五章 大会当日―更なる旅立ち―
目が覚めると、昨夜暗闇の中で見た天井がはっきりと見えた。
サスケは上体を起こすと、ゆっくりと辺りを見渡した。
(…………ん?)
隣のベッドが目に入った。
そこに寝ていたはずのカーシスの姿がない。
寝ぼけながら視線を更に奥に向けると、ミライアが一人、ソファに腰を下ろして窓の外を見ていた。
サスケに気づいたのか、ミライアは振り返り、にこりと笑顔を見せた。だが逆光でよくは見えなかった。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
少し間が空いて、サスケが答えた。
「………………はい」
ミライアはソファから立ち上がると、サスケの前に歩んできた。その手には、昨日温泉に行くときに、フロントに鍵と一緒に預けたサスケの服が、洗濯されて綺麗に折り畳まれてある。
彼女は既に着替えていた。袖から覗く白いフリルが目に栄える。
「どうぞ」
服を受け取ると、ミライアは後ろを向いた。
ああ、と思いサスケはベッドから降りて、浴衣を脱ぎ、通っている大学の制服に急いで着替えた。
思えば、この格好のまま旅をしてるんだな、とサスケは思った。
「いいですよ」
帯を締め着替えを済ませミライアを呼ぶと、彼女は振り向いた。
「朝ご飯、きてますよ」
ミライア越しの見えるテーブルには、一人分だけ残っている、トーストとサラダが盛られてあった。
「少し食べようかな…」
なんだか目覚めが悪いと思いながら、サスケは濃い青色の髪の寝癖を手で確認しながらミライアを通り過ぎてテーブルに向かった。
ミライアはその後姿を見つめていた。
(いまは二人っきりで…、なんだか新婚さん同士みたい……)
サスケはソファにゆっくりと腰を下ろした。
(でも、そしたら私…、サスケさんと………………!!)
なにを考えたのか、ミライアの顔が真っ赤になり、サスケに見られないように両手を胸の前で握って、後ろを向いた。
(…や、やだ……恥かし…)
口に手を当てて、頬を赤く染めながらミライアは自分で思ったことで、恥かしくなった。だがよく考えたら一人で嬉々とし恥ずかしがりながら妄想に浸っているのは、なんとも奇妙にみられるだろう。そう思うと逆に気分が下降気味になってしまった。
それから少しばかり経つと、いきなりノックもなしにドアが開いた。何事、と思いサスケは食べようとしたトーストを皿に戻しす。
「サスケさん、ですか?」
現れたのは兵士だった。何でこんな所に押しかけてきたんだ、と思いサスケは立ち上がった。
「どうしたんですか?」
サスケが兵士と向き合う。
「国王より伝言です。既に大会が始まっているので、席を取ってあるから闘技場へ向かうように、とのことです」
スラスラと述べる兵士だったが、既に、と聞いてサスケは目を見開いた。
「もう!?え!ミライアさん、いま何時ですか!?」
ミライアは壁に掛かっている時計に目をやった。
「十時、少し前ですね…」
彼女は兵士が来て、ついさっきの気分が削がれたような感じでいた。
「大変!ご飯食べてる暇なんてないよ!」
眠気がすっかり吹き飛んだのか、サスケは急いで身支度を整えた。
「あーあ、だからカーシスもエクレアもいなかったんだ…」
剣を腰に下げ、革袋から財布を取り出した。
「行きましょう、ミライアさん」
「はい」
鍵を持って兵士も一緒に部屋から出ると、
「それでは私はここで…」
と、走って行ってしまった。
「僕らも急ぎましょう」
鍵を掛けると、二人は急ぎ足で階段を降りた。
外へ出ると、昨日とは違い人という人は誰一人としていなかった。目の前の店もクローズとドアに札が掛けてあった。
「なんでこう、大事なときに寝坊しちゃうんだろうな…?」
歩きながらサスケは呟いた。
ミライアもいつもはサスケは早起きなのに、と首を傾げた。
「でも、たまにはいいんじゃないですか?」
「そうですね」
いきなり闘技場のほうから歓声があがった。もう始まってるんだな、と改めて二人は思った。
「少し急ぎませんか?」
「いいですよ」
