二章     炭坑の巣窟

 

 

 

 

 

「ま、街だ……。やっと着いた…」

 多少ふらついた足取りながらも、サスケは息を切らして革袋を担いでいた。

 三人はアンフィルスの村を出発してから、グレモールの街までひたすら歩いていた。革袋は、初めはカーシスが持っていたが、途中の登り下りの激しい山道を歩き続けていると、途中で根を上げ、それを地面に叩きつけてしまった。

「俺ばっかり持ってたら不公平じゃねえか!!誰か代われ!じゃんけんするぞ!」

 と無理やりじゃんけんをさせられ、見事にサスケが一人負けしてしまったのである。その後も距離を置いてじゃんけんをしたのだが、彼が勝つことはなく、結局街まで担いでいってしまったのである。

「な…なんで、僕、こんなに……じゃんけん弱いんだろう?」

 運が無いだけだろうが、とりあえず独り呟いている。

「運の差だって、諦めな」

 そんなサスケを尻目に、連勝記録が達成されたカーシスは喜んでいる。

「まったく、こんなことで喜んで……」

 子供ね、とばかりにエクレアが溜め息を吐く。

「いいよもう。それより早く宿屋に行こう」

 話しながら歩いていると、いつの間にかグレモールの街の中に入っていたのである。二人が話している間に、サスケは必死に宿屋はないかと辺りを見渡していた。

「そうだな、もう日も暮れかけてるし…」

 カーシスは西に沈んでいく太陽を眺めた。徐々に空が暁色に染まっていく。それを眺めながら宿屋へと入っていった。

「ちょ…ちょっと待って二人とも」

 革袋を担ぎながら、サスケは階段を上がろうとしていたが、自身の体重が軽いためか、なかなか上に進まなかった。

 やがてその場に腰を下ろしてしまい、柵に寄りかかってしまった。

 辺りを歩く人だかりを見ながら一息吐いていると、その場から動いていない人影が見えた。逆光でよくは見えなかったが、道行く人に声をかけようとしているのがわかる。

「なんだろう…あれ―」

 と、そのとき後ろから拳が飛んできて、サスケの後頭部に直撃してしまった。殴られたところを押さえながら振り向くと、カーシスがいた。

「ったく、なにやってんだよ、早く来いよ」

 と次の瞬間、カーシスの顔が大きく変形した。

「そっちこそ、私の可愛い弟になにやってるのよ!!!!!!」

 壁に頭から激突しているカーシスの顔を見てみると、殴られた跡がある、どうやら右フックでもくらったらしい。速すぎてわからなかったが、かなり痛そうだ。

「ゴメンねサスケ、一人で荷物持たせちゃって、チェックインは済ませたから、あとは荷物は私が持つわね」

 そう言うと革袋を持って、エクレアはまた宿屋の中に入っていった。エクレアの気持ちは嬉しかったが、そう思っていたなら、もう少し早くに交代してよ、と思うサスケであった。

「カーシス、ほら、早く行こうよ」

「手加減しねえのかよあいつは……」

 痛みで頭を押さえているカーシスの後について、宿屋へと入っていった。

 

 

 

 翌日、宿屋の食堂で朝食を食べながら、三人は今後どうやってファーエル国へ行くかを検討していた。

「ん〜それじゃあ、地図通りに山に沿って歩いていく?」

「そうねえ、こっちの方が安全だし……」

「んじゃあ、そうすっか」

 三人は、このまま安全だが時間の掛かる国路を歩くか、渡りきればファーエル国の側にすぐに行けるが、道が険しく、魔物も頻繁に出没するノグリズ山脈のどちらかを歩くか決めていたが、わざわざ危ない道を歩いてまで急ぐ必要もないな、と考え国路を歩くことに決まった。

