九章 消える空
正門に走るサスケを待ち構えた魔物が、その豪腕を振り上げた。
側面に回避したサスケは、双剣で魔物を切り刻む。
「カーシス!」
振り返りサスケが呼ぶと、カーシスは乗ってきた馬から降り、既に剣を鞘から抜いていた。
「こんなことになってるってことは……、城か…!」
頷いてサスケは城を見た。白煙や黒煙が入り混じり立ち込めている。
城までの道を走ると、不意にサスケはあることに気づいた。
「そういえば…、ミライアさんの家は、大丈夫なのかな…?」
走りながら聞いていたカーシスは顔を渋らせた。
「そうだった……、ヤバイかもな…」
ミライアの家は城との道を逆に行かなければならなかった。
分かれ道から左へと進み、他の家とはかなり造りが違うミライアの家が見えた。それに火の手が上がっている。
走る速度を上げ敷地内に入ると、崩れた外壁にルウェンが座って寄りかかっていた。
「ルウェンさん!」
サスケは彼を見るなり叫んだ。額から汗と血が混じって流れている。
「いま手当てを……」
回復晶術を使おうとしたが、突如空中から襲ってきた黒い影にそれを阻まれてしまう。
「プレーリーホーク…!」
空中を舞う怪鳥を見てサスケは言った。更に二足歩行の狼ウェアウルフがこちらに走ってくるのが見えた。
「はあっ!」
サスケはプレーリーホークの位置を見極め、地を蹴って跳び双剣を振り上げた。怪鳥に双剣の太刀を浴びせ、翼と首筋を切り裂く。―特技、飛連斬。船が港に着くまでの間に、カーシスに相手をしてもらって習得した、本に書かれてあった技だ。更に跳躍の頂点で勢いをつけ、地上にいるウェアウルフを切り倒す。
魔物が他に現れないのを確認して双剣をカーシスに渡し、サスケはルウェンに回復晶術を唱える。
「…ふう……」
だいぶ楽になったのか、ルウェンは安堵の息を吐いた。だがすぐにその表情は険しいものとなる。
「サスケ君!大変だ…、城に、魔物が侵入した!」
やっぱり、とカーシスは思いサスケに双剣を渡して、
「なら早く行こうぜ!王様が危ねえ」
先を促した。
ここは大丈夫だ、と言うルウェンを一人その場に残して、サスケとカーシスは城に突入した。
城を徘徊していた魔物に遭う度に斬りつけて死体の山を築いていく。
「どこだ……?」
二人は謁見の間に向かおうとしていた。ふと横を見ると、王の息子、ランスが倒れている。
「王子!」
駆け寄ると、ランスはぐったりとしていた。だが見ると急所は外れていて、傷も深くない。二人の姿を確認したランスは、口を動かした。
「…僕のことは…いい……。それより、父上…に、男が二人……」
言い切る前にランスは気を失ってしまった。傷の手当てをして謁見の間までを駆ける。
「エンハンスよ…、どうしても我等に手を貸す、ということはしないのか…?」
静けさが漂う謁見の間に、王エンハンス・R・ルークリウスと、外套を纏った男二人が立っていた。
「当たり前だ…!どんなことがあろうとも、我が国の民を売るような真似はせんぞ!」
玉座に座っている王の額には汗が滲んでいた。だがその表情には迷いはない。
「ならば仕方がない……、元同族で気が引けるが…」
男の一人が王に向けて手を広げた。晶力が高まる。
ルークリウス王の目が見開かれた。
「王様!!」
サスケが勢いよく謁見の間の扉を開くと、丁度王が傍にいる二人の男に吹き飛ばされたところだった。
柱に激突した王は、したたかに体を打ちつけ呻いている。
外套を纏った男の一人がこちらに気づき、振り向いた。
「……誰だ…」
訊かれるのも構わずカーシスは剣を抜く。男二人からは負の気が感じられる。
「王様になにをした?」
