一章 襲撃 ―始まり―
部屋の中心をぐるぐると回りながら、少年は何やら考え込んでいた。時折窓から刺し込んでくる光に、目を細めている。片手には釣り竿、腰には細身の剣を提げている。服装は、袖はぶかぶかで裾は足下まで掛かっていて、腰に黒い帯を縛っている。きつく縛ってはいないようだが、外見の容姿のせいかとても腰が細く見える。
「ええっと、お姉ちゃんはいないし、父さんも今日は出かけてる…。う〜ん、まあ仕方ないか。どうせ泥棒なんてこの村じゃ起きたことないし。いいや、もう行かないと間に合わなくなるかな」
決心がつくと、少年は軽くドアを開け、太陽に照らされている外へと足を運んだ。
釣り竿を肩に乗せて、濃く青い髪が目に入りそうになりながら道なりに続く道路を小走りで行くと、川が見えてきた。勢いよく段差を飛び降り、いつものお気に入りの位置に近づきながら、少年は辺りを見まわした。
「ちょっと水が多いかな?まあ、これくらいなら大丈夫か」
水かさが増したとはいっても、いたって川は静かな流れであった。もう一度辺りを見まわした後、少年は手に持った竿を振った。重りが水面に当り、ゆっくりと沈んでいく。
沈みきったと思ったら、竿の先端が細かに動くのを感じた。引き上げてみると、魚が針をくわえたまま激しく暴れている。釣った魚を、持ってきた箱の中に入れて、また竿を振った。慣れた手つきでどんどんと魚を釣り上げていく。
それから暫く時間が過ぎた。
小1時間くらいが過ぎ、釣った魚を眺めながら一休みしている少年の背後から声が聞こえてくる。
「おーい!サスケー!どこだー?」
サスケとは、釣りをしていた少年のことである。この地方、いや、この大陸ではあまり馴染みの無い名前である。声のする方を振りかえってみると、サスケとは違い、背が高く、金髪が肩まで伸ばしている青年が立っていた。紺色の革ズボンを履いていて、茶色を基調とした服を着ている。彼は丁度サスケが視界に入っていなく、辺りをきょろきょろと見渡していた。
「あ、ねえー!カーシス!ここ、ここだよー!」
身を乗り出しながらサスケが呼んだ。カーシスと呼ばれた青年は、サスケを見つけると手招きをする。
「早く行こうぜ!時間が無くなっちまう」
「うん、今行くよ」
サスケは、釣り竿と、釣った魚をその場に残し、石段を飛び越えながら駆け寄った。
先に行っているカーシスに追いつき、二人はサスケが来た道とは逆方向の、森の中へ進む。
「さーて、たくさん獲って帰らないとな」
「まあ、お祭りだからいつもよりだいぶ多く獲らないとね」
辺りに注意しながら二人は奥へと進んでいった。途中行く手を邪魔する小枝などは、先頭のカーシスが剣で切り落としていった。やがて広いところに出ると、不意に辺りの空気が変わるのを二人は感じた。―殺気だ。二人は同時に剣を抜いた。見つめる先の木立が揺れる。だんだんと激しくなる。と、背後から黒い影が飛び掛り、それと同時に木立からも何か、腕が太く鋭い爪があり、それに見合った熊と類似している体つきの怪物が出てきた。だがこのような生物は、この世界では怪物ではなく、一般的には魔物と言われるようなものの類である。
「うっわ、オアロックが三体も出てきたぜ」
「こっちはヘルハウンドだ。六体もいる」
二人は驚いた様子も無く、むしろその表情には余裕が見える。
「よっしゃ、これなら足りるぞ、いくぞサスケ!」
カーシスが言うや否や二人は敵に斬りかかった。熊に類似するオアロックの一体が、カーシスに拳を振り上げた。カーシスはそれを剣で受け止め、オアロックの首に剣を突き刺した。刺されたオアロックは仰向けに倒れ、そのまま動くことは無かった。
「いくらヘルハウンドでも、六体はちょっとキツイかなぁ」
一斉に襲ってくる狼の容姿をしているヘルハウンドの群れを受け流しながらサスケが言う。避けたときの反動で剣を振り、一気に二体のヘルハウンドを斬り倒す。
