七章     開花する力

 

 

 

 

「ようこそ、ここが王都ルークリウスです」

 ミライアは大仰に手を広げて三人に向き直った。

「大きいとこねえ。だけど、ファーエルとなんかちょっと違うわね」

 王都の正門を抜けると、そこに見えたのは大規模の住宅の集まりだった。遥か遠くに城が見える。

 ルークリウスは、昔からファーエルと共同して晶術の研究、発展に力を注いでいる国である。その為か、他に学校等の大きな建物がいくつか見られる。

「私の家は、一番奥のところにあります。ついてきてくださいね」

 ミライアが先頭を歩いている後ろ姿は、どことなく高揚しているように見えた。

 活気に満ちた人々が詰める道を抜けていくと、更に各家の所有地がかなり広い奥の住宅街へ出た。

「なにこれー!おっきい家ね」

 エクレアが目の前の家の大きさに声を張って叫ぶ。

「掃除が大変そう……」

 その隣でサスケは苦い顔をして、いかにも『僕は庶民です』というような感想を述べている。

「もう少し歩きますね」

 ミライアが指差した先の家は、城の左側に見えるここの住宅よりも更に大きいものだった。

「ミライア……って、すごいお嬢様だったのね…」

 あまりの大きさに唖然としながらエクレアが言う。

「ミライアの格好見たらわかるだろうが。…それより早く行こうぜ」

 長旅で疲れて、早く休みたいという気分が一層強くなったのか、カーシスがせがむように言った。

 

 

 

 ミライアの家は近くまで来ると、端が小さく見える程の広さだった。

 玄関手前の庭には個人所有の噴水があり、屋敷前方を花畑で埋め尽くしている感じだ。

 そして玄関扉を開けて一番始めに見えたのは、広間を行き来している無数のメイドたちの姿であった。

「あ、お嬢様!お帰りなさいませ!」

 前を通ったメイドの一人がミライアに気づくと、慌てて奥の階段に向かって声を張って叫んだ。

「旦那様―!お嬢様がお帰りになりました!」

 ややあって赤い絨毯を敷いた階段から降りてきたのは、以前見たことのある男であった。ミライアの父、ルウェン・エルフィシルだ。

「おお、ミライア!帰ってきたか!」

 娘の帰りを心待ちにしていたのだろう、ルウェンはミライアを一度抱き締めた。が、すぐに離れて後ろにいる三人を見る。

「娘を連れてきてくれて、本当にありがとうございます」

 頭を深く下げ、三人に礼を言う。

「いえ、こっちも事故にあってこちらに着くのが遅くなってしまって…」

 サスケも頭を下げる。

「いえいえ、さぞや大変であったでしょう。まあ、とにかく上がってください」

 ルウェンの後に続いて階段を上がり、接客用の居間へ連れられた。

 手前のソファを指され座ると、メイドが飲み物を六人分運んできた。

「ああ、どうぞ飲んでください。美味しいはずですよ」

 お茶の中身はハーブティーであった。サスケは苦しい顔をしたが、ルウェンが勧めるので一口だけ飲んですぐに受け皿にカップを置いた。

「すぐに帰るつもりですか?」

 なにとなくルウェンが訊ねてきた。

「いえ、城に寄るつもりでいるんですよ。ちょっと用ができたもので…」

 カーシスはカップを口から離して言った。

「ほう、それではミライアがいればすぐに謁見ができるでしょう」

「どうしてですか?」

 それをミライアが答える。

「父は学者でもあって城の関係者でもありますから、好きに行き来しているんです。それで、父の仕事の付き添いのときは娘の私も城に行けるんですよ」

 そんなことを聞いていると、突然後ろのドアが勢いよく開いた。

 女性が小走りでこちらにやってきて、ミライアのほうへと駆けていった。母親だろう、清楚な顔立ちをしていて、ゆったりとした袖に足下まである緋色のスカートのドレスを着こなしている。