王を視界の端に据えながらカーシスは二人の男を見た。
「…城の兵士ではないな……」
見ればわかるだろう、とばかりにサスケは首を傾げるが油断無く身構える。
もう一人の男も前へ一歩踏み出す。
「まあいい……、殺しておくか…?」
外套の下から笑みを浮かべた男二人は、それを脱ぎ捨てた。
「あ……」
サスケは言葉に詰まった。
男たちはどちらも整った顔立ちをしていた。腰に剣を下げている男は、長く伸ばした茶髪を後ろでゆったりと一本に編んでいた。黒を主としたローブに、髪の色と同じ茶の刺繍が施されてある。もう一人の男は前にいる男よりも更に髪を膝まで伸ばしている。編んでいない、そのままにしている淡い青髪をばらしている。
その中で、特に二人の目を惹くのは、長い耳と真紅の眼であった。ダンティンスも真紅の眼であるが、彼のより二人の眼は明るい。
「エルフ……」
サスケは出かかっていた言葉を出した。彼等がエルフならばその長い耳も、変に伸ばしている髪もわかる。
「どうした…?なにか言いたそうだな…」
その通りだった。サスケの知っている限りでのエルフという民は、他国との干渉を王族以外は殆ど受け付けてはいない。晶術やその他の術に長け、弓術や剣術なども扱える種族だ。だが彼等は好んで争いはしないはずだ。サスケはそう教わっていた。
「訊かなくてもわかるだろう、ザクス。大方『エルフは争いを好まない優しい種族のはずだ』とか思ってるんだろうよ」
剣を抜いて男は微笑した。
「…そうだな。シルラク、早いうちにこいつ等を片付けようか……」
ザクスと呼ばれた男の周りの晶力が高まる。サスケも迎撃に備えて詠唱を始めた。
「やるか……!」
カーシスは剣を構え走り、シルラクと刃を交わらせた。火花が飛ぶ。
「ほう…やるじゃないか」
シルラクはカーシスの剣を押し返すと、反動で雷の晶力を込めて剣を振るう。
「翔閃雷斬破!」
カーシスも踏み止まって奥義を放つ。縦横に剣を振るい、徐々に剣身を帯電させていき、それを相手に向けて放つ。
互いの雷を纏った剣を再びぶつけあい、スパークを起こした。
「スラストファング!」
サスケは双剣を前に突き出し、風属性の中級晶術を唱えた。
真空の刃が詠唱中のザクスを襲う。
「…エアスラスト」
ザクスはサスケと同じく、真空の刃をサスケに飛ばした。
「なに!」
危ういところでサスケはそれをかわした。ザクスもサスケの真空を既に避けていた。
「あの晶術は……」
サスケは驚きに目を見開いた。
(そうだサスケ、おまえの思う通りだ。気をつけろ…)
頭の中から別の自身が声をかけてきた。やはり、とサスケはザクスに向かって走りだし、双剣の一撃を見舞う。
だがそれは彼の晶力の塊で形成されている剣で防がれてしまう。
「ぐう……」
サスケは力比べではかなり分が悪い。弾き飛ばされ空中に放り上げられた。
「シャイニングスピア!」
ザクスは晶力の剣を散らし、そこから無数の光晶力の槍を形成しサスケを攻撃した。
「うわああ!」
右肩に傷を受けたサスケはそのまま地に落ちてしまう。
「サスケ!」
倒れた友の名を叫んだが、隙を見せてしまい、カーシスもシルラクに突き飛ばされてしまう。
「甘いぞ!貴様…」
シルラクが離したカーシスに吐き捨てるように言った。
「そろそろ最後にするか……」
ザクスの周りの晶力が高まる。しまった、と思ったサスケは目を細めた。
「ええい!」
だがそれを遮るかのように突然サスケの前を横切り、高い声が聞こえ、そして鈍い音がした。
「大丈夫?」
目を開くと、声の主のエクレアが立っていた。彼女はザクスに拳でも打ちつけたのか、後ろでザクスは胸を抑えて蹲っている。