仲間を倒され、怒った残りのヘルハウンドたちは、有に長さ30cmくらいもの牙を剥き出しにして、再びサスケに襲い掛かった。
しばらくして、あらかた倒した魔物をロープでまとめて縛りながらサスケが言った。
「これ、ヘルハウンドはいいとして、オアロックなんて三体もどうやって運ぶの?」
「げ…、しまった……」
カーシスが額に手でパンッと叩きながら言った。持ち運びのことは考えていなかったのだろう。
日が西に傾いた頃に、二人は獲った魔物と魚を肩に担ぎながらようやく村の広場に着いた。広場の奥には祭りで使う舞台が作られており、大工達がその場を、木材を運びながら行き来している。二人は舞台を横切り、先に見えるビニールのテントが建ってある所に向かった。
いまの季節は冬の明けである。まだ冷える中、新年を祝う為の宴として、この村は祭りが行われる。サスケたちの住むアンフィルスの村は、地図上でいうと東に位置するレヴラント大陸は比較的気候は温暖で、他には北に位置する隣国のルークリウス、西のラディスタ、その二つに挟まれているヘアルレイオス大陸と三つの大陸がある。
テントの中に入ると、担いでいた獲物を床に落とし一呼吸おいて、サスケが目の前にある台の上に、足下にあった調理器具を並べ始めた。側に置いてある椅子に掛けてあるエプロンを着て、包丁を取り出し、釣ってきた魚を三枚に下ろし始めた。
「運ぶのに手間取ったけど、何とか間に合いそうだな」
椅子に腰を下ろしながら、カーシスは目まぐるしく作業を進めている人達を見ながら言った。サスケは包丁を持っているので、料理に集中する。
やがて一人の男が、サスケ達の方に近づいてきた。頭にバンダナを巻きつけて、顎鬚をはやしている。
手にしていたタオルで額から流れる汗を拭き取りながら、もう一つある椅子に腰を下ろした。
「おう、サスケ。今年は何を作ってくれるんだ?お前の作る料理はなんでも美味いからな、楽しみにしてるぞ!」
「ははは、ありがとうございます、おじさん。頑張りますよ」
サスケは剣などを使うより、家事などの方が幾分上手いのである。特に料理はそこら辺のプロを名乗っている料理人よりも上手いくらいだ。そのため、一昨年からこの祭りで屋台を開いている。サスケ自身、来る客からは金を取らないので、祭りに来た人達は一度はサスケの屋台に来ている。
「そういやぁ、エクレアちゃんに会ったか?まだ小屋で着替えてるぞ、行かねえのか?」
エクレアとはサスケの姉のことである。エクレアは幼い頃から年一のこの祭りで踊り子の役をやっている。エクレア自身、体を動かすのは好きな方なので、自分自身は結構楽しんでいると聞いた事もある。
「そんな、行くって言ったって、エクレアだって子供じゃないんですしねえ」
頬を手で擦りながらサスケは言う。正直、この忙しいのにわざわざ姉の様子を見に行くなどというのは控えておきたい。
「なーに言ってんだよ。俺らの中じゃ、お前が一番年下だろうが」
サスケに向かって人差し指を立てて、笑いながらカーシスが言った。
カーシスの言う通り、実際に彼は十七歳で、エクレアは十六歳である。サスケは二人とは少し離れて十四歳だ。それに同じ周りにいる同年代の子と比べてみても、随分と背が低いので余計に子供扱いされてしまう時がある。そして女顔であり、髪は肩より下まで伸ばしている。サスケも自分の背が低いことを内心気にしているので、その話が出てくると不機嫌になってしまうのである。
「がはは、何言ってんだカーシス。いくらお前がサスケより年上だからって、普段見てればサスケよりガキじゃねえか」
とおじさんはカーシスに頭を突ついて見せながら言った。
「うげっ、マジかよ…」
自覚しているのか、図星を突かれたかのような顔をしながらカーシスはがっくりと頭を落とした。
「まあいいか。けど顔くらいは出しに行ってやれよ。もう行かねえとな…、じゃあな二人とも」
言い終わるか終わらないうちに、おじさんはさっさと人ごみに紛れてしまった。
「えーっと…」
