四章     対抗戦出場者決定戦前日

 

 

 

 

 日が高く昇っていた。

 謁見を済ませ、城から出た四人はその眩しさに目を細めた。

 エクレアが先頭を機嫌よく歩いている。その後ろにカーシス、サスケ、少し離れてミライアという順で歩いていた。

「楽しみねー大会。ね、カーシス?」

 エクレアが後ろを向き、カーシスを見た。

「あ?…ああ、そうだな」

 明らかにカーシスは覇気のない顔をしていた。

 それもそのはず、彼は初めは国王に謁見をして、今回の旅は終わりだと思っていた。だがミライアを家に送るということ、エクレアが闘技大会に出ること―おまけとして自分もついている―など、日を増す毎に旅の日数が増えていくことに悩んでいた。

 古い歴史を持つファーエル国。それは三千年前、突如世界を襲った天地災害の中、生き残った人々が立ち上がり、築き上げた国の一つ、と歴史書に記述されている。この大陸は森、荒野、砂漠などの地帯が見られるが、その中にある村、町に惜しみなく手を差し伸べている。王位に立つ者は常に民を守り、王に守られる民は王を信じるという長く続いた制約を、この国は充分に果たしている。故に寛大な王に謁見を申し出る者も多く、王は来るもの拒まずの姿勢で温かく民の言葉に耳を傾ける。そしてこの国は、同じく災害後に築かれた国である、隣の大陸を治めるルークリウス国と共同して晶霊、晶力、晶術などの自然現象を元に研究が行われている。

「なによ、乗り気じゃないわね」

 気だるそうにしているカーシスの表情を覗き込む。

「別に〜」

 気づけよ、というように反応をしたが、エクレアは既にその場から離れてサスケの傍に寄っていた。

 サスケはそれを哀れむような表情でカーシスを見る。

「サスケは応援してくれるわよね?」

 エクレアはサスケの首を腕で抑えながら彼の頬を突ついた。

「わかったよ。…だけど怪我だけはしないでね」

 と、自分の腕を掴みながらにっこりと微笑んだ彼の顔を見て、

「わかってるわよ!!」

 と言って彼の頭を抱きしめた。

 サスケはエクレアの胸のところに顔が埋まって息が出来なく、腕を解こうと体を揺らしていた。

 と、エクレアはサスケを放して今度はカーシスの腕を引いた。

「どこ行くんだよ!?」

 突然に引かれたものだから、たまったものではない。転びそうになりながらもカーシスは訊ねた。

「どこって、大会あるんだから練習するしかないでしょ!」

 と、エクレアはカーシスを引っ張っていってしまった。

「それじゃあこっちは宿屋でも取っておくからねー」

 見えなくなる二人に、サスケは声を張って叫んだ。

 やがて二人が見えなくなると、サスケはミライアのほうを向いた。

「それじゃ、僕たちも行きましょうか?」

 うつむき加減のミライアはびくっとして顔を上げた。

「え、あ…はい」

 ミライアが頷いた。

 人込みの中に入り、二人は宿屋まで歩いていた。人の波に飲まれながらもなんとか宿屋の前につくことができた。

「ふう………」

 と、二人で一息つくとその中へ入っていった。

 宿屋、とはいえないホテルのような、大きな建物だった。床には装飾が散りばめられた床敷きが敷いてあり、天井を見ると煌びやかな垂れ幕まである。フロントには従業員の制服を着ている女性がいて、サスケに気づくと会釈をした。