「リザレクション!」
サスケとカーシスを包むように方陣が出現し、二人の傷を癒していく。ミライアの回復晶術だった。
「皆さん!」
ミライアが近づいてきた。走ってきたのか肩で息をしている。
「助かりました」
立ち上がりながらサスケが言った。と、突然辺りの景色が歪む。
(サスケ!今回は分が悪い。俺に代われ)
内側から声が響く。
「でも……」
サスケは呟いたが、
(あいつらの晶術を見ただろう?おまえにはまだ無理だ)
と代わろうとしないサスケに強引に叫ぶ。
「…わかりました」
観念してサスケは目を閉じると、意識が内に沈んでいくような感じがした。もう意識だけでいる。
「…カーシス」
ゆっくりと目を開けてサスケはカーシスに寄った。
「立てるか…?」
「あ…、ああ」
いつもとは違うサスケの口調に違和感を覚えながらも、カーシスは立ち上がった。
離れたところでエクレアとミライアがエルフの二人と対峙していた。
「蓮華裂襲脚!」
空中からエクレアはシルラクに蹴りを浴びせる。そのまま後ろへと突き放す。
「スプレッド!」
「スプラッシュ!」
ザクスと、少し遅れてミライアが水系晶術を唱えた。ミライアは下から噴き上げる水流に足下をすくわれ、ザクスは上空からの水圧に膝を曲げてしまう。
「はあああ!」
その隙にサスケは踏み込んでザクスの肩口に双剣を食い込ませた。苦痛でザクスの表情が歪む。
「ぐうう……」
「ザクス!」
シルラクはザクスに駆け寄ろうとしたが、カーシスが振り上げた剣を受けてしまう。
「さっき、甘いって言ってたのは誰だよ?」
挑発するようにカーシスは言ったが、シルラクはそれを無視してザクスに駆け寄る。
「こいつら……」
シルラクの後ろへ下がったザクスは晶術の詠唱を始めた。
「終わらせてやる……」
並ではない晶力の高まりにサスケは表情を固めた。
「猛き焔よ、汝に触れし物すべてを滅さん……」
ザクスの詠唱が聞こえた。サスケは目を見開く。その晶術はサスケとシルラクにしかわからない。エクレアたちは高まる晶力を遅くに感じた。
「…くっ!」
サスケは三人の前に立ち詠唱を始めた。
「消えろ!エクスプロード!」
ザクスが光槍を振り上げると、周囲の大気の温度が急激に上昇した。
「ロックブレイク!」
サスケは地の中級晶術を発動させた。目の前に巨大な岩鬼が競り上がる。それはエクスプロードで生じた爆炎を食い止めた。
「うおおおお!」
ザクスが更に晶力を高めた。炎の勢いが増す。サスケもそれに対応して同じように晶力を高めた。お互いの晶術がぶつかり合う。
そしてついに弾けた。
「………!」
目の眩む閃光と共に、双方の術は掻き消された。
「う………」
サスケは眩しさで細めていた目を開けると、既に二人のエルフの姿はなかった。だが倒した手応えを感じない。逃げたのだろう。
「サス……ケ?」
ふらつく足でエクレアが傍に寄ってきた。彼女は肘に裂傷を受けている。サスケは回復晶術を唱えようとしたが、頭に激痛が走り、額を手で抑えて蹲ってしまう。
「大丈夫?」
エクレアがサスケを覗き込む。酷くサスケの表情は疲れ果てている。精神力が尽きたせいだろう。
「ああ……、心配ない」
声を高くすることを忘れてサスケは言った。だがエクレアはそれには気づかなかった。
城の上空では、晶力で空中に浮いているエルフの二人がいた。
「いまのは…、古代呪?まさか、あいつはエルフではない筈だ……」
サスケの反撃してきた晶術を思いだしながらシルラクは言った。
隣で肩で息をしているザクスは肩に回復晶術をかけていた。
「もしや……いや、確証はないな…。行くぞ」
