも、瞳はサスケを捉えていた。

(本当にそうなのか……? あの男が、真の極光の力を得たというのか……? あの実験は、本当に成功したということなのか……。だが、罪も無い人間を殺した者が……神の祝福を受けられるとでもいうのか……)

 考えを巡らせても答えは出ない。それどころか、永久に外に出られない迷宮のように、終わりの無い推測の連なりが続いていくだろう。

「……引くか」

 静かにそう言うと、ヴィレクトはその場から消えた。

 勝負は起こらなかった。ただ出会ったのみ。サスケはヴィレクトが消えた先を見つめていた。その隣でミライアは、神経を使い果たしたのか、地面にぺたりと腰を落としてしまう。シヴァは槍の先端を下げる。エクレアは歯軋りをしながら、ヴィレクトが立っていた位置を睨むように見ていた。

 その中、カーシスは一人考えを巡らせていた。

(あいつは……攻撃してこなかった。いまサスケは戦える状況じゃない。殆ど以前のままの状態の俺達なら、間違いなく殺されていたはずなのに……なにかあるのか? サスケだけを見て……もう一人のサスケが出たわけでもない。一体あいつは……)

 同時に、裏のサスケも同じことを考えていた。意見としてはカーシスと相違しているというわけでもないだろう。ただ、ヴィレクトの狙いが本当に自分だとしたら、サスケは殺さないつもりなのか、もしくは、自分が出ているときに限り、戦いを持ちかけるのか、見出せないでいる。

「……サスケ」

 不意にエクレアが話しかけてきた。サスケは一瞬迷ったが、エクレアのほうへと向き直り、

「ありがとう、助かったよ」

 と、薄く笑いながら言う。

 

 

 

 シヴァが道案内として氷晶霊の洞窟へと向かう。二、三日を過ぎた頃には、雪原へと入り、更に進むとぽっかりと穴の開いた洞窟が見えた。

「あんたらも行くのか? 気をつけろよ、最近は魔物の数が増えてるからな」

 洞窟の手前は小さな村になっていた。工夫たちが寄り集まって出来た村のようで、一晩休息を取った後に洞窟の中へと入った。

 洞窟の中は肌寒い程度だった。幾度となく魔物と遭遇して逆に身体が温まるような、その程度だった。

「あんまり寒くないよね、これなら安全に進めるよ」

 一応は防寒具を身につけた一行。サスケは予想より大分寒くはない洞窟の中でカーシスと話をしながら足を動かしている。

『まったく、もう少し静かに歩けないのか』

 裏にいるサスケは相方に注意を促す。同じく二つの人格を共有するカーシスもその声は聞こえ、サスケの頭を軽く叩きながら先へと促す。

「しかし……大分奥まで来たと思うんだが…………」

 シヴァが周囲の氷の結晶を眺めながら先頭を進む。洞窟の入口内は土などがあり、人が通った形跡があるのだが、奥に行くにつれて氷晶石が露出し、鏡のように反射した空間が延々と続いていた。

 だが、既に四時間は歩いただろう、徐々に疲労の波が押し寄せてくるのには敵わなく、カーシスが休憩を持ちかける。

 四人は同意して、安全な場所を探して火を焚く。エクレアが革袋から食料を出そうと手を伸ばしたが、

「あ、そういえば大晶霊と契約して、私たちに変わったこととかあるの?」

「……って言われても………」

 いきなり言われても、と困ったようにサスケとシヴァは頭を捻る。別段これといって変わったこと、と言われても出てくるものがない。そう思った矢先に、五人の目の前に淡い光が現れた。

「のーん」

 呑気な掛け声と共に出てきたノーム。それとシルフも現れてきた。

「前にも話したと思うけど、僕たちがいると古代呪が使えるようになるよーん」

「んー、その古代呪ってあんまりよく分からないんだが………」

 古代呪云々以前に、普通の晶術もままならないカーシスが口を挟む。自分ではなくて裏の自分が使うのだが、やはり晶術は不向きなものであった。

 エクレアはそんなカーシスを除けながら、ノームに訊ねる。

「古代呪って、エルフが使っている晶術よね?どうして私たちは使えないの?」

 大晶霊と契約したことによって、いまは自分たちも使えるようにはなっているが、その疑問は消えたことはなかった。

 それをノームが話そうとした途端、シルフがそれを遮って話を進める。

「えっとね、古代呪はあなたたちが使っている晶術とはちょっと勝手が違うのよね」

 五人は黙ってシルフの話を聞いている。

「あなたたちが使っている晶術は、自然界に存在する晶霊の力を自分の晶力で取り込んで発動する術。古代呪はあたしたちの力をあなたたちが晶力で取り込んで発動するか、晶霊そのものを取り込んで使う術よ」