昨日までは人で溢れかえっていた道を、二人は走った。サスケのぶかぶかした袖が風でふわりと揺れている。
広場を抜けて、闘技場の目の前に着いた。中から歓声やらなにやらのざわめきが聞こえる。
中に入って、階段の通路を出ると、座っている客、立っている客とが溢れんばかりに詰まっていた。
「席って何処だろう…」
隙間が見当たらない客席のほうを眺めていると、なぜか先程の兵士が手前の席に座っていた。
「なんでさっきの兵士さんがいるんでしょうね?」
「あの人に聞いてみましょうか?」
兵士のほうに近づくと、彼は二人に気づき、その場で立ち上がり敬礼をした。
「お待ちしておりました。ここがあなたたちの席になります」
兵士がその場から退くと、二人分、席が空いてあった。そしてなぜか傘まで置いてあった。
「その日傘はミライアさんがお使いください」
もう一度兵士に敬礼をされ、サスケは眉を顰めた。
「あの、その敬礼…、なんだか堅いからやめましょうよ」
小恥ずかしいのか、サスケは周りを気にしながら兵士の手を押さえようとする。
「はっ、わかりました。それでは失礼します」
言ったそばからもう一度敬礼してその場を去った兵士を見て、サスケは頬を掻いた。
「いい場所ですね」
ミライアが日傘を置いてある席に座って、フィールドを眺めた。
「…父さんと王様って、ほんとに仲がいいんだ……」
サスケもミライアの隣の席に座った。
「お二人の番はまだでしょうか…」
ミライアが言うと、サスケは手前の席に座っている客の手に持ってある表を見た。どうやらトーナメント表のようで、各選手の名前が書かれている。
(エクレア……、カーシス………)
二人の名前を探して見つけると、どうやら二人とも一回戦は終わっていたようだ。その客は、勝った選手を赤線でなぞっているから、どちらも勝っていたのがわかった。
「二人とも勝てば、決勝戦で闘うことになりますね」
表の両端のほうに二人の名前が載ってあったので、サスケはそうミライアに教えた。
と、そのときフィールドのほうから司会者が、
「次の対戦者は…」
と言ったとき、両端のほうから選手が二人出てきた。
「あ、カーシスさん!」
ミライアが左から出てきた選手を指差すと、カーシスが剣の柄を握っているのが見えた。
反対側の相手はカーシスより大柄で、武器には斧を片手で肩に担いでいた。
石畳で拵えられているフィールドの真ん中に二人が立つと、司会者がその間に立った。
「カーシス・オンウルグ選手と、グロコ・メハド選手です!」
会場から歓声が上がった。うるさい、と思いながらもサスケはカーシスを見る。
「それでは……」
相手は斧を構えたが、カーシスは剣を鞘から抜いてもいない。
会場が静かになった頃合を見計らって、司会者は、
「試合開始!」
と、フィールドから降りた。
合図と共に相手のグロコは斧を振り回した。カーシスはそれを避けながら、ゆっくりと剣を抜いた。
「うおおおおりゃああぁぁぁ!!」
斧を力任せに振って、グロコはカーシスに叩きつける。
だが、それを冷静に見極め、カーシスはそれを剣で受けて、一歩下がる。
その後も斧の連打がカーシスを襲った。だが彼は一度も得物の餌食になることはない。開始から完全に守りに徹し、相手の動きを見極めていた。
「カーシスさん、押されているんですか?」
いまいち状況がわかっていないミライアは、サスケに訊ねた。
「いや…、あれはただ、面倒臭がってるだけ……かな」
周りからはカーシスが押されていると見えているが、いつも一緒に戦っているサスケは、彼の動きが手に取るようにわかっていた。
「そろそろですよ…」
サスケがフィールドを指差すと、カーシスが端のほうに詰まっていくのが見えた。
「落ちちゃったら負けですよ…」
ハラハラとしながら不安そうにミライアはそれを見ている。
「大丈夫、見ててください…」
サスケが言った途端、カーシスはグロコの斧を柄から切り落す。そして身体を半回転させ、相手の背後に廻って背中を剣の側面で叩きつけた。
衝撃でグロコはフィールドから弾き出された。―リングアウト。カーシスの勝利だ。
「カーシス選手の勝利です!」