二人の姿は闇に包まれ、消えた。
半壊した謁見の間で王を起こすと、事態の発端を訊いた。
瞼を伏せ、深く息を吸うと王は話し始めた。
「突然だった。王都は魔物の襲撃を受けて、城の兵は皆外に出した。そこへあの二人が転移してきて、わしを襲ったのだ」
「あいつらは、一体どうしてこんなことを……」
「取り引き、じゃったな。国の民を差し出せ、そうすればおまえだけは助けてやる、とな」
王だけ、というのにエクレアは疑問を持った。
「どうして王様だけなんですか?」
「それは…、わしもあいつらとは同族だからだ」
王は長く伸ばした白髪を掻き上げた。そこからは、エルフ特有の長い耳がついていた。しかし、その耳は幾分短く見える。
「エルフ…だったんですか…」
驚いてミライアは言った。何度かは城に出入りしていたにもかかわらず、エルフである王の晶力の高さに気づいていなかった。
「わからなかったのも無理はない。わしは里を出るのとを引き換えに、その晶力の殆どを封印されてしまったからな」
更に王は続けて言った。
「わしはいまのランスの母親に出会ってな、愛してしまった……。だがランスはハーフエルフだが、晶力のないわしの息子だ、目の色もなんともない」
サスケは俗世を越えての恋を思った。王は仲間であるエルフを捨ててまで人間と共に暮らしている。王族であるランスの母親の父―先代の王―は二人を素直には認めなかっただろう。
「…あの二人は、闇黒の力に手を染めたのだろう、ダークエルフだ」
「ダーク…エルフ?」
カーシスが首を傾げる。
「エルフは純粋だ。それゆえに一度でも闇に手を出したら振り払う術はない。里を追放されてしまう……」
王は俯き、そのまま後ろを向いてしまう。
「……明日に、また来てくれ。渡したい物がある」
それだけ言って王は扉の奥へと消えた。
精神力が尽きたサスケは、ミライアの家の―数個所は角が崩れている―寝室で先に横になっている。
(あの二人は、形こそは違うけど、王様と同じで里を追い出されたんだな。だから、仲間になろうって、誘ってきたのかな……)
いつのまにかサスケの人格が戻っていた。意識でいてもかなり疲れが溜まっていた。戦ってくれていた片方を内に戻して休ませている。だが意識を共有しているのだ。同じ痛み、疲れをそのまま感じていた。
一息の安堵を漏らし、眠りに落ちた。
目が覚めたのは翌日の昼間だった。
サスケが寝ている間に屋敷の修理がおこなわれていた。
「あ、おはよう」
部屋に入ってきたエクレアが呼びかける。
「すっかり寝坊しちゃったよ」
こんなに眠ったのは久しぶりだな、とばかりに言う。
「サスケも起きたことだし、王様のところに行きましょ」
いつも通りのサスケを見て安心し、玄関までエクレアが促していった。
外に出ると、昨日の魔物の襲撃跡が残っていた。だが一日で殆どが綺麗になっている。
「カーシスとミライアは先に城に行ってるって」
まだ転がっている瓦礫を飛び越えながら進んでいくと、倒壊した城の城門が見えてきた。
そこにカーシスとミライアはいた。
「あ、来ました」
遠くでミライアがこちらを見つけた。
「遅くなってごめんね」
四人揃ってようやく城へ入ると、兵士の一人がこちらに気づいた。
「コラ!いま城は立ち入り禁止だぞ!」
偉そうに言い張っている兵士にサスケが一言、
「王様に来てくれって言われたんです」
と言うと、兵士はそれを確かめもせずに慌てて通してくれた。
「随分な奴だな」
後ろでカーシスがぼそりと呟く。
謁見の間はかなりの被害だった。晶術の爆発の跡がくっきりと床に残っており、絨毯は焼け焦げていた。
「おお、来たか」