 そして、そんなことを話している最中に、突然サスケが思い出したかのように言った。

「そういえば、父さんに渡された袋の中身って、まだ見てないよね?」

 渡されてから、宿屋の代金を払うのに財布を取り出した以外、ただ荷物としかなっていない革袋を、誰も中身を確認してはいなかった。

「あーそうだな、確かめてみるか」

 紐を解いて袋を開けると、中には薬草、薬、調理器具、野宿用の折畳み式のテントなど、それと真っ黒な手袋がいくつかあった。

「この手袋なんだ?」

 カーシスは興味本位に手袋を摘み上げて、ぶらぶらと揺らしてみる。

「あ、それ『スペルエフェクトグローブ』だよ」

「なにそれ?」

 サスケがその手袋を取り出し、自分の両手にはめた。

「これはねえ、縫う時に一緒に晶力を編み込んだ手袋なんだよ。丈夫だし、少し晶術にも耐性がつくんだよ」

 と説明をしてもらい、二人もその手袋をはめた。

「なんだかいい物ね。高そうだし…」

「うん、そうだね、片方でも三万ガルドくらいするかな?」

 それを聞いて、カーシスは目を見開いた。

「さ、三万ガルド!!なんでランティスさんがそんな高い物持ってんだよ!」

「さあねえ、一応学者だし、それくらいは買えるお金持ってたんじゃないの?」

「まあまあ、そんなこといいでしょ?早く行こうよ。野宿だってしたくないし……」

 絶妙のタイミングでサスケが話しを切り替えた。このままダラダラと話を続けていると、出発が夕方くらいまでなりそうだと思ったのか、二人の間に入る。

「そうね、あっ、カーシス!荷物持ってね」

「はいはい、わかりましたよ」

 昨夜にカーシスはエクレアに嫌というほど荷物を持て、と拳を上げて脅しながら言われ続け、この旅の荷物持ちはカーシスとなったのだ。

 チェックアウトを済ませて宿屋から出ると、日の光が目に刺し込んできた。

 街の北側の出口に行く途中、サスケは一人たたずんでいる女性が目に入った。この街には住んでいそうにない格好をしている。青色の髪が肩より下まで伸びていて、瞳はそれと同じ青色、フリルの柄のついたリボンで後根元から髪を縛っている。エプロンの付いている黒に近い、濃い青と白のメイド服らしきものを着ている。

 (あれ?あの人……)

 昨日、似たように同じ場所から動かない人影を見たのをサスケは思い出した。二日も同じことをしている、どうしたのかな?と思いながらサスケは女性のほうに歩いていった。

「あの、すみません?」

 サスケの方を振り向いた女性は、胸の前で組んでいた手を少しピクッとさせた。

「は、はい!?ど、どうしました??」

 外見から想像した通りの高い声で女性は答えた。

「いや、昨日もあなたが色々な人に声をかけようとしているのを見て、どうしたのかなって思ったんですよ」

 一瞬、呆気に取られたような顔をした後、女性の頬に涙が零れた。

「えっ???僕なにか悪いことを言いましたか?あっ、あの……?」

 必死に頭の中で模索しながらサスケは聞いたが、女性はただ手で顔を覆って泣いているだけであった。

「オラァ!サスケぇ!いなくなったと思ったら、なにいきなり知らない人ば泣かせてるんだよ!」

 といきなりカ―シスが現れ、サスケの頭を締めつけた。

「やめて!痛い!痛い!やめてカーシス!!」

「ちょっとカーシスやめなさい!!」

 とエクレアまで入ってきてしまった。サスケが絡むとエクレアの性格が急変するのか、拳でカーシスを痛めつけている。

「ち、違います!この人は別なにもしていません!」

 と、そんな争いの最中に、いつのまにか泣き止んでいた女性が三人のやり取りをその場を静止させた。

「その、すいません、いきなり泣いてしまって…。私、なかなか人に声をかけづらくて……、それであなたが私に聞いてきてくれた時、嬉しくてつい……」

「ああ、そうだったんですか。まあ、それよりどうかしたんですか?」

「え?はい…、あの……」

 女性は、三人の腰に下げてある剣を横目で見ながら言った。

「あの、あなた達、剣士さん…ですよね?お願いがあるんですけど、私と一緒に行ってもらいたい所があるんです」

 無理だ、と言おうとしたカーシスをサスケは、エクレアと二人で突き飛ばす。

「何処なんですか?」

「はい、この街の東の出口から行くと見える、ノグリズ山脈の地下の炭坑に一緒に付いて来てもらいたいんです」

「何でそんな所に?」

「ここは鉱山業が盛んな街ですから、『地晶石』が取れるその炭坑に父が行っているんです。だけど一週間たっても戻ってこないと手紙がきて、ここで一緒に来てくれる剣士さんを探していたんです」