「ファーエルグランドホテルへようこそ」

 やっぱりホテルなんだな、それにしてもグランドホテルとは在り来たりな……、と思いながらサスケが近づくと、女性は紙を挟めたプレートと羽ペンを差し出した。

「ご利用になりますのなら、こちらに必要事項をご記入下さい」

 サスケが用紙に書き加えると、女性はそれを確認して、

「四名様ですか?」

 と、首を傾げた。どう見ても二人しかいないので、不思議そうにサスケを見た。

「えっと、後から二人が来るんです…けど」

「そうでしたか。それではお客様のお会計…3450ガルドになります」

 サスケはカーシスから任された革袋の中から財布を取り出し、紙幣と硬貨を出した。

 女性はそれを確認すると、会計箱の中にガルドを入れる。

「それではお客様は四階となります。お荷物はこちらで運びますので」

 と、何処からともなくフロントマンが現われ、床に置いた革袋を持ち、

「こちらです」

 と、歩いていった。

 吹き抜けの階段を上がっていって、フロントマンの後についていくと、一番端のほうの部屋をあてられた。

「どうぞ」

 と、鍵を開けてフロントマンが革袋を持って中には入った。二人もその後に続いた。

「広っ……」

 サスケは部屋を見回した。

 部屋の中に緑色の大きな肘掛のソファが二つ、テーブルを挟んで置いてあった。端にはベッドが二つ、そして隣のドアの奥から見える部屋に、もう二つあった。

 と、不意にサスケはミライアの顔を覗いてみた。だが彼女は気づいていないらしく、俯いたままだった。

 何となく重い雰囲気に、サスケは頬を掻いた。

「あ―」

 声をかけようとしたとき、フロントの女性がこちらにやって来た。その手には鍵が握られてある。

「ここの部屋の鍵になります。外へお出かけになる際には、フロントに提出をしてください」

 サスケはそれを受け取った。

「あ、ど、どうも…」

 フロントマンが隣の部屋から戻ってきたとき、女性も二人に会釈して部屋を出ていった。

 ドアが閉まったと思ったら、扉越しから小さく声が聞こえてきた。

「ねえ、あの客って、四人って言ってたけど、本当は二人きりだったりして…」

 その声は先程の女性のものであった。

「恥かしいからってか?若いねえ」

 もう一人はフロントマンの声だった。

「…………」

「…………」

 それを聞いたミライアの顔が赤く染まった。彼女は口に両手を当ててサスケから目を逸らしてしまった。

「……そういえば、晩御飯どうしましょうか?」

 そこで聞いてなかったのか、サスケが話の方向を無視する発現をした。

「え…あの……、そ…っ」

 ミライアは声を詰まらせていたが、

「ごめんなさい!」

 と、頭を下げた。

「へ?」

 サスケの頭に疑問符が浮いた。

「あの、わ、私を家まで送るから、サスケさんはだ、大学、に行けなくなるんですよね。それで、私…迷惑、かけて…」

 まだ頬を赤く染めながらミライアは早口、のつもりで言った。

 だがサスケは、それを聞いて吹き出してしまった。

「あはは。なに言ってるんですかミライアさん。別に数日休んだくらいで大学追い出されるなんてことありませんよ!」

 更につけ加えた。

「それに、迷惑された、なんて思ってませんよ。隣の大陸なんて行ったことないから、楽しみですしね」

 ミライアはそれを聞いててぼーっとしていたが。不意にまたも顔が赤く染まり、後ろを向いた。

 そしてゆっくりとサスケのほうを振り向いた。彼の表情は、いつもと変わりなくしていた。

「っと…、それじゃあ。エクレアたちが戻ってくるまで、買い物にでも行きましょうか?」

 サスケはドアのほうまで歩いて、ミライアを見た。

「……はい」

 ミライアは薄く微笑んだ。

 ドアを開けて部屋を出たサスケの後を、ミライアはついて行った。

 

 

 

 その頃、エクレアとカーシスは王都に入ったときに見えただ円形の建物の、前の広場にいた。そこが闘技場だったのだ。

 本来ならばまずは大会参加の申し込みをしなければならないのだが、謁見のときに国王が、

「わしが出場者に入れておこう。当日はくれぐれも遅れるでないぞ」

 と、好意でしてくれたのだ。

「それにしても結構人いるわね」

 木陰で腰を下ろしているエクレアは、辺りを見まわしていた。

「っていうか、見てると本当に対したことない奴らばっかりだな…」

 カーシスはエクレアにしか聞こえないように言った。

「ま、それでも強いのはどこかにいそうだけどね」

「それは当日のお楽しみってか?」

「…そろそろまた始める?」

 エクレアが立ち上がった。

「そうだな」

 お互いに構え、

「よし、いくぞ」

 カーシスはエクレアに向かって剣を振り下ろした。鞘に収まっているからといっても、エクレアはあくまで実戦と考えて、剣の側面を拳で抑えた。当たり前だが、もし刃のほうを拳で止めようとしたら、実戦だと手が真っ二つに斬れてしまうからである。

「はっ!」

 カーシスは剣を横薙ぎに振った。

 エクレアは今度は足で剣を止めて、そのままカーシスに蹴り上げ、ハイキック、後ろ回し蹴りと繰り出していった。―特技、瞬蓮華。手加減しているとはいっても、それを受けてカーシスは後ろに退いてしまった。