サスケがカーシスと顔を見合わせた。
「僕、まだこれ作ってなきゃいけないから…、カーシス見に行ってきてくれない?」
御玉で鍋をかき混ぜながらサスケが言った。
「ったく、しゃあねえな。わかったよ」
正直自分も行きたくないのだが、当の弟がこの調子じゃあ行く気は無いだろう。椅子から立ち上がり、頭の後ろで両手を組みながら、カーシスがサスケの屋台からのろのろと歩いていった。
舞台の後ろに回ると、少し離れて小屋が建っていた。ドアの前まで行くと『出演者控え室』と書かれた紙が貼ってあった。ドアノブに手を掛けようとしたとき、
(このまま入って、誰か他の女の子が着替えてたらマズイよなあ)
と考えた。
気を取り直して、カーシスはドアを二、三回叩いた。
「おーいエクレア、カーシスだ、入ってもいいのか?」
しばらく待ってみると、壁越しから声が聞こえてきた。
「いいわよー」
小屋の中に入ると、舞台衣装を着ている者、鏡の前で化粧をしている者、それぞれ皆舞台に立つための準備をしていた。何となく自分が場違いの人物のように思えるその中にカーシスは入る。
その中の鏡の方を向いている一人の少女の方に歩いていった。
「よ、エクレア。どうだ?緊張してないか?」
「何言ってるのよ、毎年出てるの知ってるくせに」
と、振り向いてエクレアが言った。
「うわ…、随分と今回は派手な衣装だな」
エクレアの着ている衣装を、上から下まで嘗めるように見まわした。
栗色の瞳で、髪の毛はそれよりも少し濃い茶色を頭の後ろで丸くして、ピンで止めている。
「そう思うでしょ?まだ春になったばかりなのに、これじゃあ寒いわよ」
確かに寒そうに見えた。緑色のビキニで胸を隠していて、スカートも薄地の半透明の物を二枚重ねていただけである。頭には、赤い花で飾られてあった。まるで南国で過ごしている時に着る衣装のようだ。
「けどお前胸大きいから別にいいだろ?」
カーシスの言う通りだ。エクレアはとても十六歳のスタイルではなかった。いかにもビキニから胸がはみ出ていて、窮屈そうだった。
「そういえば、サスケは来ないの?」
ふと思い出したかのようにエクレアが話を変えた。
「ん?ああ、あいつか。もう店はとっくに始まってる時間だからな、忙しいと思うぜ」。
「ええー!?一人にしてきたの?」
最後まで聞くか聞かないかのうちに、エクレアは大声で叫ぶようにし、まさか信じられない、というような目をした。
「んな事言ったって、あいつが行ってきてって俺に言ったんだよ」
「もう、まったく。私はいいから、サスケの手伝いしてきてよ!」
眉を吊り上げて、エクレアはカーシスを見た。
「わかったって、そんな怒んなくてもいいだろが」
エクレアの睨みに、カーシスは圧倒された。昔からカーシスはエクレアには頭が上がらなかった。抵抗しても暴力は振るわれるが、それ以前に、その『気』だけで圧倒されてしまうのである。
「んじゃ、そろそろ戻るよ」
「うん、わかった。父さんは帰ってくるの遅いから、ちゃんと手伝いしてよね」
「わかったわかった」
わかりました、というように手を上げながらカーシスは出口に向かって歩いていった。だが、ドアノブに手を掛けると、エクレアが急に何かを思い出したように走ってきた。
「ねえカーシス、あのさ……」
エクレアが上目使いにカーシスに尋ねた。
「サスケさ、去年も…私の踊り、見てくれなかったでしょ?大学とかもあって。だから…その…、一度くらいは見てほしいから…」
「ああ、大丈夫だ。ちゃんと見させといてやるよ、心配すんな」
毎年エクレアが出ているにもかかわらず、サスケが彼女の舞台を見た事は一度も無かった。サスケは幼い頃から父親の書斎で本を読むのが好きだった。本棚にはありとあらゆるジャンルの本が置いてあり、そこで知識を身につけ、当時で若干十歳にして大陸一の大学に進んだのである。大学の修学年数は最低十年なので、夏季休暇等の時には必ず帰って来ている。この日は冬季休暇の終わりにある新年祭の為に、年明けから故郷の村であるアンフィルスに帰ってきたのである。
