三章 山脈を統べる者
「通行止め!?」
「そうだよ兄ちゃん、諦めな」
カーシスが国路のど真ん中で工夫と討論していた。
「昨日地震があっただろう?そのせいであっちのノグリズ山脈から落石が落ちてきたんだよ」
工夫はノグリズ山脈のほうを顎でしゃくってみせた。
サスケはカーシスから少し離れたところで話を聞いていて、まさか自分たちがパーシアルシェイドを倒した後に起こった地震のせいではないのか、と思った。
「なあ、俺たち岩越えてでもファーエルに行きたいんだよ。何とかならねえのか?」
行かせてくれ、とカーシスは両手を合わせた。
「無理言うな、かなりの量の岩が落ちてきたんだ。こっちだって大変なんだぞ、一週間はどかすのに時間がかかる。行商人たちは皆諦めて引き返していったぜ」
工夫に突っ放されてカーシスは肩を竦ませながら歩いてきた。
「だめだった」
やっぱり、とエクレアは溜め息をついた。
「聞こえてたわよ」
「困ったなあ。一週間も待てないし、どうしよう…」
サスケは表情を曇らせた。
「困りましたね…」
「どうしようっていっても、あとはあそこしかないわね」
ノグリズ山脈の頂上を見てエクレアが言った。
これで昨日宿屋で三人が話していた事と全く逆のほうへ進まなくてはいけなくなった。山登りとなるとまたグレモールの街に戻って必要な物を買い足さなくてはいけなくなるし、何よりサスケやミライアの体力が持つかが心配であった。
「大きい山ですよね」
ミライアは三人の足手まといになるかと不安を感じた。
「そ、それじゃあ、早く街に戻ろうよ?」
なぜかサスケは顔をこわばらせていた。
(ミライアさんのほうが体力あったらどうしよう……。そしたら情けない………)
「おいサスケ、大丈夫なのか?一番先にへばるんじゃねえか?」
考えを巡らせているところにカーシスの一言が飛んできた。いくら幼馴染みに言われたからといっても結構キツイ一言に聞こえた。
「大丈夫よ!」
エクレアがフォローしてくれた、
「いざとなったら私がサスケを背負うから」
と思ったら更に追い討ちをかけられた。
(フォローになってない…)
「いいから早く行こうよ…」
肩を落としながら先頭を歩いていくサスケであった。
街で買い物を済ませて、四人は山の麓まで来た。斜め向かいの看板には『こちら登山道』と書かれてあった。
「登山道っていっても誰もこんな山登らないぜ…」
カーシスが見上げると、ノグリズ山脈から唸るように風が吹き出てきた。その頂上は逆光でよくは見えなかった。
「気が遠くなりそうですね」
ミライアはおもわず自分の右袖のフリルを掴んだ。
「辛くたって二日で越えれるわよ。行きましょう」
エクレアを先頭に、サスケ、ミライア、殿にカーシスという順で歩き出した。
山は思ったよりも険しいわけではなかった。だが緩やかな坂と、照りつける日差しが四人の体力を徐々に奪っていった。それよりも四人の行く手を阻むのは魔物であった。この山にも魔物は生息し、中でも空を飛び回る大鷲、ロッキホークが難敵だった。一度に何羽も出てくるからたまったものではない、その素早い動きで晶術や剣をことごとくかわされてしまうのだった。
「あ、暑い……」
サスケが言葉を漏らした。
暑さのせいで昼間は戦闘中でも殆ど会話がなかった。昼食のときに木の木陰で休んで、やっと言葉が出たのである。
「ここまで暑いとは思わなかったぞ」
カーシスは水を飲みながら草むらに寝転んでいた。
「まったく、こんなところにいたらすぐに日に焼けるわよ」
エクレアがタオルで額の汗を拭いている傍で、ミライアは素肌を触ってみていた。
「とにかく早く夜になんねえかな」
「カーシス、夜になったからってそのまま歩くわけじゃないんだよ。気温は極端に下がるから、寒くて寝るのも一苦労なんだよ」
カーシスが渋った。
「んじゃあ、昼間寝て夜歩けばいいじゃねえか」
「馬鹿ね。そんなことしたら蒸し暑いでしょう」
サンドイッチを一つ取りながらエクレアが言った。
「どうしようもねえな……」
「まあ、下山するときは幾分楽かもしれないよ?…さてと、もう出発しよう」
サスケが四人のカップを革袋に片付けた。
「ま、夜になるまでの辛抱ね」