待っていた王が四人を等分に見ると、袖の下から封書を取り出した。
「?」
なにも言われないまま渡されてサスケは首を傾げる。
「それをエルフの族長に渡してきてくれ」
エクレアはサスケの手にある封書に目を凝らした。
「…私たちって、里には入れないんじゃないの?」
エルフは他国に殆ど干渉しない代わりに、自国の干渉を許さない種族だ。
「わしの手紙だ。族長なら読んでくれるだろう」
「でも、里を追い出されたんでしょう?」
いや、と王は首を振った。
「族長のあいつは…クリウスは、最後までわしの味方だった。他のエルフの者は頑なにわしを外に出そうとはしなかった。クリウスだけが、わしと…イリアを許してくれた…」
そこまで言って一息吐くと、王は話しを進めた。
「おおそうじゃ、その手紙はクリウスに渡してきてくれ。ダークエルフまで出たのじゃ、このことはエルフの者たちに話しておかなければいかん。北西のユグルスの森の奥に里はある。気をつけて行ってくれ」
四人は王に一礼し、踵を返して城を後にした。
強行軍で歩き、二日目でユグルスの森の傍にある海岸沿いの村、ライルに着いた。
「さーてと、どこから森に入るんだろうか…?」
ユグルスの森は見えるが、切り崩した崖の上にある。規模の大きくない村を眺めながらカーシスはのろのろと歩いていた。
「あ、すみません」
エクレアは丁度傍を通りかかった老夫婦に声をかけた。
「あのう、そこの森に入るにはどこから行けばいいんですか?」
訊くと老人は村の外を指差し、
「おお、そうかい。それならそこから出て海岸を歩けば、ぽっかり穴が開いたみたいな入口があるが…」
そこで老婆が遮ってしまう。
「おじいさん、早くしないと……」
「ん?おお、そうだったな」
思い出したかのように老人は頷くと、老婆を手で制した。
「?どうかしたんですか?」
サスケが訊ねると、老婆は嬉しそうに言い、
「娘が孫を産んだんでねえ、早く見に行きたいもので……」
しわだらけの顔でにっこりと微笑んで瞼を伏せた。
「そうでしたか……。それなら、早く行ってあげてください。僕たちなら大丈夫です」
サスケが言うと、老夫婦はすみませんと頭を下げて去っていった。
「いい村ですね」
隣にいたミライアに訊いた。
「そうですね。それに緑が多くて、気持ちいい…」
ミライアは深く息を吸って、緑の新鮮さを感じている。
「ま、用事済ませて、さっさとルークリウスに戻りましょ」
先頭を歩くエクレアの後に続いて、海岸を歩いていった。
「うげー…、暗いなあ…」
日の光が殆ど届いていないユグルスの森は、かなりの規模であった。木々が光を遮っているので、じめじめとしている。伸び放題の草や蔦が行く道を塞いで進むのが困難になっている。
なにより、ここでも魔物が出てくるのでたまったものではない。
見た目が木と区別のつかないオークロッドや、凶暴な狼のガルフなどたくさんの数が一度に出てくる。
「…よくエルフもこんなところに住むわねえ……」
歩いても歩いても変わらない景色にうんざりしてきていたエクレアは、大剣で木の枝を切っていた。
だが小一時間位歩いていると、突然森が開けた。
「ここは………?」
サスケは辺りを見渡して唖然となった。
先程までの暗く湿った森とは違い、日の光が差し込んでいて明るいところであった。傍には川が流れている。だが、妙に静かだった。人影がまるでない。
「お、家だ」
カーシスが指差した先には、木の上や根元に建てられてある質素な造りの木造の家であった。
「じゃあここが……」
エルフの里、とエクレアが言う前に、数人のエルフがこちらに向かって走ってきた。
「おまえたち何者だ!なぜこのような場所にいる?」