司会者の声と共に、カーシスはフィールドから降りて、控えのほうへ戻っていって見えなくなった。
途端に会場から歓声が湧きあがってきた。
「カーシスさん、危なかったですね」
歓声で声が消されそうになるので、ミライアはサスケに耳打ちした。
「そうですねぇ」
流すようにサスケは答える。ミライアに前衛の戦闘関連のことを教えても覚えられるかわからないし、そもそも彼女は晶術で戦う身だ。言っても仕方ないだろう。
その後、エクレアの出番が来るまでに、何人かの組み合わせを見た。目を見張る者や、全然相手にならない者と、明らかにわかれていた。
だがサスケは力のない者を弱いとは思ってはいない。むしろそういった人間は他に卓越したものを持っているのだと、彼は思っているからだ。
「次の対戦者は……」
戦い終わった選手二人が、控えに戻っていった。
それと入れ替わりで、右から出てきた選手を見て、
「あ、エクレア……」
と、サスケは呟いた。
エクレアは武器の大剣を背負っていた。拳を使わない、ということは手加減するんだな、とサスケは思った。
「エルト・アシュー選手と、エクレア選手です!」
歓声が上がった。相手のエルトはエクレアと同じくらいの体格だが、男だ。服装から見ると、晶術使いだ、とサスケはミライアに話した。
「エクレアさん、楽しそうですね」
「ほんとに……」
客席から見下ろすと、エクレアは楽しんでいるように見えた。そんなに楽しいものなのかな、と苦笑しながらもサスケは思った。自分には理解できないが。
「それでは…」
司会者が手を上げると、エクレアは背中の大剣を抜いて構えた。
相手は思った通り、晶術の詠唱を始めた。
「試合開始!」
司会者がその場から離れた途端、エルトは晶術のフレイムドライブを唱えた。
緩やかに流れる炎の塊が三つ、エクレアに襲い掛かった。
「はっ!」
それを見てエクレアは間合いの外で大剣を振った。届くはずがない、だがフィールドに亀裂が入った。
その亀裂は目に見える真空の塊と共に飛んでいき、炎の塊を掻き消した。―特技、魔神剣。地を這う衝撃波を放つ技だ。サスケも使えるが、エクレアのそれは彼のより数段は上の威力がある。
衝撃波はそのままエルトまで飛んでいき、彼を控えのほうまで吹き飛ばした。
飛ばされたエルトは、目を白黒させながら気絶している。
「エクレア選手の勝利です!」
割れんばかりの歓声が響いた。そして何故かエクレアは周囲の客席を眺めながら戻っていった。
「エクレアさん、勝ちましたね!」
声が消されないようにミライアは叫んだ。
「一撃であれかぁ……手加減してると思うんだけどなぁ………」
剣を使って手加減なら、拳を使ったときのあの破壊力はいったいなんだと、サスケは身震いした。
「このままだと二人とも最後までいきそうですね」
ミライアはエクレアとカーシスの二人が闘ったら、どちらが勝つか考えていた。
「そのときは二人とも応援しましょうね」
サスケが背もたれに寄りかかった。
(……あ!)
サスケはふと、気づいた。
(エクレアが、何かするのを見たの、始めてだったな……)
旅に出る前の夜、エクレアが踊り子の衣装を着て、舞台を舞っていたことを思い出した。
だがサスケは屋台を開けていて、彼女を見たのはそのとき一度、偶然に顔を上げたとき、それだけだった。
(あんなに楽しそうにして…、あのとき、ずっと見ておけばよかったかな……)
何となく悪いことをしたような気持ちになりながら、控えに戻っていくエクレアを見ていた。
(……ん…?)
不意にサスケは奇妙な感覚を覚え、辺りを見渡した。だがそれはすぐに消えてしまった。
(???…気のせい……)
サスケはまたフィールドに目を向けた。
その後も、二人は段違いの強さを見せた。
既に日は高く昇っており、ミライアは途中で暑くなったのか日傘を広げ、その中にサスケと二人で入った。
「カーシス選手の勝利!」
「すごいです!カーシスさん、最後まで残りました!」
準決勝の一つが終わったのと同時に、ミライアは拍手をした。
「次はエクレアか…」
勝って欲しいな、とばかりにサスケは呟いた。
(………!!)