サンドイッチを口に含みながらエクレアは立ち上がった。
日が沈んでからも四人はしばらくの間、野宿が出来そうな適当な場所を探しながら歩いていた。
「誰かが野宿した跡がありますね」
ミライアが唐突に言った。彼女の指差しているほうには、別の冒険者が夜明かしをしたときの焚火の跡が残っていた。
「それじゃあここにするか」
カーシスが革袋の中の折り畳みテントを取り出した。それを手際よく組み立てていく。
「じゃあ私は木の枝でも集めてくるかな」
「なら私も…」
エクレアとミライアは森の中へ入っていった。サスケは一人で夕食の準備をしている。
「結構広いぜ!」
「もうできたの!?」
早いよと言わんばかりにサスケが振り返ると、カーシスがテントの中から這い出てきていた。そのテントが隣にもう一つ出来ていた。
「何?もうできたって?」
と、後ろからエクレアが枝の束を胸に抱えて現われた。
「ああ、お帰りエクレア……って何か沢山持ってきてない?」
「そうでもないよ、ミライアと二人で集めてきてこれくらいだもん」
と、サスケの傍にそれを置いた。
「ははは、そう…」
サスケは苦笑いした。
焚火を囲んで四人は食事をした。ミライアだけはサスケの料理は初めて食べたので、その味に舌を巻いた。
「すごく美味しいです。サスケさん、これ何ていう料理なんですか?」
「え…何って言われても。何だろうね?カーシス」
「俺に聞くなよ。…でもなんだろうな?いつもおまえが作ってからな。名前なんて考えなかったな」
ミライアはふに落ちないようで更に付け加えた。
「でも、こんなに上手ならどこかで誰かに教えてもらったんじゃないんですか?」
横でエクレアがあははは、と笑った。
「そうねえ…、確かに五歳の頃父さんに包丁の持ち方教えてもらっていたけどね。あとはずうっとサスケが家でご飯作ってたわねえ」
しみじみと昔の出来事を思い出していた。
「寒くねえか?」
カーシスはサスケの顔を覗きこんだ。
「うん、大丈夫」
大丈夫といってもサスケは毛布を肩に掛けていた。火を焚いているからといって、吹きつけてくる風にはどうしても暖を取られてしまうからだ。
「昼間がこれくらい寒かったらなあ…」
汗を流して、それでも必死に斜面を登っていた昼間の事を思い出していた。
「ま、明日はまた暑い中歩くからな」
カーシスは焚火の中に枝を放り投げた。ジジジ…、と音を立てて火が明々と燃えている。
そして、エクレアとミライアが寝ているテントのほうを肩から覗いた。
「あっちはいいよなあ、テントの中で寝れてよ」
「仕方ないでしょ。ここら辺りだって魔物が出るんだから。何ならカーシスだけ先に寝ててもいいよ」
「何言ってんだよ。一人にしておけるかよ」
それを聞いたサスケは薄く笑う。
「はは、カーシスも優しいところあるんだねえ」
「なーに言ってんだよ。俺はいつでもそうだろう?」
カーシスは顔をにやつかせた。だが不意に真顔になった。
「なあ…」
焚火の火を透して彼の顔が揺れる。
「ん?」
サスケは手元にあったカップを口まで運んだ。
「おまえ、大学行っててどうだった?」
「へ?」
あまりにも突然な質問に、口元まで届いたコップを離し、きょとんとした表情を浮かる。
「どうしたの?いきなり保護者みたいになって」
苦笑いしたが、カーシスの表情を覗うと一息置く。そして、ゆっくりと言葉を続けた。
「そうだねえ、初めは寂しかったな。村を出る前はいっつも隣にエクレアがいて、カーシスがいて、父さん―は、いないときもあったけど…。勉強して、もっと知りたいことがたくさん増えて、それで大学に行った。だけど何だか、一人で取り残された感じ…だったかな?…いまはそれ程でもないけど」
カーシスはじっと聞いていた。サスケはそのまま話を続けた。
「村に帰る日が楽しみだったな。あんまり長居できないけど、皆の顔を見れたら、やっぱりここが一番いいなって、いつも思う」
それを聞いていたカーシスの表情が緩んだ。
「そっか。こっちも結構寂しかったぜ。エクレアはいっつも『サスケ大丈夫かしら』、『事故にでもあってなきゃいいけど』とかいっつもそんなこと言ってて、心配してたんだぞ」