「ミライア!よく帰ってきましたねえ…、私はもう…心配で心配で……」

 ミライアの母親を見て、六人目のお茶はこの人の分だったんだな、と納得する。

「それで、こちらの方たちは?」

「ああメリル、紹介しておこう、ミライアを送ってくださった方々だ」

 メリルは三人を等分に見て、それから頭を下げた。

「どうもありがとうございます、娘がお世話になって……。お礼といってはなんですが、今日は是非泊まっていってくださいな」

「いや、私たちはすぐにおいとましますので………」

 エクレアが断ると、

「あの、私からもお願いします。一晩でも泊まってください」

 とミライアは前に乗り出して言う。

「んー…それでもまずは城に行かないと……」

「あ、そうでしたね…。それでは行きましょうか」

 席を立ち上がると、ドアが開いて先程のメイドがやってきた。

「旦那様、別室で王子がお待ちですよ」

 しまった、という顔をしてルウェンは急いで立ち上がり、

「すぐに行く」

 とメイドを追い返した。

「すっかり忘れていたよ、今日は王子が来るんだった」

 階段を降りてルウェンは王子の待つ部屋のドアを開けた。中にいた王子が―遠くで顔は見えなかった―こちらを見ているのにエクレアは気づいた。

「サスケさん、先に少し町の中を歩いてみませんか?案内しますよ」

 その隣でミライアはなにとなくサスケに誘いをもちかけた。

「いいですね、それじゃあお願いしますね」

「はい」

 ミライアは笑顔で返事を返した。

 

 

 