そのとき、先程の感覚がサスケを襲った。目の前が霞んで見え、額に手を当てた。
目眩がするのか、だがそれならもっと別の感じのはずだ。
そう思いながらサスケはまた周りを見た。
「どうしたんですか?」
その様子に気づき、ミライアはサスケの表情を覗き込んだ。
(この感覚は!!)
だがサスケは応えず、席を立ち上がった。
「ミライアさん!ここにいてくださいね」
サスケは闘技場の後ろに走った。立っている客にぶつかりながら、ようやく端のほうに着いて、柱に乗った。闘技場全体を満遍なく見渡した。
(そうか!昨日の……)
柱から降り、サスケはフィールドを挟んだ、真向かいの、国王や臣下のいる席のほうに走っていった。
ミライアはそれを何事かと見つめていた。
「次の対戦者は……」
エクレアが出てきた。そのときから既に大剣を手に握っていた。
「エントラス選手と、エクレア選手です!!」
ミライアはエクレアの対戦相手を見た。黒いフード付きのマントを翻して歩いていた。
晶術使いなのか、とミライアは考えたが、相手の腰には剣が下がってあった。
「剣も晶術も、どっちも使えるのかしら…」
その頃サスケは、向かいの席の、国王の前まで来ていた。
だが、手前の兵士にその行方を阻止されていた。
「ええい、帰れ!」
兵士はサスケを追い返そうとしていた。
「ええ!いや…ちょっと、王様ー!」
叫んでも国王までは届かなかった。あえなく引き摺られそうになり、更に追い討ちを掛けるかのように後ろから兵士がもう一人来た。
「どうした?騒がしいぞ……ややっ!?サスケさんではありませんか?」
だが幸運なことに、その兵士は先程サスケとミライアの席を確保していた彼であった。
「お前達!何をしている。この方は国王のご友人の息子なのだぞ!通してあげろ」
喋り方からして、この兵士は他の兵士よりも格上なのか、とサスケは思った。
「ええ!?これは……失礼しました!」
と、サスケの制服の襟を掴んでいた兵士は慌てて手を放した。
「ありがとうございます…」
サスケは兵士に礼をした。
「いえ!それでは」
と、またしても兵士は敬礼をする。
「……堅いですよ、それ。やめましょうよ」
困ったような顔をしてサスケがもう一度言うと、
「あ、そうでしたね。それでは!」
ようやく敬礼ではなく、一礼をして兵士長はその場を去っていった。
サスケはそれを見て顔が緩むと、国王の前へ急いだ。
「王様!」
国王の横顔が見えるや否や、サスケは声を張り上げた。
「おお!サスケか!どうかしたか?」
礼儀を欠いていても不快に思うこともなく、その声に振り向いた国王は、サスケを見ると笑顔になった。
「し、城の警備は……どうしたんですか?」
慌てて言いながらサスケは闘技場のほうを見た。
「?…いや、殆どの者がこちらの警備にまわしてるが…」
国王の言葉を聞きながら、サスケはエクレアの隣に対峙している男を見て、目を見開いた。
「すぐに全部!城にまわしてください!」
と、それだけ言うとサスケは走り出す。急がねばならない、とフィールドへと向かう。
「ふむ……、おい」
国王は少し考えて、臣下を呼んだ。
「わかりました」
臣下は国王が耳打ちすると、兵士たちを集めに、その場を去った。
(……な、なに、この感じ……)
エントラスの奥に見えるカーシスを見ながら、エクレアもその異常に気づいていた。視界全体が歪んでいくような感覚。カーシスもそれに気づいているのか、辺りを見渡している。
「それでは…」
会場が静まり返った。
エントラスが身構えた。エクレアも油断なく大剣を構えた。
「試合開始!」
司会者が退いたが、二人は動かなかった。いや、エクレアが動けないでいた。
エントラスが何やら呟いているのが聞こえた。エクレアはそれに気づくと、大剣の柄を握り直す。
「…………!」
そしてエントラスの目が見開くと、エクレアの頭上から風が吹きつけた。