 満足げに言い終わって、シルフは五人を見回した。だが、シヴァ以外はなにとなく理解していないように見える。

「……えっと」

 恥ずかしそうにミライアは首を傾げる。その隣で、サスケは突然ハッとした表情になり、シルフに訊き返す。

「つまり、晶霊の力と晶霊自体の性質は違うってことですか?」

 表情を明るくして、シルフは何度も頷いた。そこで説明を付け加える。

「そうそう。例えば、そこら辺にいる晶霊でも、火や水は出せるのよ。自分たちの力を使役しているのね。だけど、晶霊自体は、極端に言えばもっと高度な造りになっているのよ。簡単に言えば、晶霊の力はあなたたちが晶術を使えるのと同じように発動できる力。晶霊自体は機械、そして私たち大晶霊は更に高度な精密機械ってことになるわ」

 自分たちのことを機械と言っているのに随分と違和感があるが、おおよそは大体理解できた。――五人の中でカーシスは除くが。

「………んで、結局どういうことだよ?」

 呑気にカーシスが言うのに対し、シヴァが呆れたように補足してやる。

「それじゃ簡単に砕いて言うか。お前たちが水属性の古代呪を使うときはウンディーネの力が必要だろう? ウンディーネは水の大晶霊だからな」

 シヴァの説明を聞きながらカーシスは首を捻りながらも何度か頷く。

「しかし、普段は使わないがウンディーネ自体は自分の力で土属性や、風属性の晶術も使えるっていうことだ。相対属性は使えないかもしれないがな」

 ああ、とカーシスは閃いたかのように表情を明るくする。隣でリヴェルは『本当に理解しているの?』とでも言いたいような表情をしているが、シヴァは更に話を続ける。

「つまり、さっきも言ったように大晶霊は精密機械だとしたら、晶力の高いエルフは扱えるが、お前たちみたいに普通の人間には精密機械はおろか、簡単な機械も動かせない、ということだ」

 最後まで言い終わると、悟りきったかのような表情でカーシスはシヴァを見つめている。

「な、なんだ……」

 当然、男に見つめられるのも気味悪いだろう、シヴァが上体を仰け反らせてカーシスと距離を置く。

「お前……意外と頭いいんだなあ………。サスケがいるからあんまり目立ってなかったけど」

「い、意外なのか? まあ……別にいいが」

 そんな二人を見ながら、大晶霊二体と三人は声を上げて笑う。

 

 

 

 そして、休憩を済ませ更に奥へと進む。足場が滑ることや、氷の床に亀裂が入っていたりと、条件の悪い足場を進むと、最後に辿り着いた場所は、

「うえ……行き止まりかよ…」

 他の壁とは違い、鏡のように自分たちの姿を明確に映し出している壁をカーシスが苦い表情をしながら何度か叩く。エクレアも不満そうに大剣で壁を小突いたりしている。

「うーん……他に行ってない場所ってありましたっけ?」

「さあ……一通りは歩いたと思いますけど……」

 サスケと言葉を交わしながらミライアは壁をまじまじと見つめている。

「あ」

 そこでミライアは思い出したかのように言葉を漏らす。こういうときに使う道具を自分が持っていたと、今更ながらに思い出した。

「サスケさん、ソーサラーリング、ありますよね?」

「え? ああ……はい」

 言われるままに壁に向かってリングから強力な火花を放つ。すると、鏡のような壁がまるで水面に現れるかのような波紋を見せ、ゆっくりと壁そのものが消えていった。

 五人はそのまま奥へと向かう。少しばかり歩いた先は、広いドーム状の空間が広がっていた。

「どうやら、ここみたいだな」

 シヴァが槍を構える。他の三人もそれぞれ身構えるが、サスケは辺りをしきりに見渡していた。

 ドーム状の空間の中にあるのは地面から無数に突き出ている氷晶石の結晶。それだけの空間だったが、サスケの五感が異常な警戒態勢を彼に取らせる。

(この…感じは……)

 そして、五人の目の前に一筋の青白い光が現れた。

 サスケは、この場を支配している感覚を目の前に見た。

 氷の大晶霊が、光の中から渦巻く漆黒の闇を引き連れながら現れた。

 

十七章 紫電の雷球 完