「うん、ありがとうね」
エクレアが照れくさそうに微笑んで、組んでいた両手を下げた。
カーシスはそれを見て、小屋の外に出た。向かう先の方で、祭りを楽しんでいる人達の歓声が聞こえる。舞台の裏から出てきたカーシスの見た先には、大勢の人を相手に、料理を作りながら配っているサスケの姿が映った。
「やべえ、忙しそうじゃねえか」
急いで駆け出し、人だかりを掻き分け、ようやくサスケの前に出たカーシスは、屋台の中に置いてあるエプロンを身につけた。
「あっ、カーシス!よかったぁ、一人じゃ大変なんだよ、手伝って」
サスケは手に持っていた袋をカーシスに渡した。袋を開けてみると、サスケが作った肉料理の香ばしい香りが漂ってきた。
「うわ、うまそーだな」
すかさずサスケがその手をぺしりと叩く。
「こら、食べちゃダメ。ちゃんとお客さんに配ってよ!」
渋々と持たされた料理の包みを手渡していく。人の熱気で二人の額から汗が滴る。
小一時間位経っても、人の波が収まる気配は無かった。料理と客とに対峙しながら時間が過ぎていくが、不意に舞台の前の観客席にいた人々のざわめきが静かになった。毎年この時間には静かになる。
これは次の舞台はエクレアが出てくるという合図であるという事であり、それだけエクレアの踊りの人気が高いという事だ。だがこちらは別だ、続々と押し寄せてくる人の波は一向に止まらなかった。
演奏部隊が音楽を奏で始めた。曲に合わせてエクレアの踊りも始まったのが見える。カーシスはそれを見据えていたが、サスケは全く気付いてはいなかった。
「おいサスケ、エクレアが出てきたぞ、見に行かないのか?」
「ええ!?何言ってるのさ、後で見るからいまはお客さんの相手してよ!」
エクレアと約束した手前もあり、無理にでも連れて行こうとしたが、急に客が料理はまだかとはやしたててきた。煮え切らない思いの中、カーシスは再び接客に勤める事にした。
淡々と舞台が続く中、サスケが不意に舞台に目を向けた。エクレアが光の中で優雅に舞っている―。一瞬だったが、とても神秘的な感じがした。だがすぐに手元の料理に視線を戻した。やがて遠くの方から歓声と拍手が響いてくるのが聞こえた。
終わったらしい、そう考えながらカーシスは肩をがっくりと落とした。
そして夜が更けていくごとに、祭りは段々と盛り上がっていった。
明け方の昼には祭りの後始末がされていた。大工達は、今度は舞台を解体している。サスケはその中、一人黙々と片付けをしている。
カーシスは昨夜の疲れでまだ起きてきていないようだ。鍋を籠に入れようとその場を立ち上ったとき、後ろから誰かが飛びついてきた。危うくそのまま前に倒れそうになったが、何とかその場に踏み止まった。
「えへへ、サスケー!おはよう。もう、いつも起きるの早いんだから、起こしてくれたらいいのに」
自然とサスケの首にまわしている腕で首が締まっていって、サスケが呻いている。
「痛っ痛い、痛いってエクレア!」
振り向くとエクレアは、昨夜とはまったく違う服装をしていた。髪の毛は丸めてなく腰まで下ろしてあり、髪の先の辺りで黄色い髪留めで縛っている。赤を基調とした動きやすそうな服を着ていて、下は黒い革ズボンを履いて、その上に赤い布を腰に巻いて、丁度スカートのに見立てている。
「ねえねえ、昨日見てくれた?」
「見たって…、なにを?」
腕の間をすり抜けながら訊き返した。それを聞いて、エクレアは渋る顔をした。
「もう!昨日私が踊ってるところ見てって、カーシスから聞いてなかったの?」
「あ、ああ〜、少しだったけど、見ていたよ。」
たった一瞬だけ見ていたところを思い出しながら、サスケが言った。
「ええー…、全部見てくれなかったの……」
残念そうに見つめるエクレアを見て、サスケが慌てて付け足した。
「で、でもすごく綺麗だったよ、可愛かった」