「なんだか落ち着けない家だったな」

 城までの道で、カーシスがいきなり言い出した。

「そうでしたか?」

 ミライアが訊ねると、

「あれだけ広いとね。私たちの家が倉庫みたいに思えちゃうわね」

 エクレアは声を出して笑った。

「こらこら、失礼だよ二人とも」

 サスケは嗜めたが、自分でもあれは広すぎだな、とか内心思っていたりもする。

「お、城門だ」

 兵士が四人、門の前に立っている。ミライアは一人兵士の傍まで駆け寄り、なにかを話し始めた。

「いいですよ」

 ミライアが手招きすると、四人は城に入っていった。

「謁見できるのか?」

「はい、そのまま行っていいらしいです」

 特に会話もないので、それきり無言で謁見の間に入って行くと、玉座に座っている長い銀髪の王と、その隣に先程ミライアの家にいた王子が立っていた。

「おおミライア、戻ってきたのか」

 王はまずミライアに目を向けた。

「王様、今日来たのはこちらのサスケさんが用があるので」

 ほう、と王は顎鬚を撫でる。どこか落ち着いた雰囲気だが、その行動からでも威厳が感じられる。

「ミライアを送ってくれた者たちか。話を聞くぞ」

 サスケはミライアの隣に進み出て口を開いた。

「えっと…サスケといいます。本来ならば言わなくてもよいことだったのですが……、城と町、及びその周辺の警備を堅くして下さい」

「どうしてだ?」

「ファーエル国で大量の魔物の群れが城を攻めてきたことがあったのです。その魔物を操っていた者がいて、その男をこちらの大陸でも見かけたものですので……」

 話しの途中で隣にいた王子が進み出てきて、サスケをミライアから遠ざけるように離した。

「おい貴様、平民風情がなに偉そうなことを言っている」

 王子はサスケと違い、エクレア位の背丈であった。整えた金髪の髪の毛に、外地は緑、裏地は黄色のマントを羽織っている。腰には膨らみを持たせた柄の剣を下ろしている。

「はあ……」

 どう対応していいのかわからず、サスケは首を傾げた。後ろでエクレアはむっとした表情でそれを見ている。

「このチビが、女みたいな軟弱な格好しやがって」

 さすがにサスケはこの言葉には堪えた。チビ、の一言は彼を少しばかり怒らせることになったが、サスケは堪えている。

「ランス!失礼だぞ!」

 王が息子に怒鳴っている。民衆の前で怒鳴られる王子は、ある意味珍しい存在なのかもしれない。

 だが王子は構わずにサスケが腰に下ろしている剣を見ると、鼻で笑った。

「剣なんて持ちやがって、おまえにそんなもの振れるのか?」

 見下している王子の態度に、エクレアはついに我慢が出来なかった。

「なに言ってるのよ、王子のくせに態度悪いあなたよりはずっと強いわよ」

「なんだこの女?口が悪いぞ」

「そっちのほうが悪いと思うがな」

 さすがに傍観してもいられず、カーシスも腹立たしげに言った。

「まったくよ。使えるんだかわかんない剣なんて持っちゃって、子供に刃物を持たせると危ないって、知らないの?」

 挑発的にエクレアは言った。案の定王子からは怒りの形相が見える。明らかに子供扱いされて怒っているのだろう。

「なんだと!俺はもう十六だ!剣はこんなチビより充分に使えるさ!」

 サスケに指差して王子が怒鳴った。またしてもチビと言われ、サスケはぐさりと胸を刺された感じがした。

「サスケより二つ上なだけでしょ。威張ることじゃないわよ」

「ほらエクレア、失礼だよ」

 それでもサスケはエクレアを宥める。

 そこに呆れながら様子を見ていた王が急に口を開いた。

「エクレア、とかいったな?王子はこれで結構なかなかの者なのだがな…」

 そこですかさずカーシスが提案する。

「まあ、要は二人が戦えばいいんだよ」

 エクレアはそれを聞いて顔の前で手を叩いた。

「あ、それいいわね」

 腕組みして王子が首を振った。

「ばかばかしい、こんな弱い奴と斬り合っても恥なだけだ」

 そんな王子にエクレアから一言。

「臆病者ね」

 聞いた王子の顔が再び険しくなる。

「…そこまで言うならやってやるよ。父上!闘技場を使わせてもらいます」

 王子は言うや否やサスケに肩をぶつけて、

「ミライアに近づくな」

 と吐き捨てるように言って去っていった。が、サスケは聞いてなかったのか、エクレアに渋る表情を向けていた。

「なんで僕が王子様と戦わなきゃいけないのさ」

 王子が見えなくなったのを確認して、サスケが言った。しかも闘技場を使うときた。明らかに時間の無駄というかなんというか、王族は余程暇なのか?さすがに呆れてしまう。

「もう!サスケはこのままコケにされたままでもいいの!?」

「いいよ」

 別に、という表情でサスケは言った。エクレアは呆れたようにそれを見ている。

「すまんな、王子もあれで頑固でな。サスケよ、もし王子に勝てるならとことん負かしてやってくれ」

 玉座から王が立ち上がり前に出た。威厳に満ちた感じは消え、どこか保護者の面影を帯びている。

「……適度に頑張りますよ」

 それを聞いてエクレアは首を振った。

「ダメよ。それじゃあ王子の為にならないわよ。一度年下に負けて性格を変えるべきね」

 まあそういうことなら、とサスケはようやく少しは戦う気になる。

「わかりましたよ。それじゃあミライアさん、闘技場ってどこですか?」

 と、突然いままで会話に参加していなかったミライアに話を振る。

「はい、案内しますね」

 そう言って王に礼をして謁見の間を出た。サスケとエクレアも後ろに続くが、カーシスだけはそこに残った。

「王様、サスケは本当に強いですよ。いくら頑張っても一撃も食らわせれないで負けますよ」

「そうか……」

 カーシスはなにか言いたそうな王に一礼して部屋を出た。

 

 

 

 闘技場は城の奥に建てられてあった。中は以外とファーエルの闘技場と似たような造りをしていた。

「そういえば、なんで王子はミライアさんに近づくな、って言ったんだろ?」

 聞いてないようで聞いていた。控えの場所に行く途中にサスケが呟いた。

「……鈍いわねえ」

 エクレアは肩で息をして言った。

「ミライアさんはもう一緒に旅はしないのに……」

 ミライアは一瞬、ハッとなったがすぐに控えの席が見えたので、話しを変えようとした。

「サスケさん、あそこですよ」

「あ、そうですか。ありがとうございます」

「サスケ、客席で応援してるからね」

 サスケは少し微笑んで、

「ありがと」

 と言い、控えに向かった。

 