一瞬の躊躇の後に振り向いて上を見上げると、逆光で遮られ、何か黒い塊が落ちてくるのが見える。
「あ……」
だが、それを見定めることもせず、エクレアは眩しくて光を手で遮り、顔を背けた。
やられる…、そう思ったが、いつまで待っても身体に異常はない。
手を離し、恐る恐る細めた目を開けると、塊は目の前に崩れていた。―それは魔物だった。驚いて顔を上げると、崩れている怪物の前に、抜いた剣に魔物の血を滴らせている少年がいた。
「サスケ……!」
その少年はサスケだった。彼は制服の裾を風に煽られながら、エクレアの隣に並び、その男エントラスを睨みつけた。
サスケのその姿を見た客席の観客たちが野次を飛ばし始めた。当然だろう、観客からしてみれば試合を妨害されたのだから、怒るのも仕方がない。
その中でミライアは一人で、サスケとエクレアの様子をはらはらした思いで見ていた。
「おまえは………」
そう訊かれると、エントラスは低く笑った。
「そうか、貴様等が……」
エントラスはサスケとエクレアを等分に見た。
「……なるほどな」
エントラスの後ろから声がした。
「この感覚はこいつの仕業か…」
カーシスが剣を抜いて歩んできた。
「もう遅い……」
エントラスが指を鳴らした。
だがなにも起こらない、エクレアとカーシスはそう思ったが、
「これでこの外は魔物だらけ……かぁ……」
サスケが剣を構えて言うと、二人は驚いた。
「まさか…こいつが……」
村を襲った奴、カーシスは言おうとしたが、突然何処からか兵士が一人、
「大変です!城に…、城に魔物の群れが!!」
と叫んだ。
それを聞いて観客たちはざわめいて、席を立ち、闘技場の外を見た。
城の周りに、点状でしか見えないが、魔物の群が城を襲っていた。それを見た客たちの顔は青ざめ、恐怖でフィールドから少しでも離れようと、後ろで詰まっていた。
「貴様等を殺す!」
エントラスがマントを翻して三人に向かった。
「散るぞ!」
カーシスが言うと、三人はエントラスを囲むようにして分散した。
だがエントラスは迷わずに、目の前のサスケへと向かった。
「死ね!」
エントラスは細身の剣を振り上げる。サスケも易々と斬られるわけもなく、自分の剣と相手の剣を交わらせながら、
「カーシス!」
と、後方にいる仲間の名を呼ぶ。
それを聞いてカーシスは後ろからエントラスを狙って剣を突き立てる。
「甘い!」
だがエントラスはサスケを押し返して、カーシスの剣を受けた。
「く…」
今度は後ろからサスケが隙を突き、エントラスを狙う。
「雷神剣!」
帯電させた剣先をエントラスに突きつけた。だが相手は高く跳躍し、サスケの剣をかわした。
「フフフ……」
空中で顔をニヤリとさせたエントラスの周りの晶力が高まっていくのを感じた。
「やばい!」
カーシスが低く言うと、三人はその場を退こうと後退する。
「エアプレッシャー!」
周りの大気の圧力が重くなった。サスケとカーシスはその中に捕まり、骨が軋み、押し潰される。
「そっちこそ甘いわよ!」
だが一人、いつの間にかエントラスより高くエクレアが跳躍していた。
エントラスの胸目掛け、垂直に体重を加えた蹴りを打ち付ける。
「鷹爪蹴撃!」
蹴りはエントラスに命中し、そのままフィールドに叩きつける。
「ぐう……」
落下の衝撃の痛みでエントラスは呻いた。だがすぐに立ち上がり、落下してくるエクレアに剣を振るった。
「危ない……!」
まだ術が解けていない中、サスケは叫んだ。
「ウインドスラッシュ!」
客席のほうにいたミライアが晶術を唱えた。避けられたがエントラスはそれに気を取られ、ギリギリのところでエクレアはその場から離れた。
「まだ…!切り裂け、クロスブレイド!」
ミライアが更に真空の刃を二つ、エントラスに向けて放つ。
「ぬお…!」
追尾する風の刃は直撃し、エントラスを空中に浮かせた。
「よくもやりやがったな!」