普段からそうだが、姉が自分のことをいつも気遣ってくれていたのか、と心の奥で改めてそう思うサスケだった。
「でも何でそんなこと聞くの?」
カーシスに訊ねた。
「そりゃあ、おまえが村に帰ってきてもすぐまた戻っていっちまうからよ、こうやって話す機会があんまりないと思ったからな」
瞳の中に燃えている焚火の灯りが映った。
「ん、そうだね。こうやってカーシスと話すのは久しぶり……かもね」
二人は風に揺れている火をじっと見つめていた。
思えば、本当にただの気まぐれでそんなことを訊いたのかもしれない。
彼は、自分とは違う。いや、人間誰しも同じ人間は存在しないのだが、眠そうになりながら呆けている表情を見ると、人形のように可愛らしかった。だが、そんな彼は、戦いのときにはその可愛らしさは消える。
状況を見据える。他の援護にも目が行くように、最短で敵を仕留める判断力がある。そして、口調はいつも通りだが、そのときに限り、彼の表情は可愛らしさの代わりに“美”を映し出す。同じ前衛として剣と、拳とを振るうエクレアと、自分とも異なる。カーシス自身も、最善を尽くして戦闘を終わらせるよう、常に努力しているつもりだ。エクレアも同じことだろう。だが、自分達より力もなく、体躯にも恵まれてないサスケは、鋭く、疾く、まるで“静”がそのまま全体から滲み出るようなオーラを出す。
それが酷く、彼を壮年者に見させる。外見こそは男子のくせに、女性よりか弱く、戦闘には無縁の家事労働が趣味の十四歳の少年が、だ。
故に考えが読めない。いや、性格には読み難いといったところか。幼い頃から一緒にいるのだから、ある程度考えていることは読める。だが、不安だった。他人の思考が読めないところで、支障は無いはずだが、言い表せない漠然とした不安が、自分を襲う。だから、彼の口から直接聞きたかった。
(……だけど…いま、俺の目の前にいるこいつは、やっぱりサスケなんだな)
答えになっていないのは分かっている。自分が本当に聞きたいことも把握出来ないまま、訊いたのだから。
そうして、カーシスは深い眠りへと落ちていく。
「ちょっと!どうゆうことよ!」
エクレアが憤慨した。
「最悪……」
カーシスはその場に腰を下ろしてしまった。
四人は早朝から出発し、昼近くになったときにこの場に着いたのだ。だがそこは岩が行く手を遮っていて、とても通れる所はなかった。
「せっかくここまで来ましたのに…」
肩で息をしながらミライアが言った。
「ま、まあ横道から行ってみようよ?案外向こう側へ出られるかもしれないよ?」
と、サスケは森の中の小道を指差した。
彼の額にはかなりの汗が滴っていた。カーシスは先に寝てしまい、自分が起きている羽目になり、昨夜はとうとう寝ずの晩となってしまい、疲れが取れないでいたからだ。
「ここまできたんだから、絶対に下山したいわね」
一人勢いで進むエクレアの後を三人がついて行った。
道成りに歩いていった。幸いに木が日差しを遮断してくれているので、随分と歩きやすかった。
「ねえエクレア、この道で大丈夫なの?」
不安そうにサスケはエクレアの横顔を見た。
「わかんないわよ。ただ道になってるから歩いているだけ」
「森から出たら崖だったらおかしいよな」
カーシスが高笑いした。それを見てエクレアは彼を睨みつけた。その気に押され、カーシスは、
「ごめんなさい」
と、謝った。
いきなり森から抜けてしまった。だがそのさきは崖ではない。代わりにいくつもの木の枝が積み上げられているものがあった。
「これ…なに?」
それを見たサスケは、恐る恐る枝を一本抜き取ってみた。
「なんでこんなところにたくさん枝があるんでしょうね?」
ミライアが首を傾げた。
「ってそれより、ここも行き止まり!?また戻らなきゃなんないじゃない!」
怒るエクレアをカーシスがなだめすかした。
「まあまあ落ち着けって。また戻ってどうするか考えようぜ」
と、不意に辺りが暗くなった。太陽が雲に隠れているときの暗さではなかった。真っ暗だった。
「上……」
サスケがそう言うと、全員が上を向いた。何かとてつもなく巨大な物が暗闇をつくっていた。だが視界の端は青い空が見えていた。
「あれ……、鳥?」