 

 

 しばらくして、フィールドにサスケと王子のランスが出てきた。

「きたきた。頑張ってねー」

 エクレアは手を振った。

「頑張ってくださいねー、サスケさん」

 ミライアもサスケに呼びかけた。

(クソ……)

 それを見ていたランスは痺れを切らして剣を抜いた。

「さあて、サスケはどんぐらい強いかな」

 欠伸をしながらカーシスはぼーっとしているサスケを見ていた。サスケ自身、

(こんなことで闘技場使うなんて……なんだかなぁ)

と、また王族相手に呆れていた。

「それでは…」

 審判が前に出て来て、サスケも剣を抜いた。

「始め!」

「やあああああ!」

 開始早々、ランスはサスケに斬りかかった。

 だがその刃は難なく避けられた。

「なかなかすばしっこいじゃないか」

 ランスが挑発しているのにも気づかずにサスケは、

「ありがとうございます」

 と礼を言った。

「はあ!!」

 ランスはもう一度サスケに斬りかかった。サスケは下がりながらそれを受ける。

 しばらくは刃がぶつかり合う、乾いた音だけが響いた。

「王子もそれなりね」

 エクレアがサスケを凝視しながら言う。

「だけど弱いな」

 その隣でカーシスはサスケがいつまでたっても反撃しないので苛立っていた。

(……………)

 剣を交わらせながら、サスケの意識は別の場所にあった。

 この感覚は、つい最近から起こっていた。魔物を感知でき、戦闘で視野が広くなり、自分ではなく別のモノが自分を支配しようとしている感覚。一種の開放感にも似ていた。頭の中がすっきりと整理され、相手の動きが手に取るように分かる。ランスが繰り出す剣撃など、止まっているように見える。

 と、不意にランスが後ろに下がって、指を顔の前に立てた。それに反応し、自分を支配しようとしていた感覚が消えた。

「あ」

 そして、呑気にサスケがそれを見みていた。

「ストーンザッパー!」

 拳大の石がサスケに向かって跳んできた。

(どうやって負かせばいいかなぁ…?)

 意識が戦闘にすっかり戻り、すべて石を避けるとサスケは剣を逆手に持ち直して晶術の詠唱に入った。

「デルタレイ」

 サスケの周りに三つの光球が現われ、ランスに向かって飛んでいった。

「くっ」

 辛くもランスはかわしたが、マントに雷球の一つが当たり焦げた臭いを立ち込ませる。

「トリニティスパーク」

 高圧な雷の巨大な槍がランスの目の前に突如現われた。横に転がり避けると、雷の槍は柱を貫き、それを崩す。

「うまいわね。晶術のレベルの違いを見せてるわ」

 エクレアが感心したように言うと、ランスは聞こえたのか、剣を振り上げてサスケに斬りかかろうとした。

「魔神剣!」

 だが剣圧の衝撃波によって、ランスの体が浮いた。

「双牙!」

 サスケが上げた剣を振り下ろすと、更に二つの衝撃波がランスの手甲を破壊した。

「うわあ!!」

 そして、不意にサスケが跳んだ。

「えっ?」

 ランスは目の前からサスケが消えたと思うと、首筋に違和感を覚えた。

 サスケが背を向けて剣の刃をランスの首筋につけていた。

「ひっ」

 あまりの恐怖でランスは思わず悲鳴を漏らす。

 ほぼ見えないサスケの動きに、審判は勿論、エクレアもカーシスも息を呑んだ。

「速い……」

 エクレアがサスケの動きに目を見張っていた。

「あいつ………」

 普段、サスケと前衛にいたカーシスでさえも、サスケの動きに固唾を飲んだ。

「そこまで!」

 ようやく審判がサスケの剣を認め、試合が終わった。

 