 そうしてうつむき加減で言う女性に、エクレアは笑顔で答えた。

「もちろん、一緒に行ってあげる。私達、そこら辺の人よりすごく強いんだから!ね、サスケ!」

「……まあ強いかどうかは別として、行くんなら早くしようよ。炭坑で行方不明っていうなら、落盤にあったかもしれないし…」

と、一通り会話が進めていると、後ろからいきなりカーシスに小突かれてしまった。

「馬鹿。んないきなり行こう、なんて言うんじゃねえよ。…その落盤が起こるかもしれない場所に行くんだぞ?もう一度荷物の確認をするぞ、何が起こるかわからないからな」

 肩を竦めながらカーシスは担いでいた革袋の紐を解いた。

 

 

 

 ノグリズ山脈の麓まで来た頃には、日が頭上高く昇っていた。

「うわー、でっけーな」

 カーシスが山の頂上を見ようとしても、照りつける日の光に遮られた。

「そうね、だけど今回は上じゃなくて下のほうに行くから………」

 エクレアは辺りを見渡したが、ここにいるはずの工夫達の姿はどこにもなかった。

「そうですね…、皆さんは中にいるのでしょうか?」

 女性がぽっかりと穴の開いている洞窟を見た。奥には工夫達が取り付けた松明が明々と燃えているのが見える。

「ねえ……」

 いざ炭坑の中へ、というところでエクレアは女性のほうを振り向いた。

「はい、どうしました?」

「もしかして、ここに来るまでの間、あなたの名前聞いてなかった…わよね……?」

 前を歩いていた男二人も振りかえった。よく考えてみればここに来るまでは、お互いに名前で呼ばなくても会話が成立していたから誰も気にしていなかった。

「あ、そうでしたね…、すみません気がつかなくて……」

 と女性は三人のほうを向いて軽く御辞儀をした。

「私の名前は、ミライアと言います。ミライア・エルフィシルです」

「ミライアね?もう知っていると思うけど、私はエクレアね。あとはサスケにカーシスよ」

 と二人を指で差して見せた。

「はい、よろしくお願いします」

「それじゃあそろそろ、あの中に入ろうよ」

 サスケは炭坑の中を指差した。

 お互いに自分の名前を教えあった事もあって、炭坑の中に入っても会話が多くなり、途切れる事はあまりなかった。中に入ってもそれほど暗くはなく、むしろ明るいくらいだった。途中、枝分かれした道もいくつかあったが、引き返すということも少なかった。

「随分と歩きやすいな」

 カーシスが岩壁を見ながら言った。

「そうだよ、ここの壁には地晶石が沢山埋まってるからね。自然発光してるんだよ」

 すらすらと答えるサスケに、エクレアが話を聞いていて感心した。

「へー、さすが現役大学生ね」

「まあ、ね」

 サスケは照れくさそうに頬を掻いた。

「だからって魔物が出ないとは限らないだろう?用心しろよ」

 カーシスに言われ、サスケは剣を抜いた。エクレアは剣を抜かずに、手袋をきつく締める。

 

 

 