「痛ってー」

 カーシスは左手で蹴られた個所を擦った。

「手加減してるっていうのに、少しは我慢しなさいよ」

 と、今度はエクレアは芝生に置いてある大剣を取った。これも鞘に収めているとはいっても、相当痛いと思ったのか、カーシスは必死で攻めの体制に入った。

 たまらずにエクレアは後ろにさがると、顔の前で印を結んだ。

「げっ、やべ!」

「遅いわよ、ストーンザッパー」

 拳大の石が三つカーシスに向かって飛んできた。それを剣で受けたが、一つは胸に直撃し、

「うう……」

 と、うめいてたまらずに膝を曲げてしまった。

「そうねえ、サスケもいたら三人でやれるのに……」

 エクレアがカーシスに手を差し伸べた。

「ったく、晶術とか使うなよな……」

 カーシスはそれにすがって立ち上がった。

「なに言ってるのよ、王様の話し、聞いてなかったの?」

「聞いてたけどよ…」

 国王は、大会でのルールの説明をしてくれていたのだ。その内容は、『一、武器は自由に己に合う物を使ってもよい』、『二、晶術の使用は認める』、『三、武器の交換は待機中、試合中いつでもおこなってよい』、『四、試合のフィールドを越えてしまった者は敗北とする』の四つである。

「あれって殆どなんでもありみたいなもんじゃねえか?」

 カーシスは木に背中を預けた。

「まあね。武器は何でもいい、晶術は使っていい、判定は相手をリングアウトさせるか打ち負かすか…」

 エクレアは少しずつ赤く染まっていく空を見ながら言った。

「もう夕方か……」

 カーシスは沈んでいく太陽を見つめた。」

 エクレアは夕日に照らされて、赤みを帯びた芝生の草に目を向けていた。

「そろそろ戻る?」

「そうすっか」

 二人は広場を後にした。

 

 

 