術から解かれたカーシスはいきり立って剣を振るう。剣先がエントラスの胸を捕らえ、縦に傷を負わせた。
「…浅かったか」
一歩踏み込むことができなかったのか、深手を与えられなかった。
着地したエントラスは、傷口を手で抑えながら邪魔をしたミライアを睨んだ。
「貴様…」
戦い慣れしていないミライアは、その睨みに身体が硬直した。つい二~三日前から戦闘を始めたばかりの彼女にとっては、対人の殺気は恐怖そのものでしかなかった。
その間にエントラスは晶術を唱え始めた。
「…危ない!」
サスケはそれに気づき、頭上の石壁を飛び越えてミライアのほうへと向かう。
「ネガティブゲイト!!」
サスケが飛び越えた石壁の周りに、漆黒の空間が現われた。
その空間から放出されるエネルギーの塊によって、石壁が崩れ、ミライアの足場をも崩した。
「きゃあ!」
崩れた足場の中にミライアが埋まりそうになるのを、間一髪、サスケが彼女の手首を掴んでそこから離れた。
「あ、ありがとうございます…」
サスケに抱かれながらミライアが礼をした。
「なるほど…こうやるわけね……」
エントラスの後ろで、エクレアが術の詠唱をしていた。術を放つと同時に、頭の中で更にイメージを描く。そうして晶力を集め、術を再構築する。手順を確認し、晶術を唱える。
「フレイムドライブ!」
炎の塊が三つ、エントラスに向かった。だがそれは直前で全て切り落されてしまう。
「いくわよ、フォトンブレイズ!」
弱々しく消えかけた炎が収束した。その炎からの高熱の空間の中にエントラスを巻き込み、炎上させる。
「ぎゃああああ!」
エントラスは悲鳴を上げた。彼の服は焦げ、その臭いを嗅ぎながら立ち上がった。
「いやー、ミライアが手本見せてくれたから成功できたけど……、しぶといわね」
反撃がこないように、エクレアはその場から退いた。
「ったく、どうすんだよ…これじゃあ―」
「カーシス……」
いつのまにか隣に来ていたサスケが、カーシスに耳打ちした。
「狙ってよ」
それだけ言うと、サスケはエントラスに向かって走った。彼が無闇に相手に向かうとは思えない。真意を汲み取ろうと、仲間の背中を見つめる。
「おう」
カーシスは一人呟くと、右に廻りエントラスに近づいた。
「はあ!」
相手に向かうにつれ、移動速度を落としながらサスケはエントラスに斬りかかる。
「むぅん!」
だが寸でのところで受けられてしまう。だが、これでいい。その為に見切られやすい攻撃をしたのだ。
「まだ……!」
サスケは受けられた剣を払い持ち替えた。そして更に抑えて跳躍し、下から斬り上げエントラスの剣を真っ二つに折った。
「な、なんだと!?」
「奥義…」
斬り上げた剣を跳躍しきったところで振り下ろし、カーシスが斬りつけた傷跡をなぞるようにした。―特技、虎牙破斬の型。
だがこれだけでは終わらない。
息を吐かず剣を先程までの『斬撃』から『刺突』の構えに持ち替えた。そして剣を横に振り上げ、空気との摩擦で剣先を帯電させ、そのまま勢いをつけてエントラスの胸を突く。
「雷神双破斬!」
帯電した剣先からの電撃を浴び、エントラスの身体を麻痺させた。
「サスケ、退がれ!」
カーシスが横から剣を振り上げ、それと同時にサスケはその場から離れた。
「うおりゃあああ!!」
力を溜めてカーシスは剣をフィールドに叩きつけ、地割れを起こした。
エントラスの足下から岩鬼が襲う。
「まだだ!」
更にカーシスは反動でもう一度、剣を振るう。
「剛天双震撃!!」
砕かれた地面から、更に鋭い岩鬼が噴き出した。カーシスの続けざまに剛天撃を打ち付ける奥義、それはエントラスの身体を引き裂き、悲鳴を上げさせた。
そして力なく崩れ落ちた。
「が…はあ……」
血を吐きながら既に虫の息の状態のエントラスに近づき、威嚇するような表情をしながら、カーシスは相手の胸倉を掴んだ。
「おい、おまえが村を襲った奴だな?」