その影を形作っているものは確かに鳥の形を作っていた。やがてそれはゆっくりと積み上げられた枝の上に降りていった。どうやら山積みになっているものは巣であったようだ。
「大きい鳥さんですね…」
再び現われた太陽がそれを映し出した。鋭い眼つきで、色鮮やかな翼が折り畳まれている。藍色の嘴が鋭く光っている。
『わしの姿が見えるのか?』
低く、そしてゆっくりと辺りに声が響き渡った。
「え…?見え…ますよ?」
サスケは誰に向かって話せばいいのかわからなく、ただ正面の巨大な鳥を見つめていた。有に十メートルはあるそれを見ながらただその場に立っていた。
「綺麗ね……」
その姿にエクレアは見惚れていた。
「でっけー怪鳥だな」
『怪鳥ではない。わしは聖鳥ゲアゼルバレスだ…』
またしても声が響き渡った。だがこれでこの声の主は四人の前に舞い降りている聖鳥だとわかった。
と言われても、この鳥が本当に聖鳥なのかはわからないのだが、こんな山に大それた聖鳥がいたなどとは聞いたことがない。半ば半信半疑だがとりあえず話が進んでいた。
『おまえたちにわしが見えるのか?』
ヘルギオアスはもう一度訊ねた。
「え…、まあ普通に……」
カーシスが答えた。
『なぜこのような所にいる?』
「えっと…、歩いていたら岩が道を塞いでいたから、こっちに来てみてたの」
エクレアは歩いてきた道を顎でしゃくった。
『わしは普段、人には見えない存在だ。人々がわしの力が必要なときにだけ姿を現す。不思議なものだ…』
しばらくの間、沈黙が続いた。
やがてゲアゼルバレスは低く笑った。
『ふはははは。面白い、久しぶりに人と話をした。おまえたち、ここを下山できなくて困っているな?わしが下まで乗せていってやろうか?』
「いいんですか?」
サスケは恐る恐る一歩前へ歩み寄る。
『ほっほ、それでは決まりだ。乗れ』
ゲアゼルバレスは片方の翼を差し出した。サスケはそれをつたって背中へと上った。他の三人も後に続いた。
羽毛の柔らかさが足をおぼつかせた。
四人が背中に乗ったと確認すると、翼を広げ、それを羽ばたかせ、空へ浮き上がる。そしてゆっくりと降下していく。
頬をつたう風が髪を後ろへ流す。ミライアは手で流れる髪を抑えた。
景色も流れるように過ぎていった。ゲアゼルバレスの姿が他の人には見えないのなら、自分たちはノグリズ山脈の頂上から飛び降りているように見えるのだろうと、サスケは思った。
ゲアゼルバレスはゆっくりと地に降り立った。聖鳥が向いている先には、目指していた目的地ファーエル国が霞んで見えた。
『着いたぞ……』
地におろした翼をつたって、一人ずつヘゲアゼルバレスから降りていった。
「ありがとうございました」
サスケが深く礼をした。
『気にするな。こちらも楽しかったぞ。…またわしが必要なときには呼んでくれ』
声の主は目の前から消えた―否、そうではなかった。上を向くと、その巨大な翼を広げ、空を高く舞っていた。
聖鳥が見えなくなると、四人はファーエル国に足を向けた。
王都ファーエルの門を抜けた先には、まず、その象徴ともいえる城が見えた。その隣に城よりも少しばかり小さい建物、更にその向かいにも同じくらいの建物が目に入った。更に奥には、だ円形のような建造物が見えた。
「人がたくさんいるわね」
人という人が道々に溢れていた。サスケを先頭に城門を目指して歩いていった。
だが門に着くまではとてつもなく時間がかかった。
まずは初めにカーシスがはぐれてしまった。彼を探すのに人の波を掻き分け、やっとの思いで見つけたと思ったら、また正門に戻ってしまったのである。
カーシスがエクレアに一発殴られて、もう一度人込みの中を進んだ。
「もうそろそろで城門だよ」
サスケが言うが、彼の声は人の足音や話し声などで掻き消されてしまって、誰にも聞こえていなかった。
だがあるところを堺に、人だかりはぷっつりと途切れてしまった所に出た。
「着いた着いた」
サスケが満足げに言った。
目の前には橋が架かっていた。その奥に、門兵だろうか二人組みの男が、槍を片手に持って門の脇にいた。
橋を渡ると、ものの見事に門兵に呼び止められてしまった。
「おい、おまえたち。城に何の用だ!」
大柄な兵士が、威厳たっぷりに四人を見下ろした。