「いた!サスケー!」

 ベンチで一休みしていると声が聞こえてきた。

 振り向くと噴水を挟んで見えたのは、エクレアが走っている姿だった。だがカーシスは後ろでのんびりと歩いている。

 人通りが少なくなった夕方でも、なんだか遠くから名前を呼ばれるのは恥かしいな、と思うサスケであった。

「おかえり」

 と言って、サスケは首を戻してしまった。

 それを見てなんだか面白くないエクレアは更に足を速めてサスケのほうへ走っていった。

「ねえサスケ……」

 サスケの座っているベンチの隣に来たときに、彼を呼んだ声が止まった代わりに、

「あー、可愛い」

 と、なった。

 いつもならエクレアが可愛いと言うのは、サスケのことが殆どだが、今は座っている彼の膝の上にいる猫に向けられた。

「ずーっとサスケさんの傍から離れないんですよ」

 サスケの隣に座っていたミライアが言った。

 サスケの膝の上に居座っているグレーと黒色が混ざった猫は、彼のほうに頭を向けていた。

 エクレアはその猫の喉元を人差し指で掻いてやった。目を細めながら猫は嬉しそうにしている。

「おーい」

 と、不意に後ろのほうから声がした。

「宿屋に戻ろうぜ」

 カーシスだった。彼はさっさと宿屋のほうへ入っていってしまった。

「うん、わかったよ」

 サスケが猫を持って地面に下ろすと、トコトコと猫は繁みの中へ入って見えなくなってしまった。

「それじゃ、戻りましょうか」

 ミライアが二人を促していった。

 ホテルの中へ入ったら、カーシスが待ってくれていたのが目に入った。

「ここ…」

 カーシスは辺りの煌びやかな装飾を見渡した。

「ホテルみたいだな……」

「みたい…っていうより、そのまんまホテルだよ」

 と、サスケは鍵を取りにフロントへ向かった。

 部屋へ行く途中、カーシスは辺りをきょろきょろとしていたが、エクレアは大して興味がなさそうに見えた。

 そんな二人見て、普通は逆じゃないのかな、と思うサスケであった。

「ここだよ」

 サスケが部屋のドアに彫られている番号を指差して鍵を開けた。

「おー!すげえな」

 またしてもカーシスが驚いている。サスケは始めて来たときと変わらない部屋を眺めていた。唯一変わったところは、持っていた革袋と、別の袋がテーブルの上に置いてあった。

「あれ何だろ?」

 ミライアも気づいていたらしく、その袋の中の物を取り出してみると、

「これ、浴衣ですね」

 浴衣だった。

「これがあるっていうことは…、着替えて温泉に行けってコトね」

 エクレアが自分のサイズに合いそうなものを選んで取った。

「温泉……!」

 エクレアの言葉に敏感に反応したのはサスケだった。彼は大学にいたときは、友人に誘われ銭湯に行ったときから、温泉が好きになってしまっていたのだ。

「そういや、サスケは温泉、好きだったな」

 カーシスが一番小さい浴衣をサスケに渡して言った。

「うん」

「女湯とか覗いたりしてんじゃねえのか?」

 カーシスはニヤついて言ったが、

「あんたじゃないんだからサスケはそんなことしないわよ」

 と、エクレアに一蹴される。

「ま、とりあえず着替えましょう。ミライア、隣の部屋に行きましょう」

 エクレアはもう一部屋のドア―あと二つベッドがある部屋―に行った。ミライアも後ろからついて行く。

 その場には、男二人だけが残った。

「…とっとと着替えるか」

「そうだね」

 窓の外を見ていたサスケが空返事をした。

 しばらくしたらカーシスは着替え終わっていたが、サスケは外を見ながらゆっくりと着替えていた。

「……でね、…が……に………」

「ん?」

 隣部屋のドアの傍にいたカーシスは、エクレアらしき声が聞こえたので、壁に耳を当ててみた。

「わー…、エクレアさんってこんなに胸大きかったんですかぁ…。なんでいつも晒しなんか巻いているんですか?」

「だって戦うときとか邪魔で動きにくいもん」

 二人の会話をカーシスは真剣に聞き取っていた。

「でも、ミライアだってかなり大きいじゃない。そこら辺の大人より大分大きいって」

「ええっ…そうですか…?でもエクレアさんは私よりもっと大きいじゃないですか」

「育ちがいいのかな?サスケが美味しいご飯作ってくれてたから」

 それを聞いていて、ミライアは普段ゆったりとした服を着ていたから気づかなかった、とカーシスは思っていた。

「そうねえ…ミライアも……、くらいはあるんじゃない?」