それを聞くと、エントラス一瞬だけ動きを止めた。そして、嘲笑うかのように、低く笑う。
「ククク……なにを言っている…、私はそんなことは知らん……。とすれば…あの……か…た……」
エントラスは目を開けたまま絶命した。カーシスは彼の最後の言葉を聞いて、顔を渋らせ、掴んでいた手を離した。
「くそ…。こいつじゃない……?じゃあ一体誰が…」
サスケがうなだれているカーシスの傍に歩み寄り、息絶えているエントラスの顔を覗いた。
「村を襲った奴は…、もう少し、声が低かったかな」
「それじゃあ、こいつの他にも同じことするような奴がいるってわけね……」
エクレアも腰に手を当てて考える。
「あの……皆さん?」
またしても蚊帳の外に出され、状況がわからないミライアは首を傾げた。
「おまえたち!」
突然、重みのある声が響いてきた。
「よくやってくれた、礼を言う。だが、城がまだ魔物と交戦中じゃ。……行ってきてくれぬか?」
国王だった。振り向いてみると、席から立ち上がり、柵から身を乗り出している。
「あ…、はい!」
城のことを忘れていたのか、カーシスは慌てて返事を返した。
「そうだった……。行こう!」
四人は国王に踵を返すと、闘技場の外へ出た。
「あれね…」
エクレアが城の周りに群がっている魔物を指差すと、そこに走って向かった。
「ちょっと……多いって!!」
城の兵士たちに加わって、サスケたちは魔物を倒していた。
「ライトニング!」
サスケの後ろでミライアは晶術を唱えていた。落雷がサスケと対峙していた魔物を襲った。
動きを止める程度のつもりだったが、魔物はそのまま地に伏せ、感電死してしまった。
「雷に弱い……」
ミライアが呟くと、エクレアのそばに寄って、彼女になにかを話した。
「なるほどね」
エクレアはそれを聞くと、ミライアと同時に術の詠唱に入った。そして、
「「ファイヤーボルト!」」
二人同時に同じ術を唱えた。―だがそれは違った。エクレアの頭上から炎の塊が三つ、フレイムドライブだ。
隣のミライアは、彼女の目の前で蓄積された雷の塊が、エクレアの術と混ぜ合わせ、電気を帯びた炎の塊となって、魔物を次々と炭にしていった。
「複合晶術……」
サスケがそれを見て、無意識に呟いた。大学で習い、知識はあったがそれを実際に見たのは、初めてのことだった。
「ちょっとカーシス!」
エクレアは瞬蓮華で敵を蹴り倒しながら、カーシスの傍へ向かった。
「なんだよ!」
倒しても倒しても湧いて出てくる魔物に苦戦しながら、彼女を見ずに訊き返した。
「私とカーシスが決勝に残ったわよね?」
「ああ!?いきなりなに言ってんだ?」
拳と、剣を振るいながら二人の会話は続く。
「闘う?」
「はあ?こんなときになに言ってんだよ!とりあえず戦え!!」
面白くない、とばかりにエクレアは顔を渋らせた。
「じゃあ……じゃんけんしよ!」
「じゃんけん?」
エクレアはカーシスの手首を掴み、サスケとミライアを盾に後ろへと下がる。
「いい?勝ったほうが優勝よ」
「……こんなんでいいのか?」
明らかになにかが違う。カーシスはそう思ったが、口にすれば間違いなくエクレアの拳が飛ぶのであえて黙っていた。
少し間を置いて、エクレアは腕を前に伸ばした。
「……うん。いいの!カーシスとはいつでも闘えるから…。それに……」
エクレアは振り向き、後ろで必死に戦っているサスケに一瞬目を向けた。
「いいから、じゃんけん!」
わかんねえ、という顔をしたが、諦めたのかカーシスは首を傾げ、
「…まあいっか」
と、手を握り締めた。
「それじゃ、じゃんけん……」
二人は腕を軽く振って、手を出した。
「あれ?あいこだ…」
見るとお互いにグーを出していた。
「ちょっとそこ!二人でなにしてるのさ!?」
戦え、と言わんばかりにサスケは二人を見た。
「あ、ちょっと待ってて……いくわよ、あいこで……」