「えっと…、王様に謁見したいんだけど…」
エクレアが言った
兵士が眉を顰めた。
「謁見?おまえ等、予約は入れてあるんだろうな?」
と、もう一人の門兵が羊皮紙をめくった。
「え、予約っ…て、入れるんですか?」
「は?おまえたち予約を入れてないのか!なら帰れ。別の日に来るんだな」
「いま謁見したいのに、ケチねぇ」
その言葉に兵士は憤慨した。
「なんだと貴様ら!!力ずくで追い出されたいか!!」
愚痴ったのはエクレアだが、兵士が槍を彼女にではなくサスケに突きつけた。
「まあまあ、そんな暴力はいけませんよ?」
サスケは突きつけられた槍に臆することもなく、笑顔でいとも簡単にそれを手で掴んだ。
「き、貴様ぁ!!なめているのか!!」
その笑顔が酷く癇に触ったらしく、門兵の顔からは怒りの形相が垣間見えた。それもその筈、いかにも女の子にしか見えないサスケに自分の威嚇がスルーされたのだから、怒るのも当然である。
「っとちょっと待った」
カーシスが革袋から巻紙を取り出した。
「あっ、それ…」
エクレアはアンフィルスの村を出る前に、父親ランティスから謁見のときに使えと言われたことを思い出した。
「これ読んでみ」
カーシスが差し出した巻紙を、兵士は強引にひったくるように取り、中に書かれている字を読んだ。
「な……」
兵士はその用紙から目を離した。
「こ、これは国王直筆のサインにファーエル国の紋章の印……!」
その書いている内容は、
『この書類を所持する者、我がファーエル城の国王であるローレンス・M・ファーエルに対しての謁見は、自由におこなってもよい。また、そのため城に自由に入る許可を得ることとする』
となっている。
「これでどうだ?」
カーシスが兵士から用紙を取り返すと、それをまた丸めて革袋の中に入れた。
「う、うむ…。わかった、通るがいい……」
「そう、ありがと」
エクレアは手をひらひらさせて門を潜った。他の三人もエクレアの後の続いた。
城内はいたって静かだった。四人は床に敷かれている紅い絨毯の上を歩いていた。
「王様って何処にいるんでしょうね」
ミライアは金の装飾がされている壁を眺めていた。
「誰かに聞いてみましょうか?…あ、すいません」
目の前を忙しなく通っていったメイドに声をかけた。
「はい、どう致しましたか?」
一礼してからメイドの女性は訊ねた。
「えっと、謁見の間に行きたいんですけど…」
「国王に謁見ですか?それならこのまま真っ直ぐにいったところがそうですよ」
「そうですか。ありがとうございます」
メイドは会釈すると、端の通路のほうへと行ってしまった。
「真っ直ぐだって」
サスケが通路の奥を指差した。
そこを歩いていると、男女の二人組みが歩いてきた。服装から見て冒険者だろう、そう思いながら彼らとすれ違った。
やがて柱の前にいた兵士に行く手を遮られ、用紙を出すように言われた。カーシスがそれを渡すと、兵士は目を見開いて、用紙を持ったまま奥へと行ってしまった。
「どうしたんでしょうか?」
ミライアが首を傾げた。
「あの紙、そんなに珍しいのかよ」
いい加減にいちいち巻紙を取り出すのが面倒臭くなっていたカーシスであった。
しばらく待つと、先ほどの兵士が戻ってきた。
「どうぞ、国王に粗相のないように…」
と、兵士は巻紙をサスケに返し、彼はそれをカーシスに手渡した。
謁見の間へ入ると、高い階段の上に玉座があった。そこに国王が座っていた。
階段の段差の前まで行くと、国王の傍にいた臣下が、そこまでで、と言ったので四人はその場で一礼した。
「謁見の前に、一つ質問させてもらう」
国王の、威厳に満ち溢れた声が辺りに響いた。
「おまえたちが持っている用紙、それは何処で手に入れたのだ?」
呆気に取られた。もっと別なことを質問されるのではないかと思っていたからだ。
「あ、はい王様。あの紙は父…のランティスから貰ったものです」
サスケの言葉に、国王は目を見開いた。
「なんと!ランティスからとな?それではお主はランティスの息子なのか?」
「あ、こっちのエクレアもそうですけど……」
とサスケはエクレアを手で指した。それをエクレアは横目で見ていた。