槍を構えたエルフの一人がサスケに向かって叫んだ。
「えっ?ああ、僕たちは……」
答える間もなく後ろにいる他のエルフたちが晶術の詠唱に入っている。
「答えさせるまでもない!力ずくで追い返すのみだ!」
「はあ!?」
カーシスが驚いている間に、次々とエルフの唱えた晶術が襲ってくる。
「イラプション!」
「エアスラスト!」
「スプレッド!」
火、風、水属性の中級晶術が一度に発動した。
避ける間もなく四人は晶術で吹き飛ばされてしまう。
「何事だ!」
騒ぎを聞きつけたエルフの男が一人向かってきた。
「族長、侵入者です」
槍を構えたエルフは刃先を下げて言った。
「!」
族長と呼ばれた男が―王の言っていたクリウスだろう―倒れている四人を目に据えると、同族に向かい怒鳴りつける。
「彼らはまだ少年少女ではないか!おまえたちは……確かめもせずに、敵と決めつけるなどと……」
様子を見ていたサスケは、起き上がると懐から王からの封書を取り出した。
「あの……、クリウスさん?」
驚いてクリウスは振りかえった。
「…なぜ私の名前を?」
「ええっと、ルークリウス王からこれを預かっていたので…」
封書を手渡すと、クリウスはその場で開き、急いで目を通した。
「なんだと…!」
なにが書かれてあるのかわからないが、クリウスの驚きようは普通ではなかった。顔の色が徐々に蒼白になり、有り得ないというように首を振った。
それから四人を等分に見て、
「…来てくれ」
背を向けて一人で行ってしまった。
「なんなのよ、もう……」
ようやく立ち上がったエクレアは、ミライアを起こすのを手伝っていた。
「まあ…、話しはわかったみたいだから、行ってみようよ」
エルフに案内され、四人はクリウスの家に入った。
「来たか……」
クリウスは椅子に手を差し伸べて、四人に座らせた。
自分も椅子に腰掛け、ゆっくりと口を開いた。
「まずはすまなかった。民の者が失礼をした」
いえいえ、とサスケは手をひらひらさせてそれを止めた。
「まずはルークリウス王…エンハンスが書いたこと、ダークエルフがいたとは……」
「本当ですよ」
エクレアが答えた。
「そうか…いや、いまはあまり話しをしていられる時間はないのだが…」
サスケが首を傾げる。
「どうしてですか?」
「ついこの前にわかったことなのだが…、もうそろそろで、この里は消えてしまう」
クリウスの言葉に、四人は唖然とした。というよりも、なにを言っているのか分からない、といった感じだ。
「エルフの者で、かなりの晶術使いがいるのだが…、その者に近い未来を見せてもらったのだ。見た光景は……空を覆う魔物の群れと、光と共に消えてなくなるユグルスの森………」
「で、でも…それが間違ってるってことも……」
なにがなんだか、というようにあたふたしながらサスケは言った。
「はずれはしないさ。占った者はエルフでも稀に見る晶力の持ち主だ。いまはもういないがな…。それを聞いた里の者は殆どここを離れて、移住先へと向かっている」
「移住先?」
「この大陸の北、地図で見ると南の端にある、小さな島だ。もう後は、まだ非難していない民と、それを守る者たちだけだ。君たちも…ついてきてくれないか?まだ話すことがあるのでな」
聞いてミライアは苦い顔をした。
「え…でも……」
「心配はない。ちゃんと帰れるさ。島に行ったらエルフがかなりいるのだ。君たちを晶力で飛ばせるくらいなら、なんとかなる」
しばらくサスケは考え、やがて口を開く。
「……わかりました。出発はいつですか?」
「いますぐだ」
「いますぐ!?」
オウム返しにカーシスが言うと、クリウスは席を立ち、外へと向かった。