それを聞いたエクレアが、サスケを抱きしめて顔をサスケの頬に擦りあわせた。
「本当?嬉しい!ありがとうねサスケ!」
「そういえば、父さんはまだ寝てるの?」
サスケが必死にエクレアの腕を振り解こうとしている。
「うん、まだ寝てる」
「もうそろそろ起きてきたらいいのに…」
二人の父親、ランティスは昨夜のあの後戻ってきて、サスケの料理を一口食べただけで家に戻ってしまった。いま思えば、あのときから疲れているように思えた。
そうこうしながらも、二人で片付けをしていた。それから暫く経つと、遠くのほうで誰かが呼んでいる声が聞こえてきた。
「おーい、おまえらー」
声のする方を振り返ってみると、カーシスが歩いてくるのが見えた。起き抜けで、頭を掻きながらこちらに歩いてくる。
「おはようカーシス。昨日はありがとうね」
「ん?ああ……」
まだ寝ボケているのかて、サスケの言うことがよく聞き取れなかったらしい。
「つーか、お前ら元気だよな…まったく―」
「うわああああああ!!誰か、誰か助けてくれ!」
カーシスが言いかけた直後にそばの林の中から男が飛び出してきて、そして倒れた。男が通って行った跡には血の痕が点々と続いていた。それを追って林の中を見てみると、黒いマントとフードを被った男が立っていた。フードで顔は見えなかったが、いままでに感じたことのない、鋭い視線を感じた。
「人里に出てしまったか…、まあいい、余興だ。ついでにこの村でも崩壊させてみるか……」
低い声が辺りに響き渡った。男が手を伸ばした瞬間に、後ろから数匹の魔物が現れてきた。
「なっ、こいつ、なにを!」
とっさに腰に下げてある剣を抜いて、サスケとカーシスは応戦した。事態を理解していない村人達が何事だと一斉に混乱しだす。
二人の間を抜けた魔物達が村人に襲いかかり、瞬く間に数人の命を奪っていった。
エクレアはテントの中にある、二人の剣より大きい自分の大剣を取り出し、その魔物を食い止めた。が、単身ではどうにもならずに、数体は逃してしまう。更に後ろにいる村人達を襲い、建物を破壊していく。
そうして襲ってくる魔物を目の当たりにした村人達は次々に逃げ出して、残ったのはサスケ、エクレア、カーシスの三人であった。
「くっ、はあ!」
サスケはオアロックの腕を切り落として、突き飛ばした。痛みで地面に這いつくばっているところに止めを刺して、次に小型の魔物、グレムリンを相手にした。
だが数は相手のほうが圧倒的に勝っていて、次第に押され始めた。
「このままじゃ危ないよ!どうするの!?」
体力の無いサスケは、助けを求めるようにカーシスを見る。
「一気にやるぞ!魔物を集めろ!」
その言葉を聞いて、エクレアは手に持った大剣で魔物を薙ぎ払った。
「はあぁぁ!!」
飛ばされた魔物達はカーシスの目に前に落ちてきた。下にいた魔物は潰され、身動きが取れないところを、カーシスは見逃さない。
「剛天撃!」
カーシスは長剣を地面に叩きつけて地割れを起こした。魔物はその中へと次々に飲み込まれていく。
「ほう…、なかなかやるようだな…。ならばこちらも行くぞ!」
そしてフードの男が突然視界から消えた。油断せず、三人は剣を構えて辺りを見渡した。
すると風が切り裂かれるのを感じ、サスケはその方向に向かって剣を振るう。男が現れ、二人は剣を交わらせていた。
だが、体格差から見てもサスケのほうが余力は無く、徐々に押されていき、剣を弾かれてしまう。
「終わりだ」
隙をつき、男はサスケに止めを刺そうと剣を振り上げる。
「サスケ!」
エクレアは、大剣を男に向かって投げつけた。けれども、いとも簡単に弾かれてしまった。
だがその隙に間合いを詰めたエクレアは、掌に気を込めて男の胸にそれを打ち出した。
「掌底破!」
男はそれを受けて木に激突し、力なく崩れ落ちた。終わった―、そう思った矢先に、舞上がる粉塵の中にいる男の目の前に青白い光が映り、周囲の『晶力』が高まっていくのを感じた。
(あれは……晶術!)