「よいよい、いずれにしても、あいつには色々と助けてもらっていたからな。用紙に書いているように、いつでもこの城に来てもかまわんぞ」
途端ににこやかになり、国王は微笑んだ。
エクレアの頭に疑問が浮かんだ。
「あの、どうして王様は父さんのことを知っているんですか?」
国王はにっこりと笑った。
「なんじゃ、ランティスめ自分の子供たちに何も話していないのだな。ランティスはな、この城の研究所で晶術の研究をしているのじゃよ。たまにこっちに来るくらいだがな。あいつとは昔からの付き合いだったのだよ」
二人は呆然としていた。なんで自分たちの父親が国王とこんなに親しいのだろうと…。一度もそんな話を聞いたことがなかったのだ。
「さて、それでは本題に移ろうかの。今日は何用で遥々アンフィルスから来たのかな?観光…ということでもあるまい」
サスケが落ち着いて、ゆっくりと村であった出来事の一部始終を話した。
話し終わると、国王はそのまま伏せて考え込んでいた。
「そうか……、その男が…」
そう言って、
「わかった。それではこちらでも警備を強化することにしよう」
と、臣下を呼び耳打ちすると、彼はそそくさとその場から離れていってしまった。
「もうこれでランティスの言ったことは果たした。おまえたち、遠路遥々よくここまで来てくれた」
国王は笑いながら顎鬚を擦った。
「…ところでサスケ?」
サスケは自分の名前を呼ばれて、少しばかり驚いた。
「ランティスから聞いておるぞ。大学に通っているとな?」
「そうです…けど」
「来週からまた授業だな?頑張るのだぞ」
サスケの目が泳いだ。
「えーと、あの、お気持ちは嬉しいのですけど、実は新学期からは少し休学しようと思うんですよ」
「なんと、それはまた…」
サスケはミライアのほうを向いて、すぐに振りかえった。
「仲間の一人を、ルークリウスの自宅まで送らなければ行けないのです。彼女の父親から、そうお願いされたので…」
それを聞いてミライアは、サスケのほうに目を向けた。彼の背中を見つめている表情が曇ってきて、目を逸らし、うつむいてしまった。
「むう…そうか。ならばわしが休学届を出しておいておこう」
「そんなお手間は取らせませんよ!」
サスケが大きく手を左右に振った。
「何を言う、せっかく我が友の子供たちが遥々やって来たのだぞ?このまま何もしないで返すわけにはいかんよ」
サスケは少し戸惑いながらも、頭を下げた。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
国王は静かに頷いた。
「うむ、まかせなさい。…ともう時間のようだな……。これから会議があるのだよ。ほれ、サスケも知っておるだろう?明日の闘技大会。久しぶりに各大陸で開催されることになったからのう、気を入れて取り組まんとな」
「闘技…大会……」
エクレアが低く呟いた。
そして国王の前にもかかわらず、大声でサスケに言った。
「ねえ、私それ出たい!」
「ほう?」
国王は眉を顰めた。
「でも…強い人達がたくさん出るんですよ?」
「どおってことないわよ。私たちかなり強いでしょう?」
ミライアの心配をよそに、エクレアはサスケの肩を掴んだ。
「ねえ、いいでしょ?お願い、サスケぇ」
しつこくエクレアがねだってくるので、サスケは、
「…いいよ」
と言ってしまった。
「ほお、それならば参加登録をしておこうか?間に合わせるぞ」
と、国王が微笑んだ。
「だけど危ないよ。怪我でもしたらどうするの?」
エクレアがサスケの頭を撫でた。
「大丈夫大丈夫。カーシスも出ればどっちかが勝つから」
カーシスは驚いて自分を指差した。
「お、俺も出るのかよ!勝手に決めんじゃねえよ」
怪訝そうにエクレアは彼を見た。
「いいじゃない。私たちがどれくらい強いのかわかるでしょ?それに二人で勝ってたらお互いに戦えるかもしれないでしょう?」
カーシスは俯き、しばらく考えて、唇を動かした。
「…わかったよ。ただし!どっちが勝っても恨みっこなしだぜ?」
エクレアは満面の笑みを浮かべた。
「決まりね」
「……僕は出ないからね。疲れるし…」
「私も…」
サスケとミライアは一歩その場から引いた。
三章 山脈を統べる者 完