「今日なのだよ。魔物がくるというのは。だから里の者は殆ど非難した……。こちらへ」
促されるままについていくと、そこには半透明な球体が三つ置いてあった。かなり大きく、その中の一つには数人のエルフたちが入っていた。
「これに乗ってくれ。エルフが長距離を移動する為に作られた、晶力の塊みたいな物だ」
まじまじとカーシスが初めて見る、その球体を眺めた。
「おおー……って、乗ってる途中で落ちたりしねえのか?」
「大丈夫だ。外から一度入れば、目的地に着くまで中からは出られないさ」
そうかと納得し、球体に向かおうとしたとき、先程の槍を構えたエルフが走ってきた。
「族長!魔物がきました!早く非難して下さい!」
クリウスも慌てて駆け寄る。
「数は?」
「そ…、それが、空からしか来ていないので…数えきれないほどの…」
息を切らせながら話していて言葉が繋がっていない。クリウスはそれから声を小さくして訊いた。
「オルダとリースは?」
「彼らは…私たちに早く逃げろと言って、二人で里の外に……」
クリウスは木々の隙間から見える空を見上げると、
「……そうか」
と呟いた。
やがて振り返り、その場で立ち止まっているサスケたちに乗り込んでくれと言い残し、クリウスは別の球体に乗り込んだ。
程なく球体が地面から数センチ浮くと、北に向けて移動していった。
「さあ、早く乗ってください!」
エルフがサスケたちを球体へと促す。
始めにミライアが乗り、カーシスも続けて乗った。
次にエクレアが乗ろうとしたが、足を止めてしまう。
「ねえ、魔物はいまどうなってるの?」
エルフが答えた。
「同族のオルダとリースが食い止めています。心配ありませんよ」
サスケの足が止まった。顔が強張っていく。
だがすぐに表情を戻し、エルフに向き直る。
「…僕たちは大丈夫です…。あなたも早く乗ってください」
「そうですか。わかりました」
エルフは素直にもう一つある球体に乗り込んだ。地面から浮き、それは速度を上げ移動していった。
「サスケ、早くして」
乗り込んだエクレアがサスケに呼びかける。
「…エクレア」
思いつめたようにサスケは言う。
「……ごめん」
サスケは晶力を使い、球体を浮かせた。
突然のことに中にいる三人は、驚いて球体の内側を拳で叩き、叫んだ。
「サスケ!なにやってんだよ!!」
「どうしたんですか!」
カーシスとミライアがエクレアの後ろで顔を覗かせた。
「サスケ…どうして……」
エクレアは呆然とサスケを見つめる。
「みんな…、ゴメンね。僕、戻るよ」
サスケは三人を一人ずつ見る。
「行かなきゃ。このままだと、なにも知らない……あの村の人たちがかわいそうだよ。僕たちだけ逃げて、エルフの人を犠牲にすることも……嫌だよ」
振り返り、里の入口に目を向けた。
「必ず…、必ず追いつくから……。向こうで待っててね」
エクレアは、サスケが自ら死に赴くのを、ようやく理解した。
「サス…ケ、だめ……行かないで………」
応えずにサスケは球体に晶力を注いだ。少しずつ球体が移動を始める。
(気をつけてね…、みんな)
振り返らずに、サスケは森の出口まで走っていった。
「来たわね……」
ライルの村から数km離れた場所に、男女のエルフが立っていた。
どちらとも長髪で、片方は青い瞳、もう片方は蒼い瞳をしている。男のほうはローブにいくつかのベルトで動きやすく邪魔な部分を縛り上げている。女はそれと同じローブを手入れなしに着こなしていた。
二人の視界には、黒点の状態ではあるが、無数の魔物の群れが見えている。
「…族長たちは、もう逃げたかしら……?」