「カーシス!エクレア!逃げて!!」
「遅い!スパークウェーブ!!」
サスケが叫んだときには既に遅かった。男が立てている指先から出ている光から、雷が網目状に広がってきた。三人はそれに捕まり、為す術もなく電撃を浴びた。
エクレアとカーシスは吹き飛ばされ、エクレアは木の幹に激突し、カーシスは数メートル後ろに飛ばされた。その中、サスケだけが剣を支えとして、その場に踏み止まっていた。
やがて電撃が弱まり、次第に消えていった。だがサスケはその場に立っているのが、やっとという状態であった。
「よく耐えたな…、だが、次で終わりのようだ……」
晶力が先程よりも更に膨れ上がるのを感じた。―次は防げない、サスケは目の前が霞んでいく中、男が印を結んでいるのを見ながらそう感じた。
その時、男の足下から鋭い岩鬼が襲ってきた。それに足下を取られ、男はその中に沈んでいったと同時に、晶力が弱まっていくのを感じた。
「いまだ!!」
声のするほうを振りかえると、そこには父であるランティスが印を結んでいるのが見えた。そうすると、意識がはっきりとしてきた。徐々に体力が戻っていくのを感じる。父が回復の晶術を掛けてくれたのだろう。
剣はまだ握っている、戦える、そう思ったサスケは、剣を構え直して男に向かっていった。
「甘いわ!!」
男も剣を抜き、互いに打ち合った。男はサスケを逆袈裟に斬り上げようとしたが、サスケはそれを受け流し、その隙に男を蹴り飛ばし、自分も後へ下がった。そして剣を肩に担ぎ、残る力のすべてを込めて、剣を振り抜いた。
「風裂閃!」
切り裂いた蒼い真空が、男に目掛がけて真っ直ぐに飛んでいった。それは男の胸に当り、その切れ目からは血が噴出し、胸を押さえながら男は膝を落とした。
「ど、どうだ…」
肩で息をしながらサスケが言った。
「く…、なかなかやるではないか……。だが、これ以上手に入れたばかりの力を使うのは惜しい…」
突如男の周りの景色が歪んできた。その中に男も吸い込まれていく。
「もうおまえたちと遊んでいる暇は無い…。早くこの大陸を終わらせなければならないからな……」
そう言い残すと、男は歪みに包まれて消えていった。ランティスが後から近づいてきて、サスケを地面に座らせた。
「大丈夫か?」
「まあ、なんとかね。それより二人は?」
「私たちは平気よ」
横からエクレアが顔を覗かせてきた。隣にはカーシスもいた。
「いまお前にもヒールをかけてやる。動くなよ」
ランティスが、目を閉じて印を結んだ。やがて淡い光が自分を包むのをサスケは感じた。すると傷が塞がっていき、そこには素肌が映っていた。
「ふう……、ありがとう」
回復晶術のおかげで自力で立てるようになったサスケは、三人のほうを振り向いた。
「ねえ……あの男、なんだったと思う?」
カーシスは剣を腰の鞘に収めながら考えていた。
「わかんねえ、魔物を操ってたしな……」
「それに、『この大陸を終わらせなければ』って言ってたし…」
「なんの目的があるんだろう?」
うつむき加減に考えている三人に、ランティスは口を開いた。
「おまえたち、ファーエル国に行ってきてはくれないか?」
ファーエル国とは、サスケ達が住んでいるこの大陸、レヴラント大陸の王都である。
「なんでそんな遠くまで?」
「あいつは間違いなく、この大陸でなにか大規模なことをするはずだ。魔物を操ってるという時点で正気の沙汰ではない。王にこの事を話してきてくれ」
「ちょっと待ってくださいよ!一般人の俺達がどうやって王様にそんなこと話せるんですか!無理ですよ」
そこにカーシスが割り込んできた。彼の言う通りだ。たしかに王様が一般人に簡単に謁見をさせてはくれないだろう。
「大丈夫だ。とにかくまず家に戻ろう」
流されるままランティスに着いていき、家へと戻るのであった。
家の中に入ると、ランティスは一人二階へと階段を上っていった。エクレアとカーシスは居間のソファに腰を下ろし、サスケは四人分のお茶を入れに台所へ行った。
お茶を飲みながら待っていると、ランティスが居間に戻ってきた。すると手に持っていた巻紙と大きい革袋をテーブルの上に置いた。
「この巻紙は謁見のときに使うものだ、これを持っていけ」
エクレアが隣の革袋を指差した。
「それで、これは?」
「ああ、色々旅で使う物を入れておいた。金も少しは入っている」
唐突に話しが進んでいくので、サスケが少し戸惑っている。
「えっと?父さんは行かないの?」
「ああ、私はここで仕事をやらなければならないからな。ことは急いだほうがいいし、サスケは謁見が終わったらそのまま大学へ戻ればいいだろ?おまえたちは剣を使えるから旅もそんなに長くなることはないだろう」
流されている感じはするが、サスケも言われてみればそうだな、となぜか納得してしまった。
「私も、サスケと一緒なら楽しそうだしそれに賛成!」
「ったく、それじゃ俺は保護者ってところか」
カーシスが革袋を担いで立ち上がった。エクレアもサスケの手を引いてカーシスの後に続いた。
「今から行くと、夕暮れには丁度グレモールの街に着くぞ。…気を付けて行ってこい」
「うん、行ってきます!!」
三人はドアを開け、そこから溢れる光の中へ進んでいった。
ランティスは、彼らが見えなくなっても、その先を見つめ続けていた…………。
一章 襲撃 ―始まり― 完