 

 

「いやぁ、サスケ君は凄く強いんだな!」

 ミライアの家の夕食の席に呼ばれた三人の前で、どこからか見ていたルウェンが熱く言った。

「はあ、どうも……」

 興味なくサスケは曖昧に返事をした。

「そんなに若くしてどうやった稽古をしていたんだい?」

 稽古、と聞いてサスケは考えを巡らせた。

「いや、稽古ってしたことあったかな?」

 考えているサスケにカーシスが口を挟んだ。

「大学に行ってたんだから稽古なんてしてねえだろ?やっても狩りくらいだな」

「ほお、ということは天性の素質か……。だからパーシアルシェイドをも倒せたんだな」

 ルウェンは炭坑で助けられたときの出来事を思い返していた。

「そうだ、サスケさん。この料理の味、どう思いますか?」

 いきなりなにを、とルウェンは苦笑いした。

「サスケさんの作る料理ってとても美味しいのよ。だからどうかなって……」

 だが娘の話を聞くと、ルウェンは面白そうにサスケを見る。そして、彼の目の前に置かれている―未だに手が付けられていない―料理を目で探した。

「なるほど、それじゃあサスケ君、家のシェフにつくらせたこの料理の隠し味にはなにが使われているかわかるかな?」

 と、一つの魚料理を指した。

 サスケは出された料理はどれも手をつけていなかった。いわれた魚の切り身を一口食べて、少し考えた。

「すり潰したハーブを絞ったレモン汁と赤ワインに浸して寝かせたものを使ったもの……ですか?」

 それを聞いて感心したようにルウェンは大きく頷いた。

「おお!まさしくそれだ。いや凄いな」

「この子は家にいるときはいつも家事しかしてないから得意なんですよ」

 エクレアがサスケの頭を撫でながら教えた。居辛そうにサスケはその手から逃れる。

「大学にも行っているというから文武両道、家事も出来て物腰も柔らか、まさに理想の主夫だな」

 ルウェンが頷きながら言う。その隣で訊いていたミライアは、何故か頬を染めサスケから視線を反らした。

「物腰柔らか、というよりは呆けてるだけだな」

 カーシスがエクレアにこそこそと耳打ちをしている。聞いたエクレアは可笑しくて吹き出している。

「さあて、それじゃあそろそろ食事も終わりにしましょうか」

 メリルが手を叩くと、数人のメイドが一斉に出てきて食器を下げていった。

(あれ……)

 エクレアはメイドとミライアを見比べた。多少造りが違っていても、確かにミライアの服もメイド服であった。

(全然気が付かなかった……)

 だが口には出さずに、部屋を後にした。

 

 

 

 ミライアがサスケに王都の案内を申し出たのは、翌昼のことだった。

「そうでしたね。行きましょうか」

 本を手に持っていたサスケは、それを革袋に放り込み部屋を出た。

 階段を降りる途中、後ろから微かな視線を感じた。

「ねえ、聞いた?お嬢様の隣にいる男の子……」

「サスケ君、だっけ?可愛い子ね。聞いたわよ、王子を叩きのめしたって…」

 メイドの話し声が聞こえる。

「ま、たまには王子も痛い目見なきゃね」

 と突然、玄関扉が勢いよく開いた。入ってきたのは噂の元のランスだ。メイドたちは王子を見るや否や、慌てて口を噤んで仕事に戻っていった。

「ミライア……」

 ランスは緩んだ表情でミライアに声をかけたが、隣にいるサスケを見るなり表情を険しくした。

「なんで貴様がここにいる?」

 相手にするのが面倒だ、というようにサスケは言葉少なげに答えた。

「泊まったからですよ」

「こんな貧民みたいなチビを泊めて……、ミライアも気が滅入るだろう?」

 相当怒っているな、と思ったのも無理もない。試合のとき、サスケはあれだけの攻撃をしたのに、ランスの体は傷一つ負っていなかったのだ。端から相手にされていないことをようやく理解したランスは、その後無言で闘技場を後にしたのだ。