静かに一人が言った。クリウスの言っていたリースという女性だ。
「あの村に住んでいる者たちには、すまないことをしてしまうな……」
もう一人はオルダだろう。槍を構えている。
「大丈夫ですよ!」
後ろから聞こえる少年の声に驚いて、二人は振り返る。
「おまえは…、クリウスの客人ではないか!」
いるはずのない人物にオルダは驚く。
「どうして戻ってきたの!?」
リースが気色ばんで訊ねる。
「村の人たちは、みんなルークリウスへ向かわせました。もう村はもぬけの殻です。なにも知らない人たちを、巻き込みたくはありません。それに……」
サスケはここで一度、言葉を切った。そして、
「誰かを犠牲にしてまで、自分が助かることを割り切って考えられるほど、僕はまだ人間が出来ていませんから」
精一杯の笑顔でサスケは答えた。どんなに苦しい選択をしたのか、自分が一番よくわかっている。だが、それでも選んだのだ。覚悟はある。
「……そう。ありがとう」
リースは胸に手を当て俯いた。
「我々の為に…、すまない」
頭を垂れるオルダを手で制し、サスケは訊く。
「あの魔物と、どうやって戦うんですか?」
ああ、とオルダはサスケに晶術を唱えてやる。
「これを使う。一時的だがこれでおまえは、晶力を放出することで浮くことができる」
徐々に魔物の群れが近づいてくる。
「…そうですか。そういえば、まだ名前を言ってませんでしたね。……サスケといいます。よろしくおねがいします」
サスケは晶力を放出し、空中に浮かぶ。
「ああ。それじゃあ、やるか」
エルフの二人も浮く。魔物の群れが迫ってきた。
「サスケ…!サスケ、サスケ!!」
半透明の球体の中で、エクレアはサスケの名を呼びつづけていた。
離れていくサスケの姿を想っている。
「はああああ!」
サスケは襲ってくる魔物に剣を振るった。
「旋破裂衝撃!」
秘奥義の真空が数体の魔物を切り刻み、地上へと落下させていく。
「スパークウェーブ!」
リースの晶術が魔物を次々と感電させていく。
オルダも負けじと槍を振るう。
「疾駆槍連翔!」
風を纏った槍の無数の突きが、魔物を串刺しにしていく。最後に払うと、その衝撃で周囲の魔物を一纏めに吹き飛ばす。
(サスケ、後ろだ!)
意識の中から響いてくる声を頼りに、サスケは振り向かずに剣を後ろに払う。
そのまま魔物は真っ二つになる。
「おかしい…。魔物自体は全然大したことはない……」
空中を駆け抜けながらサスケは辺りを見まわす。
(ああ、なにか…なにかあるはずだ……)
目の前にいた魔物を切り捨てたとき、奥に腹が異常に膨れた大型の魔物が見えた。その身体は徐々に膨らんでいく。
サスケはクリウスの言っていたことを思い出す。
「光と共に消えてなくなるユグルスの森…」
サスケは目を見開かせた。素早くエルフの二人のいるところに戻った。
「皆さん!」
サスケは二人を晶力の障壁で包んだ。
「どうしたサスケ!」
オルダが慌てて訊く。
「早く……」
言いかけたとき、魔物の腹が破裂し、辺りに閃光が走った。
「……………!」
サスケと、オルダとリースはその光に飲み込まれ、意識が薄れていく。
「!!!」
彼方で見ていたエクレアたちにも、その閃光が目に映った。
「そん……な…」
エクレアの瞳から涙が零れる。ミライアも手で顔を覆っている。カーシスは光を呆然と見つめていた。
「サスケ…、そんな……。サスケ、サスケ――!!」
光ですべて覆われた虚空に、エクレアの叫びだけが、虚しく響いた。
幾度となくフラッシュバックするサスケの姿。だが、もはやそれを見ることは叶わないと、エクレアは嗚咽を漏らす。
第九章 消える空 完