「は、恥かしいですよう…」

 カーシスの目は、驚いて見開かれ、

「な!!そこまで…」

 と声を出してしまった。

 サスケはぼーっと窓の外を見ながら着替えていたのでカーシスの行動には気づいてなかった。

 カーシスが更に聞こうと耳をそば立てたとき、目の前のドアが音を立て勢いよく開いた。

「げ…」

 慌てて壁から離れたが、出てきたエクレアに見られてしまい、抵抗はしません、というように両手を上げた。

「っと……」

 カーシスの目が泳ぎながらサスケのほうへ向かった。彼は三人に背を向けて、外を見ながら帯を腰に縛っている最中だった。

「……あんたは、ほんっとに…もう」

 エクレアの後ろでミライアが、

「酷いですよ、カーシスさん」

 と、軽蔑の目で見ていた。

「いや、これは不可抗力で…」

「うるさい!」

 エクレアの張り手がカーシスの頬に飛んだ。それをまともに受けてしまってカーシスは吹っ飛び、ソファに頭を激突させ、ガン!と音を立ててテーブルにも体をぶつけた。

 着替えたサスケは振り向くと、いつのまにかいたエクレアとミライア、テーブルの下に崩れているカーシスを見て、

「何事?」

 と、呟いた。

 部屋を出て、鍵をフロントに預けて四人は大浴場に向かった。

 カーシスは先程ぶつけたところを撫ながら混雑する通路を歩いた。

「っていうか、この浴衣少しきつい」

「私も…」

 先頭のエクレア、ミライアが胸のところを掴んだ。張っている浴衣から覗く谷間を、反対から来た男が見て、

「ヒュー」

 と、言った。

 エクレアは男たちの横を通るときに、一人に一発ずつ肘打ちを食らわせた。

「なんで浴衣きついのよ」

「あ、多分、僕が受付に、皆の歳書いたときにサイズ勝手に決めてたんじゃないかな?」

「もう、取り換えるのもめんどくさいのに」

 一番後ろのカーシスが一人足を止めた。他の三人もそれに気づいて彼を見た。

「なあ…」

 カーシスは壁に貼ってある紙を見ながら言った。

「先に飯にしないか?」

 いきなり何を、と思いながらエクレアはカーシスの見ている物を見た。

「えーっと『十時より露天風呂は混浴になります』……」

 エクレアはカーシスを横目で見た。

「変態ね」

 他の二人も同じようにカーシスを見る。

「なっ…!俺は決してやましいことは考えていないぞ!ただ遅く来たほうがのんびりと風呂に入れると思ってだな………」

 エクレアは怪訝そうに見た。

「ふーん。ま、確かにそのほうがいいかもね。私は賛成」

「僕は入れるならどっちでもいいや」

「私は…だけどカーシスさんが……」

 ミライアだけは困ったようにしている。

「大丈夫よ。もしなにかしようとしたら容赦なく殴るから。ね?カーシス」

 普段の高い声で喋りながら、エクレアはカーシスを睨みつけた。

「大丈夫……」

 力なくカーシスは言った。

 部屋に戻ってルームサービスで頼んだ料理が運ばれてきたのは、それから一時間後のことだった。

「んじゃ食うか」

 カーシスは出てきた料理を次から次へと食べていった。エクレアミライアは必要な分だけといった感じで、サスケは申し訳程度に手をつけていただけだった。

「サスケが作ったほうが美味しいかも…」

 手をつけている最中の肉料理を見ながらエクレアが言った。

「僕のに味慣れてるだけかもしれないよ?」

「ううん。だってこれミディアムとかいいながら、中までしっかり火通ってるもん」

 と、エクレアはナイフで切った肉の切り口を見せた。

「ほんとだ」

 などとのんびりと食べながらあらかた皿を空にした四人は、運ばれてきた紅茶を飲んでいた。

「美味しいですね」

 一口飲んでミライアは一息ついた。

「これ飲んだら風呂に行くか」

「わかってるわよ」

 残りを飲み干したミライアは、サスケを見て、彼が一口も紅茶に手をつけていないのに気づいた。

「サスケさん、飲まないんですか?」

「え、あ…はい」

「サスケは紅茶飲めないもんね」

 短くそう言うと、エクレアがサスケのカップを盆の上に乗せた。

 程なく四人は風呂場についた。壁にかかっている時計を見ると、十時を過ぎていた。

「じゃ、あとで露天風呂にきてね」

「おう」

 男女にわかれて、それぞれのれんを潜った。

 サスケは脱衣籠の中に浴衣を放り投げると、既に温泉に入っているカーシスのところへ急いだ。忘れずに腰にタオルを巻く。巻かないで露天風呂にでも行けばとんでもないことになる。