 その後も歩いていても、特に障害はなかった。壁に掛かっている松明の火がすべて消えているところがあったが、ミライアから渡された指輪でそれに火を灯すことが出来た。

「これすごいですね、火花が出てきちゃいましたよ」

 実際にそれで火を灯してみて、サスケは驚いた。

「それはソーサラーリングというんですよ。晶力をリングに込めるだけで使えるんです」

 ソーサラーリングとは、リングに使うエネルギーを空気中の晶力から取り込んで、それを熱線状に放出するアイテムである。

「ねえねえ、ミライアって何歳なの?」

 そんな会話をしている最中に、会話を全く聞いてなかったのか、いきなりエクレアは意味も無く個人情報を聞き出そうとした。会話を脱線するのが得意なのだろうか。

「私ですか?十五歳ですよ。今年で十六歳になりますけど…」

「十五歳なの!カーシスと同じ位かなって思ってたのに……私より年下だったんだ」

「でも、私から見ればエクレアさんのほうが大人に見えますよ」

 と話で盛り上がっている所、一人だけ沈んでいるものがいた。―サスケだ。横目でかたまっている三人を見上げている。なぜ自分だけこんなにも背が低いんだろうと。カーシスは180p位、エクレアとミライアさんは160p位はある。そして自分は10pしかない。男なのにどうしてこうも体格が未発達なのか、そう思いながら三人から少し離れて、この話題に触れられないようにした。

「ん?ちょっと皆、静かに…。なにかいる」

 サスケに言われ、他の三人も辺りを警戒した。奥のほうからなにかがこちらに近づいてくる音が聞こえる。

 そして影が飛び出してきた。―魔物だ。敵はゲル状生物のスライムに、吸血コウモリのウェアバッドだった。

「いくわよ!」

 エクレアを先頭に襲ってきた魔物を相手にした。空中から襲ってくるウェアバッドに対して、エクレアが跳躍した。空中で勢いをつけて一体ずつを蹴り落としていく。

「はっ!飛燕連脚!」

 三回蹴りを入れた後にエクレアは着地した。一撃で三体を仕留める。

 サスケとカーシスはスライムを相手にしていた。だがここのスライムは地晶石を含んでいて、ゲル状のくせに硬かった。斬れないことはないが真っ二つにすることは出来なく、すぐに再生してしまうのである。

「それなら……」

 サスケはこのスライムの性質をよく理解していた。切断しなくてはダメージを与えられないことを、大学でそのように教えられていたのだ。

 エクレアよりは抑えて、素早く、小さくサスケは跳躍した。その勢いでスライムを切り上げた。だがまた再生してしまう、だがそれよりも早く跳躍しきったところで、今度は剣を振り下ろした。

「虎牙破斬!」

 初撃の傷跡をなぞるように剣を振り下ろす。それと一緒に中にあった核も切断され、スライム勢いよく弾け飛ぶ。

「終わったな……」

 圧倒的な力の差で、残りの魔物達は逃げ出していった。気配がなくなったのを確認して、カーシスは剣を鞘に収めた。

「わあー、皆さん強いんですね」

 ミライアが両手を軽く叩いた。

「そうですか?それよりカーシス、そろそろ剣を持っていたほうがいいよ。こういうところは奥に行くにつれて敵が強くなるからね、気をつけてよ」

「そうか?わかった」

 言われてカーシスは用心し、もう一度剣を抜いた。

 その後も二時間位歩いて、魔物とは幾度かは遭遇したが、難なく倒せる程度の相手だけであった。

 と、そのとき微少だが地面が揺れるのを感じた。

「ん?いま……」

 揺れに気付いてサスケが後ろを振り返った。だが後ろには、明々と燃える松明だけがあった。

(気のせい……?)

 そう思ったが、今度は足下から感じる揺れが襲ってきた。それにエクレアとミライアはたまらず転んでしまった。

「ちょっ…、エクレア!」

 サスケが叫んだ途端、揺れは収まった。それを確認して、二人は立ち上がった。

「地震…?」

 落盤でもしないかと、ミライアは天井を見つめた。

「違う、地震じゃない、この奥から……」

 サスケが走り出した。その後ろにカーシス、エクレア、ミライアと続いた。

 やがて、広い中間地点のような場所に着いた。だがここまで走ってきてもなにもなかった。

辺りを見渡す。いままでの通路とは違い、ドーム状の空間になっていた。

「なにもなかったな…」

 カーシスが剣を肩に担ぎながら言う。なにもない、サスケがそう思った途端、更に奥に繋がる通路から気配がした。油断なく身構える。

だが、出てきたのは人だった。四人、そのうち二人は他の者に支えられながら歩いている。

「人…だ……」

 サスケの声に、四人がぎくりとした。男が一人、顔を上げてこちらを見た。かなり蒼白な顔をしていた。白い顎鬚が雑に伸びている。その顔を見て、ミライアはその男のほうに走っていった。