仕切り直したが、またしてもあいこだった。
「もう、カーシス、なんで他の出さないの?」
「俺に言うな!」
気を取りなおして、二人はもう一度腕を振った。
「じゃんけん……」
手を出した。そして勝敗がついた。
「早くしてよー!」
と、その後ろでサスケが呼びかけるのが聞こえた。
「よくやってくれた。もう一度礼を言うぞ」
城に群がる魔物を全て倒し、謁見の間で国王から礼を受けたのは、すっかり日が暮れてからだった。
「はあ……」
サスケは曖昧な返事をした。
「まあよい……それと、エクレア」
「はい?」
国王は静かに頷いた。
「そなたの力、とくと見させてもらったぞ。…とは言っても、最後はカーシスとじゃんけんをしたと言っておったか」
顎鬚を撫でながら、国王は声を上げて笑った。
どうやらじゃんけんの勝者はエクレアのようだ。
「ありがとうございます。……まぁ結局なにもないんですけどね」
エクレアを見下ろしている国王は、顔を渋らせた。
「なんじゃ、知らんのか?この大会で優勝した者は、そのうち開かれる大陸同士の対抗戦に出なければならないのだぞ」
それを聞いてエクレアは驚いた。そのようなことは聞いていない、というように彼女はサスケの顔を見た。
「だから嫌だったのに…」
やっぱりこの大会がどういうものかわかってなかったんだな、とサスケは呟いた。
「まあ、日はまだだいぶあるが、それまで鍛練を積んでおくのだぞ」
国王は話しを続けていたが、エクレアは聞いておらず、サスケにいきなり飛びついた。
「うえ」
と、苦しくてたまらずサスケは嗚咽を漏らした。
「嬉しい……!なんだかよくわからないけど、つまり私すごい大会に出れるのよ!?」
玉座の前だということを忘れ、エクレアは大声で喜んだ。
それを見て国王の顔にも笑顔が見えた。
「そ、そんなに嬉しいの?」
苦笑いしながらサスケが訊いた。
「うん!だって……」
と、そこでエクレアは言葉を切った。どうやらようやくここは玉座の前だと思い出したらしい。
「…あ、……すいません」
「よいよい、なににしても、大会は頑張るのじゃぞ」
それから国王は思い出したかのように、
「そういえば、仲間の一人を、ルークリウスまで送る…と言ってたな?」
と、付け足した。
「はい、だけど大会の日には戻ってきますので…」
「大丈夫じゃよ。その日が近づいたら、各大陸に兵士を送る。だからおまえたちは好きなところへ行ってもよいぞ」
それを聞いて、エクレアは顔を輝かせた。
「そうですか?ありがとうございます!」
「ふむふむ、それでは今日はこのくらいにしておきましょうか」
手持ちの時刻表を見ながら臣下が言った。
「むう?もう時間なのか…?残念じゃ……」
「それじゃあ、僕たちは宿に戻ろうか?」
サスケが扉を正面に見た。
「そうですね」
疲れているのか、ミライアは力なく微笑んだ。
「それじゃあ王様、また…」
四人は礼をし、謁見の間をあとにした。
門番の兵士に見送られ、城から出ると、人々の歓喜の声が聞こえてきた。
「大会の話しでもしてるのか?」
暗い空の中、点々と光る星を見ながら、カーシスは言った。
「明日からは、また旅かぁ……」
何となくサスケはそう思っていた。次は隣国へと向かう。自分としては行ったことはないので楽しみ半分、それと旅がまだ続くということで鬱が半分といったところか。
「なんだか疲れちゃった……」
その隣で、エクレアは欠伸を手で抑えながら言う。
「もう寝ましょうよ…」
「それはダメ。お風呂入ってから!」
ミライアが言うのを、エクレアは制した。
「ああ…そうだな」
カーシスは剣を鞘ごと肩に乗せ、のんびりとサスケの後ろについて歩く。
そして、そんな三人が宿屋へ歩いて行くのを、エクレアは後ろで眺めていた。
一点だけそれを見ると、やがて彼女は肩で息をし、離れた三人の後へと向かった。。
五章 大会当日―更なる旅立ち― 完