「なかなかいいとこだな」

 湯に肩まで浸かってるカーシスは、サスケ見つけると手招きした。

「どんな感じ?」

「結構気分いいぞ」

「それはわかるよ」

 苦笑いしながらサスケもカーシスの隣で湯に浸かった。

「ここ結構広いね。いろんな種類のお湯があるよ」

 辺りを見まわしているサスケをよそに、カーシスは伸びをした。

「んー…、サスケ」

「なあに?」

 カーシスのほうを向いた。何故か妙にそわそわしている様に見える。

「先に露天風呂に行っておかねえか?」

 それを聞いてサスケは首を傾げた。

「どうして?」

「先に入って待っていたら気分いいだろ?」

 そうかな、とよくわからなかったが、少しサスケは考えてから、

「そうだね」

 と、相槌をうった。

 二人は湯から出て、もう一度タオルを腰に巻きつけると、外へと続くドアを潜った。

 外にある露天風呂は中よりも広かった。それぞれ段差や岩などを堺にして、いくつかのスペースがあった。それぞれ男女が数人、湯に浸かっている。

「奥に行くか…」

 二人は一番奥の岩陰があるところにいった。誰もいないことを確認して、彼らも湯に浸かり、岩に寄りかかった。

「うー…、ここもいいなあ」

「あんまり騒がないでよカーシス」

「大丈夫だって、ここなら他のところには聞こえねえよ」

 と、その後二人は翌日の大会のことなどを話していた。

 やがて大会が終わった後の旅の話に入ろうとしたときに、エクレアとミライアが来た。勿論タオルは肌に巻きつけている。

「あ、先に来てたの」

 影に隠れて男二人が見えてなかったのか、エクレアは気づいていなかった。

「先に来て待ってようって、カーシスが言ったんだよ」

「ふーん。そう……」

 と、エクレアは訝しげにカーシスを見た。

 女二人も湯に浸かり、しばらく雑談をしていたが、カーシスはミライアがなぜだか落ち着いていないように見えた。

「なんかミライアそわそわしてねえか?」

 カーシスが不意に言って、

「ひゃ…あ、はい」

 と、ミライアは驚いて体を少し屈めた。

「どうして?」

 ミライアの隣にいたエクレアが訊ねた。

「わ、私、他の人と一緒にお風呂に入ったこと…ないんです」

「ははーん、そういうこと…。要するに変態なカーシスを見ることが出来ないわけか……」

 カーシスは眉を顰めた。

「何で俺が変態なんだよ!」

「だってさっき私たちの会話盗み聞きしたでしょ。そんな奴に何されるなんてわかったもんじゃないでしょ」

 話しをむしかえさせられて、カーシスはエクレアを睨みつけた。

「なんだと!」

「なによ!」

 と、エクレアも睨み返して、

「…すみません」

 カーシスが負けた。

「騒いじゃダメだって」

 ぐいとサスケは二人を手で押して距離をとらせた。といきなりエクレアはその腕を掴んで、

「すっごい細い!サスケよくこんな腕で剣持てるわねえ……」

 と、サスケの腕を眺めた。会話の論点が既に変わってしまった。

「ずっと持ってれば疲れるけどね。いつもはあまり剣を構えないし…」

「まあ、サスケに筋肉がついたら可愛くなくなるわよねえ…、そう思わない?」

 突然エクレアはミライアに話しを振った。

「え?…そうですね」

 自分に振らないで、と思い、戸惑いながらもミライア頷いた。

「でもこの腕じゃミライアと腕相撲でもしたら負けるわねえ…」

「ま、男は強くなんねえとな」

 カーシスが軽く言った。

「でもカーシスはエクレアに腕相撲負けちゃうじゃない」

「う…、それはこいつの力が異常なんだよ!」

 と、カーシスはエクレアを指差した。

「エクレアさんそんなに強かったんですか?」

 ミライアはエクレアの腕を見て、

「そんなに腕細いのに…」

 と、つけ足した。だが細いといってもサスケ程ではなかったが。

 

 

 

「それじゃそろそろ寝ようか?」

 温泉から出て、部屋に戻って雑談をしている中、サスケが切り出した。

「そうだな。明日寝坊でもすれば大変だからな」

「それじゃあ、私たちは隣の部屋で…」

 ミライアはソファから立ち上り、エクレアとドアの前へ進んだ。

「それじゃ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 ドアの傍で二人が言った。

「おう」

 カーシスは薄く反応した。

「おやすみなさい。……それじゃあエクレア、明日は頑張ってね」

 サスケが言うと、エクレアはそれを聞いて、

「うん」

 と、微笑んでドアの奥へ行った。

「それじゃあ僕たちも寝ようか?」

「そうだな」

 カーシスはベッドに近づいてそこに倒れこんだ。そしてもぞもぞと潜っていった。

「カーシス」

「なんだ?」

「明日、頑張ってね」

「おう」

 カーシスは薄く微笑む。

「電気、消すね」

 と、言ってサスケは照明のスイッチを押した。

 パチン、という音と共に部屋は暗転し、月の光が差し込んだ。

 その光が目に入り、なにとはなしにサスケは窓を開け、ベランダへ出た。

「…………」

 沈黙。

 漆黒の空で星の光が点状になっている中、月だけがハッキリと見えた。

 ―満月だった。風が通る中それに見惚れている、

「…………………?」

 と、不意に真下に映る森の中でなにかが動いた。その正体を確かめようとしたが、よくは見えなかった。だが、それが月に照らされると、形が浮き出てきた。人だ。二人、よくは見えない。だがどちらも外套を羽織っていた。

 サスケは、その人物をどこかで見たことのあるような、そんな気がしていた。

(………?)

 よく確かめようと身を乗り出そうとしたが、突然目眩がして、ベランダの柵に寄りかかった。

「…寝よう」

 目の前がぼやけながらもその人物が見えなくなったのを確認して、サスケはベランダから室内へ戻る。

 少し冷えたのか、窓を閉じて急いでベッドに潜った。

(なにもなく、この旅が終わるといいな……)

 暗闇の天井を見つめて、サスケは思った。そしてゆっくりと目蓋を閉じた。

 

                                  四章 対抗戦出場者決定戦前日  完