「なあに、王子様いらしたの?」

 背後で声がした。―エクレアだった。

「黙れ」

 ランスは階段上のエクレアを睨みつけるようにして見た。

「口の減らない王子様ね。サスケのほうがよっぽど可愛げがあるわ」

 同意を求めるようにエクレアは隣にいるカーシスを見た。

(俺に言われても困る……)

 だが思っても口には出さない。後の結果が目に見えているからだ。

「どうした、なんの騒ぎだ?」

 開け放たれたままの扉からルウェンが入ってきた。

「いえ、なんでもありません」

 即座にランスが答えた。

「…まあいい。皆さん、王が呼んでおられます。いらして下さい」

 ルウェンに言われ、サスケたちは城に向かった。

 

 

 

 謁見の間に入ると、王と―恐らくは兵士長だろう―高価な装飾の装備をした兵士が立っていた。

「どうしましたか?」

 サスケが訊いてみると、王は重い口を開いた。

「……お主の言う通りだった。今朝巡回の兵士が南西の岬付近で、かなりの魔物の群れを見たというのじゃ」

 聞いていたランスの顔に恐怖が浮かんでいる。

「だとしたら、その岬の近くにあの男がいるかもしんねえな」

 カーシスが続けて王に訊いた。

「王様、その岬に行く方法は……」

「街道は魔物で一杯じゃ。…だが脇の森から入れば…、あるいは……」

 サスケは思案を練りながら聞いていた。

「森から…」

 と、それを遮るかのように横からランスが口を挟んできた。

「父上!なぜこのような平民にわざわざそのようなことを話すのですか!!」

 王は顔を上げ、息子を見る。

「お主もサスケの実力を知っているだろう?あれ程の……」

 言いきる前にランスは声を張って叫ぶ。

「もう結構です!!こんな平民に頼るくらいなら、私がその魔物を操ってるという男を殺してきてみせます!!!」

 それだけ言うと、止める間もなくランスは走って城から出ていってしまった。

「…バカ息子め」

 王は目の前にいる四人に頭を下げた。

「このとおりだ。息子を連れ戻してきてくれ。魔物はこちらでなんとしてでも食い止める」

 明らかにエクレアは嫌そうな顔をしたが、王の頼みとあっては断れない。

「わかりました。必ず連れ戻しますね」

 言うと四人は城を出て、岬へと向かった。

 

 

 

 王のいう森に入ってからサスケたちは、辺りを用心しながら岬へと進んだ。空は曇りがかって、辺りが薄暗く思えた。

「うわ、かなりいるわね………」

 エクレアが見た森の先には、様々な魔物が群れを成して街道を歩いている。

「急ぎましょう」

 ミライアが先頭で足早に歩いていった。

 それからしばらくして森から出ると、潮風の香りが鼻に突いた。岬に出たらしい。すぐ近くに断崖があった。

「いた!」

 先に出ていったランスが木の陰で倒れていた。カーシスが抱き上げると、全身傷だらけで息を荒げていた。

「く…、おまえたちか…。逃げたほうが…いいぞ……」

 カーシスはランスにそれ以上喋らせないようにすると、出てきた森の傍にランスを隠した。

 岬の先を進むと、岸壁が見えた。その端に男は立っていた。

「また来たのか……」

 もはや聞きなれた声が響いた。

「王子をやったのはおまえだな」

 男はフードの奥で笑うと、おかしそうに言った。

「ああ、あの小僧か……。いちいちうるさかったのでな、黙らせただけだ」

 サスケとカーシスは剣を抜いた。エクレアはグローブをきつく握り直す。

「貴様等も邪魔だ。エントラスを殺し、せっかく手に入れた魔物を城目前で全滅させ、挙句にゲアゼルバレスまでも……。もう殺す……」

 男は羽織っていた漆黒のマントのフードを脱いだ。長い白髪と真紅の眼が印象的な、整った顔立ちをしている。腰には村で交えたことのある剣を下げていた。

「サスケにエクレア、といままで呼び合っていたな?それとカーシスとミライア……。我が名はダンティンス。容赦はしないぞ…」

 ダンティンスの周りの晶力が高まる。それもかなりの量だ。サスケたちは恐怖を感じた。発動される前にサスケとエクレアはヒールを、ミライアはリザレクションの詠唱に入った。