「お父さん!!」

 ミライアは涙声で父親を呼び、抱きついた。

「ミ、ミライア……?」

 抱きつかれたとき、なぜ自分の娘がここにいるのかとあ然とした。幻覚でも見ているのではないかと。だがこの感覚は現実だと判断したとき、娘の肩に手を置いた。

「…早く逃げろ」

「えっ?」

「いいから、早く逃げろ!追いつかれてしまう!!!」

 父親の瞳が、恐怖で揺れていた。そのとき、また地面が揺れた。今までのより大きかった。

 奥の通路からなにかが地を這ってきている音が聞こえる。やがてその正体が現われてきた。―ムカデだ。だがただのムカデではなかった。とてつもなく巨大な、ゆうに8mはある。赤い甲羅が全身を敷き詰められているそれが二体出てきた。

いや、二体ではない、頭から繋がっている長い首が、途中で一つにくっついている。そして尾のほうでまた分かれていた。

「でか…ムカデ!?!?」

 あまりの巨大さにカーシスは思わず叫んでしまう。

「違う!こいつはパーシアルシェイドだ!!こいつに他の奴は皆やられたんだ!」

 男の一人が叫んだ。サスケは前に歩み寄り、剣を構えた。

「くるよ!」

 敵の頭の一つが襲いかかってきた。サスケはそれを剣で促し、壁に激突させた。

「エクレア!その人達を後ろへ!!」

 カーシスが左に走った。サスケは右へ、お互いに頭を一つずつ相手にした。今度はカーシスのほうの頭が襲ってきた。だがそれを難なく避けて首を斬りつけた。

「硬ってー!!」

 が、甲羅に剣を叩きつけたのはいいが、そのあまりの硬さにカーシスは手を痺れさせた。だがサスケの方を見てみると、彼は難なく斬りつけていた。

「甲羅の間に見える皮膚を狙うんだよ!じゃなかったらなにも斬れないからね」

 助言を聞いてカーシスも同じように甲羅の隙間を狙う。皮膚が露出している部分は甲羅と違い難なく切断できた。

二人がパーシアルシェイドの相手をしている中、エクレアはミライアと共に、工夫達を岩陰に隠していた。

「ミライアはここで待っていて。私はいくから」

 エクレアは二人の間に入ってきた。中間にいれば敵をかく乱する事が出来ると判断したからだ。

「危ない!」

 エクレアのいる位置に、突如サスケが彼女の肩を引っ張った。エクレアを襲ったのは二つの頭ではなく、尾だった。地面に深く突き刺されたそれは、一撃でも食らえば致命傷になる程の鋭さだった。それが二本もあるからたまったものではない。