「鳴け…、ゴッドパニッシャー…!」

 周りの大気が渦を巻いた。それは巨大な竜巻となって四人に襲い掛かる。―最上級晶術、ゴッドパニッシャー。上級晶術の何倍もの高威力の術だった。竜巻が背後にもう一つ現われ挟み撃ちにされた。それをサスケたちに避ける術はない。

 迫り来る竜巻に四人は切り刻まれた。血が飛び交い、その中あらかじめ唱えておいた回復晶術が発動した。断たれる骨などが急速に元通りになっていく。だがその回復は最上級晶術の威力には追いつけない。回復するよりも早く新たに傷ができ、竜巻が消える頃には死にはしていないものの、もはや立てない状態でいた。

「ぐ…く……う…」

 うつ伏せに倒れたカーシスは取り落とした剣を掴もうと、手を地面に這わせた。

「ほお、しぶといな……が、いま楽にしてやる…」

 ダンティンスは剣を抜いて振り上げた。だがそこに、傷だらけのエクレアの拳が入る。

「邪魔だ!」

 ダンティンスはエクレアを斬ると、彼女は弾き飛ばされ崩れ落ちた。

「そこまで早く死にたいか……」

 今度はエクレアに剣が振り下ろされる、しかしサスケがそれを間一髪で防ぐ。

「エクレア……早く、ここから…!」

 サスケはダンティンスを蹴り、跳躍し虎牙破斬を放った。だが体力のない状態の技などは、いとも簡単に弾かれてしまう。

「もう死ね……」

 そして着地した隙を突いて、ダンティンスはサスケの胸に剣を突き刺した。

「サスケ!」

 エクレアはそれを見て声を張ってサスケを呼んだ。

 サスケの瞳が驚きで見開かれ、揺れた。胸から血が噴き出す。もはや声も出ない。突き飛ばされると体を弾ませて地面に転がり、動かなくなった。

「あ……あ………」

 エクレアは動かないでいるサスケを見た。見続けた。だがそれをダンティンスが遮る。

「今度こそ…死ね……」

 薄れる意識の中、サスケはエクレアを見ようとした。視界が霞み、体は重くなっていく。全身の感覚が麻痺しているのか、それに痛みは感じない。

(もう、だめ…だ……、このまま……)

 遠くでダンティンスの剣が振り上げられる。

(このままじゃ……が…死ぬ……。それだけ…は……)

 だがそのとき、サスケの中でなにかが響いた。

(………だ…………わ…れ……)

 それは音ではなかった。間違いなく人の声。だが、いまのサスケには聴き取れない。

(な………に……)

 しかし、そんなことはどうでもよかった。この状況から脱したい。死に向かう自分だったが、それだけを考えていた。

そしてサスケは、薄れゆく意識が、自分の心の中に入るのを感じた。

「死ね」

 ダンティンスがもう一度言うと、エクレアに剣を振り下ろした。

(サスケ……!)

 エクレアは目を瞑ってサスケの名を心で呼んだ。既に諦めていた。ここで自分は死に、この世ではない何処か、そこにいるサスケに追いつくだろう自分を考える。

 だが、いつまでたっても身体が斬られない。思考を止め、エクレアは面を上げると、そこには先程胸を貫かれたサスケの姿があった。

(え………サス…ケ……?)

 サスケはダンティンスの剣を止めている。だが、その後姿はサスケではない、別人のようにも見える。

 徐々に体力が奪われていく。エクレア気を失う前に、振り向いたサスケの、光が薄れている瞳が見えた、そんな気がしていた。

 

七章     開花する力 完