「これじゃあどうするのよ!」

「地道にやっていくしかないのかな……」

 と襲ってきた頭を避けたが、サスケは岩に足を取られてしまった。

「しまった!」

 サスケを今度は尾が襲ってくる。エクレアは尾を殴って止めたが、もう一本がサスケに向かっていった。

「アクアスパイク!」

 避けられない、と思ったが、突如現われた水の波動が尾を弾き返した。声の主はミライアだった。後ろを見ると印を結んでいるのが見えた。

「フレイムドライブ!」

 今度はエクレアが晶術を唱えた。間に合わないと思っていたようで、ほぼミライアと同時に唱えていたのだ。

 流れるように炎の塊が三つ、尾に向かって飛んでいった。それは尾を焦がし、鋭い先を焼き落とした。

「助かったよ、ありがとう」

 サスケは体制を立て直した。笑顔で言う彼の顔からは冷汗が流れていた。

「でもこのままじゃ勝てないぜ!どうすんだ!?」

「二つの首が交差したところを狙え!そこの脊椎と神経を断てば死ぬはずだ!」

 岩陰からミライアの父親が叫んだ。だがそこを狙おうとしても、二つの頭がそれを阻止するのだ。

「サスケが狙って!私達が頭を抑えるから!」

「わかった」

 エクレアの目の前をサスケが横切った。頭がそれを追うようにしていた時、ミライアが晶術を唱えた。

「ウインドスラッシュ!」

 真空の刃がパーシアルシェイドの頭を襲った。表面が切り裂かれ、痛みで首をくねらせた。

「雷砕衝!」

 カーシスは空気との摩擦で放電した刃を敵に斬りつけた。動きを止める程度に相手を感電させ、その間にエクレアは晶術を唱え始めた。

 そしてなぜかそれを見計らって、サスケは、敵の頭より高く跳躍した。

「フレイムドライブ!」

 エクレアの頭上に炎の塊が三つ出現した。だがそれはパーシアルシェイドにではなく、サスケのほうへ飛んでいった。

「えっ?!!サスケ!ちょ…避けて!」

 その炎は、サスケにではなく、彼の振り上げた剣に集まっていった。サスケはその間に、首の交差した所の神経を見極めていた。

「そこだ!紅蓮剣!」

  収束した炎ごと剣を相手に投げつけた。それは深々と相手に刺さり、そこから炎が燃え上がる。パーシアルシェイドは痛みで体を激しく地面に叩きつけ、やがて動かなくなった。

「ふう……」

 着地したサスケは一息入れると、丸焦げになった魔物に刺さった剣を引き抜くと、それを鞘に収めた。

「すごーい!サスケそれどうやったの!?紅蓮剣…だっけ?格好良かったわよ!」

 と、エクレアはサスケに抱きついてきた。

「え??いや、ただエクレアのフレイムドライブを僕の気で誘導させたんだよ」

「いつの間にそんな技使えるようになったんだよ?すげえじゃねえか!」

 カーシスがサスケの頭を軽く小突いた。

「あんなこと出来るなんて、すごいですよ!」

 そしてミライアが言った直後に、本当の地震が起きた。三人はサスケを下敷きにして倒れてしまった。

「重い!早く退いてよ!」

 地震が収まると、サスケは三人の下から這って出てきた。

「ごめんなさい、サスケさん…」

 慌てて起きてミライアが謝った。恥かしかったのか、ほんのりと頬を染めていた。

「それよりいまのうちに早くここから出ようぜ」

 カーシスが工夫達に手を貸して出口に向かっていった。サスケ達もその後に続いた。

 

 

 

 炭坑から出て、工夫達を宿屋まで連れて行ってから翌日に、荷物をまとめてサスケ達はファーエル国に向けて出発するところだった。

「いやあ、有難うございました。おかげで私達は死なずに済みましたよ」

「そんな、あのとき相手の弱点を教えてくれなかったら、僕達もあの中で倒れてましたよ」

 サスケがミライアの父親、ルウェン・エルフィシルと握手をした。彼は左足を骨折していて杖にすがって歩いている。

「すいません、それともう一つ頼み事をいいですか?」

「もちろんいいですよ」

 ルウェンはミライアのほうを見た。

「私は足を折ってしまって、しばらくここで治さなければならないんですよ。それで、ミライアを家まで送っていってはくれませんか?」

「お父さん、そんな、迷惑ですよ…」

「いや、別にいいですよ。家はどこなんですか?」

 ルウェンは申し訳なさそうに言った。

「私達の家は、この隣の大陸のルークリウス大陸、王都ルークリウスにあるのですけど…」

 それを聞いてサスケは驚いた。

「大陸越えですか…。でもまずファーエル国に行かなければならないんですよ」

 すまないと思いながらも、ルウェンは頭を下げる。

「その後でもよろしいです、有難うございます」

「それじゃあこれから宜しくね、ミライア」

 エクレアが両手をあわせた。その後ろでカーシスは眠たそうに頭を掻く。

「ま、結構楽しくなると思うぞ?」

「それでは…これから宜しくお願いします」

 ミライアは微笑んで言った。そしてルウェンのほうを向く。

「お父さんも、早く良くなって」

「ああ、お前も充分に気を付けるんだぞ」

 サスケが宿屋のドアを開けた。そこから眩しい日の光が差し込んでくる。

「それじゃあ、そろそろ行こうか」

 四人はファーエル国に向けて、旅路を行くのだった。

 

                                          二章 炭坑の巣窟   完